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竜の通訳士になりました。 〜義妹に婚約者を奪われ隣国に追いやられたのですが、竜王に気に入られて求婚されています〜  作者: 香月深亜
第一章

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23. 一緒に食事を

***


「どうしたアメリア。ステーキは嫌いか?」

「いえ、あの……陛下」

「ん?」

「これは一体どういうことなのでしょうか……?」


 スッスッと、ナイフでステーキを切っているレイクロフトに、聞きにくそうにしながらもアメリアは尋ねた。


「これ?」


 しかし、レイクロフトは「これ」が何を指しているのか分からないふりをして、黙々と切ったステーキを口に運んで聞き返す。


「これとは一体何のことだ?」


 分かっているのに素知らぬ様子のレイクロフトに、アメリアは丁寧に答える。


「……なぜ私が陛下の向かいに座り、私にも陛下と同じ食事が用意されているのでしょうか?」


 太陽も真上に上り、そろそろお昼を食べようと思っていたところ。

 陛下が呼んでいると言われて食堂まで来てみたものの、扉を開けるとレイクロフトがちょうど食事をするところだった。

 食事の邪魔をしないよう出直そうとしたのだが、レイクロフトからそこに掛けて欲しいと言われたため、アメリアは彼の真向かいの席に座った。


 するとすぐ、流れるように目の前に食事が……しかもレイクロフトが食べているものと同じ大きさのステーキが運ばれてきたではないか。


 これまでもアメリアは、この食堂のこの席で食事をしていた。しかし、アメリアが食事をするときにレイクロフトがいたことはなかった。


 それがどうしてか、今アメリアはレイクロフトと同じテーブルを囲み、そして、彼と同じ食事が運ばれてきているこの状況。


 なかなか事態が飲み込めず、向かい側にいるレイクロフトと、目の前に置かれた大きなステーキとを不思議そうに眺めるアメリア。

 レイクロフトから話を振られたところで質問したのだが、レイクロフトの返事はいともあっけなく。


「単純に、俺がアメリアと食べたかったんだ。それに竜の谷で言っただろう? 『王宮に戻ったら食事量を増やす』と。やはり力をつけるには肉が一番だからな」


 と、ニカッと上下の歯を見せて彼は笑っているのだが、そう簡単に納得はできない。


(言ってはいたけれど……まさか本気で?)


「ですが、私はただの通訳士で……陛下と食事を共にしていいような役職では…… 。それに陛下と同じ料理だなんて、私には勿体ないです」


 アメリアは恐縮し、肩を内側に入れ、料理にも全く手をつけようとしない。



────アメリアには勿体ない。



 それは、アメリア自身が継母たちから散々言われた言葉。

 実家を離れた今でも尚、それは言霊となりアメリアを縛り付けている。

 頭の奥底まで刷り込まれてしまった考えは、そう簡単には引き剥がせないのだろう。



 レイクロフトは深く俯いた彼女を見て、険しい顔をする。


(なぜここまで自分を卑下する? アメリアの家族が、こうなるまで追い込んできたということか?)


 レイクロフトはテーブルの下で、ギュッと強く拳を握った。アメリアの置かれていた境遇を想像し、まだ見ぬアメリアの家族を殴りたい気持ちを、拳に込めて。


 だが、そんなどす黒い感情はアメリアに見せられない。表向き、つまりテーブルの上のレイクロフトはにこやかに微笑み、アメリアを諭していた。


「……一人で食べる食事は味気なくてな。アメリアも通訳士は一人きりだろう。一人もの同士、一緒に食べよう」

「……それなら私でなくても、」

「アメリアが良いんだ」


 レイクロフトが告げたのは体の良い口実に過ぎない。

 周りにいる侍女でも、侍従でも、はたまた料理長でも。王である彼が誘いさえすれば、誰とでも食事はできる。


 だがそうではない。

 レイクロフトはただ、アメリアと食事がしたかっただけなのだ。


 本当ならもっと早く……アメリアがルフェラに来てすぐにでも一緒に食事をするつもりだったのだが、政務が忙しいせいでこの日まで時間を合わせることができなかっただけだった。


