22. 憎らしくてたまらない
巣穴の入り口で待っていたレイクロフトは、奥から出てきたエンレットやアメリアの後ろに、観念した様子でついてきたレディエを見て、ホッと安堵した。
「アメリア、エンレット! 説得できたのか?」
答えを聞くまでもなく、レイクロフトは嬉しそうな顔をしている。
「はい。まずは、レディエさんの運命の方に私が話を聞いてきます。レディエさんは、待っている間に美味しい果物でも、と誘って外に出てきてもらいました」
「そうか。でかした」
アメリアから説明を受けて、レイクロフトは顔をくしゃっとさせて満面の笑みを見せた。
ずっと案じていたレディエがようやく外に出てきてくれたのだから無理もない。
『ねえ、美味しい果物は?』
「あ、はい! えっと……」
アメリアとレイクロフトの会話が終わるのを待ちきれなかったのか、レディエから果物の催促が来た。呼ばれたアメリアは慌ててレディエを果物を置いた場所へと案内しに行った。
「やはりアメリアに頼んで正解だったな!」
『…………そうね』
笑顔でエンレットに話しかけたレイクロフトだったが、浮かない表情のエンレットを見て、首を傾げる。
「どうした? 中で何かあったか?」
『……レイ。アメリアの家族のこと、調べられた?』
「ん? ああ、それならまだ調査結果待ちだ。アメリアの件で何度か先方と手紙のやり取りをしたんだが、どうも嫌な感じがしてな。ま、あの悪評高いマクドネルのところにアメリアを嫁がせようとしていたわけだからあまり良い家族ではないんだろうが。一応念入りに調査をお願いしているところだ」
『そう。じゃあ早く結果を聞けると良いわね』
「なんだ勿体ぶって。アメリアが家族について何か話したのか?」
『……』
何か意図があって質問を投げかけられたと思ったのにその答えが曖昧では、レイクロフトも気になってしまう。
黙ってしまったエンレットに詰め寄り、何があったのかと問いただすレイクロフト。
「エンレット。それは俺が知らずにいて良いことなのか? アメリアのことで何かあるなら教えてくほしい」
『………………怒らないと誓える?』
「誓う」
迷ったエンレットにそう聞かれ、レイクロフトは間髪入れずに「誓う」と答え、大きく頷いた。
その目は「俺のことを信じてくれ」と言わんばかりに見開かれている。
それでもどうにも信じきれなかったエンレットだが、仕方なしに口を割った。
『アメリアの家族は、彼女に相当ひどい仕打ちをしていたようよ』
「……どんな?」
一瞬にして、空気が凍る。
『怒らないと誓ったでしょ』
「いいから。ひどい仕打ちってどんな内容だ?」
先ほど立てた誓いを思い出させようとするも、もはやレイクロフトとの会話は成立せず、彼は質問を投げてきた。
今の彼に具体的な内容を伝えるのは更に躊躇われたが、ここまで来て言わないなんてこともできるわけもなく。
『私が聞いたのは、食事が一日一食、固いパンだけの日もあったってことよ。それで……』
「それで?」
『アメリアは実家で引きこもっていて、そのとき、死を考えたこともあったと』
「!」
エンレットから「死」という単語が出てきて、レイクロフトはバッと振り向きアメリアのいる方向を見る。
今の彼女は、レディエや谷の竜たちに囲まれて笑顔を見せている。
死を考えたことがあるなんて思わせない彼女の姿を見て、レイクロフトはとりあえず安心した。それから、納得できたことがある。
「……っ、だからあんなに痩せ細っているんだな……」
『具体的に聞いたのは食事面だけだけど、他にもいろいろとひどかったようよ。でも確かに、アメリアを悪くは言いたくないけれど、王宮で初めて会ったときの彼女は、貴族令嬢とは思えないくらいみすぼらしかった。雨のせいだと思ったけれど、あの姿はそういうことだったのね』
エンレットに教えてもらったレイクロフトは、離れたところにいるアメリアを見つめながら、ぎり、と歯を食いしばった。
エンレットもレイクロフトも同じ気持ちだ。
アメリアにそんな仕打ちをした彼女の家族が許せない。
怒り心頭で、今にも飛び出して行ってしまいたい。もちろん行き先は、アメリアの実家。
彼女に酷いことをした家族を咎めたいのだ。
しかしまがりなりにもレイクロフトはルフェラの国王で、アメリアは隣国パンガルトの貴族令嬢。
王である自分が、軽々しく隣国の貴族家門に文句をつけることは出来ないと、レイクロフトは理解していた。
「俺が直接殴り込みに行けたら良かったんだが……」
『私もよ』
「エンレットが行ったら、一触即発だぞ。すぐ戦争になるな」
『それでも良いわ。どうせ負けないもの』
「ふっ。それはそうだが」
竜と共生していないパンガルトでは、人間が武器を持ち戦うしかない。そんな国相手に、竜を味方につけているルフェラが負けるはずがない。
エンレットが自信満々なのはそういう理由だ。
それでもルフェラがパンガルトに戦いを挑むことはない。元より竜たちは平和主義で、戦争の道具になることを嫌っているからだ。
だから、エンレットが今言ったことは全て冗談。
そうまでしても良いくらいに、アメリアの家族が憎らしいということの意思表示である。
「まあまずはアメリアをたくさんもてなすとするか。とりあえずは食事と服か?」
『そうね。ありがとうレイ』
「アメリアが王妃になると言ってくれれば、楽に贅沢をさせてやれるんだがな。本人が頷いてくれるまでは、できる限りを尽くそう。まあそうは言っても『通訳士』という役職も彼女が唯一無二ではあるから、その点を推せばいくらか融通をきかせられるはずだ。宰相に怒られない程度で余ってる予算を分配する。あとはアメリアの実家の調査結果が届いたら共有するから待っていてくれ」
『分かったわ』
レイクロフトとエンレットがそんな秘密の会話をしていたことを知らないアメリア。
王宮に帰ると突然、見るも素敵なドレスが何着もプレゼントされ、出てくる食事も豪華になったことに、驚きを隠せなかったのだった。




