21. 本気の恋について語る
説得しに来たというのに、話のペースをレディエに掴まれてしまっている。
レディエ自身はそんなこと意識していないのだろうが、なかなかに鋭い観察眼を持っている。あるいはただアメリアが顔に出やすいだけかもしれないが。
『……あなた、本気で誰かを好きになったことはある?』
「…………いいえ、ありません」
アメリアは首を横に振る。
レディエから聞かれた質問は突拍子もなく、答えるには少し難しい質問だった。アメリアの頭に、婚約者だったオークリーがよぎったからだ。
オークリーのことは少なからず好きではあった。彼の優しさに惹かれていた。でもその気持ちが本気だったかと聞かれると……多分違う。
婚約解消を言い渡されたあのとき、メイジーに譲る以外の選択肢はなかった。けれどもし選択肢があったとしても、アメリアがオークリーを譲らないという選択をしたかは怪しい。
アメリアの中に、あの家を出たいという願望はあったが、彼との結婚への執着心はそこまで湧いていなかったからだ。
それはひとえに、彼への愛情がそこまで育ってなかったからだろう。
否定したアメリアに対して、レディエが本気の恋について語る。
『わたしね、彼を見たときビビッと来たの。『ああ、彼が運命の相手なんだな』って思ったわ。……それで興奮しながら、必死にアピールしたの。言葉は通じないけど、主従契約を結びたいと全身で伝えた。でも彼からは『考えさせて欲しい』って言われて』
「ビビッと、ですか……」
『まるで雷に打たれるような感覚よ。一度落ちると、彼以外は目に入らなくなる。…………でも、彼にとってのわたしは、そうじゃなかった』
伏し目がちのレディエの表情は、一層物悲しそうである。
念願の運命の相手を見つけたのに、パートナーになることを拒まれたことを思い出し、再び落ち込んでいるのだろう。
『彼がわたしを好きじゃないなら、主従契約は結べない。それ自体はものすごく悲しい。でも、本気で彼が好きだからこそ、彼の幸せを願う自分もいて……自分で自分が分からないの』
レディエは何度も運命の相手に会いに行っていた。
意中の彼に運命を感じてからは、毎日のように竜の谷から飛び出して、ただ彼の顔を見に行き、幸せを感じていた。
だけど何日か経ち、彼から『ごめん』と言われた。
パートナーになれず引きこもっている竜がいると聞いた時、まるで失恋でもしたかのようだとアメリアは思った。
しかしそれはまるでではなく、本当に失恋していた。しかも、心の底から本気の恋だったのに、実らなかったのだ。
普通の恋すらまともにしたことのないアメリアには、まだ分からない感情だろう。
でも、レディエが言った『相手のことを思うからこそ身を引く』という気持ちを、想像することはできる。
「では、その後はもう会いに行ったりは……」
『断られるとは思っていなかったから思いの外ショックでね。竜はただでさえ体が大きいから、場所によっては押しかけたら邪魔になるだろうし、何より彼がわたしを嫌いなら、これ以上会いに行くのは違うと思ったから行ってないわ』
「嫌いだなんて……」
ふう、とレディエの悲しみも混じったため息が聞こえた。
レディエとその彼との会話の全容は分からない。
けれど、竜が運命を感じるとその相手も少なからず竜に対して何かを感じると、レイクロフトは言っていた。
それなのに運命の相手である彼がレディエを嫌うなんて、信じられない。
「……それは、その方に聞いたんですか?」
(分からない。この考えが正しいのかは分からないけれど……)
「『嫌い』だなんて本当に言われたんですか? その方がレディエさんとの契約を拒んだ理由を、きちんと確認したんですか?」
『……いいえ。それは……』
「なら確かめましょう!」
『嫌よそんなの! やめて!』
そこまで静かに会話していたのに、突然レディエが荒げた声を出した。寝そべっていた体勢も、ぐんと立ち上がって数歩前に乗り出してきている。
一瞬の出来事だったが、エンレットは咄嗟にアメリアの一歩前に出てアメリアを守る姿勢を見せた。
近距離からエンレットに本気で睨まれたレディエは、すぐに冷静になり一歩だけ後ずさる。
しかしそんな時でもアメリアは怯まず、エンレットに大丈夫だと目線を送ってレディエに一歩近づいて尋ねた。
「……なぜ確めてはだめなんですか?」
『……』
「怖いですか? 本当に『嫌い』と言われたらどうしようって、不安ですか?」
『……』
「でもその方はレディエさんの運命の相手なんですよね? レディエさんにとって運命の相手なら、その方にとってもレディエさんが運命の相手のはずです」
『……でも、主従契約を断られたわ』
質問をたたみかけるアメリアに、レディエがボソリと答える。
「ですから、その方に何か事情があるのではないですか? それをきちんと確認するべきです」
弱気になっているレディエに、アメリアは強気で言う。
(ああ私。こんな風に自分の意見をハッキリ言うなんていつぶりかしら……)
いつも家族に言いくるめられ、自分の意見など言えなかったアメリアが、レディエに対してしっかりと発言できている。
それはアメリアに、レディエのことを捨て置きたくないという強い意志が芽生えているからだ。
このまま帰れば、レディエは遠くない内に命が尽きてしまう。あんな風に悲しい眼差しをした彼女を、見過ごすことなんて到底できない。
『でも……』
「その方のお名前を教えてください。レディエさんが行かないなら、私が行って聞いてきます」
やる気をみなぎらせているアメリアに気圧されて、レディエはいよいよ反論できなくなってしまった。
うぐ、と悔しそうにしながら、レディエはアメリアに情報を渡した。
『……名前はマノよ。栗色の髪にそばかすが印象的で、彼の纏う空気はいつも温かくて、笑った顔が優しいの。ここからほど近い森の一軒家に住んでるわ』
細々とした声だったけど、アメリアはその情報をしっかりと聞き取り、自信満々に頷いた。
「分かりました。待っていてくださいねレディエさん。私がしっかりと聞いてきますから」
『変なことは言ったりしないでね?』
「もちろん。私を信じてください! あ、とりあえずなんですが、待っている間に外でご飯でもどうですか? お腹、減ってますよね?」
アメリアが尋ねると、ぐうぅと小気味良いお腹の音が巣穴内に響いた。
『あ、ちが、今のは……!』
「行きましょうレディエさん。実は私たち、今日はレディエさんに食べてもらおうと思って美味しい果物をたくさん持ってきてるんです! お水も飲んで、美味しい果物も食べて、ゆっくり待っててください」
『……っ』
レディエとしてはお腹の音を聞かれて恥ずかしかったのだろうが、アメリアはそんなことは気にしない。むしろやはりお腹が空いていたのかと、張り切ってレディエを外に連れ出そうとしている。
(エンレットさんに果物も持ってきてもらって正解だったわ)
美味しい果物という単語にごくりと唾を飲み込むレディエを見て、アメリアはさあさあ、とひたすら説得している。そんな彼女の押しに負け、ついにはレディエが折れることになった。
『……分かったからもう黙って』
げんなりとした様子ではあるが、この日、レディエは三週間ぶりに巣穴から出たのだった。




