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2. 家族の誰にも声が届かない

 アメリアがオークリーとの婚約を解消してから二週間ほどが経ったある日。

 この日、ウッドヴィル辺境伯が久々に帰宅した。


 アメリアはいつも通り玄関まで出迎えに行き「お帰りなさいませ」と声をかけるも、辺境伯は彼女を見て眉間に皺を寄せるだけで返事はなかった。返事がないのも、いつも通りのこと。


(だけど、お父様も婚約解消のことは知っているはず。それでも、何も言われないのね)


 オークリーとのことで何かしら言葉を掛けてくれるかと期待していたアメリアだったが、残念ながら期待は外れた。辺境伯が何も言わないのであれば、これ以上ここにいることもできず、アメリアはそのまま一礼をして部屋へと戻って行った。


 すると途中で、廊下の向こう側からメイジーがやってきた。


 当然のようにメイジーは廊下の真ん中を歩いてくるので、アメリアが壁際に避ける。

 そのまま通り過ぎてくれれば良かったのだが、メイジーはすれ違い様にボソッと呟いてきた。


「嫌だわ、陰気臭い」


 アメリアが反射的にメイジーを見ると、彼女は侮蔑の眼差しをアメリアに向けていた。


「あんな姿で出歩いて恥ずかしくないのかしら」

「前髪が長すぎて自分の姿も確認できていないのでは?」

「あはっ、それもそうね」


 メイジーは後ろに付いている侍女とそんな会話をしながらそのまま歩いて行った。

 アメリアは直接話しかけられたわけではない。しかしあれは間違いなく彼女に向けて放たれた言葉だった。

 それでも、アメリアがメイジーに言い返すことはしない。アメリアにとってこんなことは日常茶飯事だからだ。聞き流すことにももうすっかり慣れている。



 そして数秒後には、背後から「お帰りなさいお父様〜!」といつもより高く、脳天を突き抜けて出てきたようなメイジーの声が聞こえてくる。


(これも慣れっこね)


 アメリアが出迎えても不機嫌そうな顔しかしない父親が、メイジーが出迎えれば笑顔を見せるのだ。

 血の繋がりのあるアメリアは冷遇され、血の繋がりのないモリーとメイジーとの方が仲良し家族のように和気あいあいとした空気を作れている。あれでは、どちらが本当の家族か分からない。



 そんなアメリアの元に、その日は珍しく夕食の誘いがあった。


「お父様が私と……?」

「はい。きちんとした身なりで来いとのことです」

「そう……」


 伝言にきた侍女はそれだけ伝えてすぐ行ってしまった。

 アメリアは自分が持っている洋服の中で一番まともな服を急いで探し、一人で身支度をして食堂に向かった。



***


「お待たせしました……っ」


 これでもアメリアとしては急いだつもりだったが、そこにはすでに辺境伯とモリー、メイジーまで揃って食卓を囲むように着席していた。


「おそぉい。もうお腹ぺこぺこ〜」

「まったく。旦那様を待たせるなんてどういうつもりなんだか。さ、料理を運んで来て頂戴」


 メイジーからもモリーからも小言を言われ、アメリアは肩身が狭い思いをしながら、空いている席におどおどと座る。



「……きちんとした身なりで来いと言ったはずだが?」

「あ……えっと、これでも私の持ってる中では綺麗な方で……」



 今度は辺境伯に話しかけられるも、その目はアメリアを鬼のような形相で睨みつけている。


 アメリアの装いに文句があるらしい。


 しかしアメリアとしては厳選した結果今着ている服に着替えてきた。そのためその旨を正直に答えたところ、辺境伯は上から下まで視線を動かしてから、はあ、とアメリアに対して聞こえよがしにため息を吐いた。


 まるで「それがか?」と言っているようなため息を吐かれ、アメリアは座りながらさらに縮こまる。


(もしお父様に私のワードローブを見られたら、もっと幻滅されそう……)


 アメリアは真っ直ぐに父親を見れず、視線を膝の上に置いた手に落とす。


 すると、何も言えずただ落ち込むアメリアを見て、目の前に座っていたモリーはとんでもないことを言い出した。



「だから言ったではありませんか、旦那様。アメリアは亡き奥様に買ってもらった服に固執して、いつまでも私を母と認めないつもりなのですよ?」

「え……」

「家族で食事を、と伝えたのにこんなときまで亡き奥様をチラつかせるなんて、私は悲しいです」


(亡き奥様ってお母様のこと、よね……?)