「……アメリア、一緒に食べてくれないか?」


 レイクロフトは下手から上目遣いでアメリアに懇願し、もう一押しをした。

 命令だと言えばアメリアは従うしかないが、それを行使しないのはなんとも彼らしい優しさだ。


「……でも……」


 アメリアはちらりと下を向き、目の前のステーキを見つめる。


(見るからに上等そうなステーキ……。私には分不相応なのに、本当に良いのかしら……)


「とりあえず食べてみてほしい。……それに、もしそのまま残したら料理長が悲しむだろうなあ」

「!」


(そうよね。一口も食べずに残したら、料理長に悪いわ。私なんかが料理人の矜持を傷つけるなんて絶対にダメよ)


「……い、いただきます」


 レイクロフトの説得の甲斐あって、アメリアはようやく食べる決心をした。


 丁寧に手を合わせて食前の挨拶をしてから、ゆっくりとフォークとナイフを持ち、ステーキを切り始める。

 ステーキはあまり力を入れずとも簡単に切ることができた。予想以上の柔らかさだ。そしてそのまま、一口大に切ったお肉を口に含む。


 すると次の瞬間、肉の旨みや芳醇な香りが口いっぱいに広がった。それからステーキにかかっていたソースは肉の美味しさを引き立てているのが分かるほどに繊細で風味豊かな味付けで。


「……! 美味しい」


 アメリアの表情はぱあっと明るくなり、口を押さえながら思わず賞賛の言葉を漏らした。

 それを聞いて、レイクロフトも嬉しそうな顔をする。


「そうか。口に合って良かった」


 レイクロフトからふわりとした微笑みを向けられたアメリアだったが、真っ直ぐに見つめられていることが恥ずかしくなり、顔を真っ赤にさせて視線を逸らしてしまう。

 その様子が愛らしくて、レイクロフトはくすくすと笑いながら他愛のない話題を振ってみた。


「ちなみに、アメリアは嫌いな食べ物はあるか?」

「いえ、特にはありません」

「じゃあ好きな食べ物は?」

「……」


 特別好き嫌いなく育ってきたアメリアは、嫌いな食べ物は「ない」と即答できた。だが好きな食べ物となると即答できない。久しく聞かれなかった質問だから、咄嗟に答えが出てこなかったのだ。


「どうした? 好きな食べ物はないか?」

「えっと……」


(好きな食べ物……。何かしら……)


 困ったことに、頭に何も浮かんでこない。


「何でも良いぞ? それこそパンガルトの郷土料理でも」

「……」


 レイクロフトはアメリアが少しでも答えやすいようにとヒントを出し続ける。

 アメリアもそれを受けて、何かないかと頭の中の引き出しを必死で漁る。


 今まで食べた物の中で、美味しかった記憶のある物。あれは……。


「パンケーキ、でしょうか」


 じっくりと考えていた割に、アメリアから出てきたのは至ってシンプルな食べ物だった。

 それこそ、貴族令嬢が好きな食べ物としてあげるには少しインパクトが足りないくらい、シンプルで庶民的な答えだ。

 でもそれにはきちんと理由がある。


「……幼い頃、母がよく作ってくれたんです。パンケーキ自体はそんなに甘くなくて、代わりに、メープルシロップや生クリームをたくさんかけて食べるんです。ごく一般的なパンケーキではあるのですが、私にはそれがとっても美味しくて、大好きでした」

「母親の手作りか。なるほど、素敵なお母上だったのだな」


 母との思い出を懐かしむように、柔らかく微笑みながら話すアメリア。

 そんな彼女を見ていると、つられてレイクロフトも顔を綻ばせ、それから心の中で、明日の食事はパンケーキにしよう、と決めたのだった。

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