 アメリアが着ている服は、言われてみれば確かに昔母に買ってもらった服だった。

 しかしそれを着てきたのは、一番マトモな服がそれだったからというだけで他意はない。それに、モリーには新しい服は買ってもらえず、自分で買うお金ももらえていないのだから、アメリアが持っている大半はどうしたって『母に買ってもらった服』になる。

 なのに何故モリーがそんなことを言い出したのか、アメリアは不思議で首を傾げる。


「あの、一体なんのことで……」

「まあ白々しい。いつもそんな服ばかり着て、私から新しい服を買ってあげると言っても聞き入れないじゃない」

「え……?」 

「私たち母娘がこの家に来てもう何年も経つというのに、いつまでたっても家族として接してはくれない。そのくせわざとらしく、そんなみすぼらしい姿で邸宅内を出歩いて、まるで私たちがあなたを虐めているかのように見せるんだもの。きっとそうやって私たちの評判を落としたかったのでしょう?……なんて狡猾なのかしら」


 モリーは平気で嘘をつきながら、アメリアを見つめる彼女の目は、恐ろしいほど嫌悪に満ちていた。


 アメリアの記憶では『新しい服を買ってあげる』と言われたことは一度もない。モリーの真意が分からず、アメリアは言葉を詰まらせる。


「……っ。あの、一体何の、」

「そんな性格だからコックス家から婚約者変更の申し出までもらってしまったのよ」


 コックス家とは、オークリーの家の名前だ。

 その名前が出ると、その場がしーんと静まり返ってしまった。


 アメリアの中ではまだ婚約解消の傷は癒えていない。むしろ今の一言で、傷はさらに深く抉られただろう。


(彼との婚約解消も、私のせいだったと言うの……?)


「……まあでも安心しなさい。一応嫁の貰い手は探しておいたから」

「!」


 その言葉に驚いたアメリアは、目を見開いて少しだけ顔を上げた。


「隣国ルフェラのマクドネル伯爵が、お前を迎え入れてくれるそうよ」

「マクドネル、伯爵?」


 この数年外に出られず社交界からも遠ざかっていたアメリアは、国内の貴族事情にも疎くなっている。隣国の貴族ともなると、名前を聞いてもピンとこない。


「そうよ。とても裕福な家門だから、きっと贅沢をさせてもらえるわ」


(贅沢に興味はないけど……)


 アメリアはただ、どんな人なのかが気がかりだった。そもそも、オークリーと婚約解消して二週間で次の婚約者が決まるだなんて、それこそ相手方はこちらの事情を知っているのかと不安になるくらいだ。


 アメリアが何も言えずに黙っていると、辺境伯が口を開いて言った。


「先方は嫁入り道具など何も不要だと言ってくれた。むしろ一日も早く来てほしいくらいだと。……だから、お前は今夜のうちに最低限の荷物をまとめて、遅くとも明日の昼にはルフェラに向けて出発しなさい」

「え…………」


 辺境伯の言葉はとても冷たかった。

 突然氷点下の海に突き落とされたかのように、そこには親としての感情なんて微塵も感じられない。実の娘に「明日には家を出ろ」だなんて、ひどく残酷な仕打ちである。


「あ、明日……ですか? そんな急に……」

「特別準備することもないのだから明日でも問題ないだろう。何が不満だ?」

「不満とは違うのですが……ただ……」


 戸惑いを隠せないアメリアは、少し食い下がってみるものの、辺境伯は聞き入れそうにない。


「ああ、しかしそんな服装で行くのは失礼だな。メイジー、お前の持っている服をいくつかアメリアに渡してやってくれるか?」

「ええ!? 私の服を? ……良いですけど、私の服ではお義姉様には似合わないかと……」

「一番地味なやつを見繕ってやるんだ。二、三着くらいならあるだろう? 捨てようと思っていたやつでも構わん」

「なるほど、それならいくらでも!」


 アメリアの合意など不要な空気で、辺境伯は勝手にメイジーに服を渡せと命じた。しかも渋るメイジーを見て「持っている服の中で一番地味な服を」とか「捨てる服で構わない」とか言っている。 


(私は今、何を聞かされているんだろう……)


 義妹から施しを受けるようなものじゃないか。


「お父様、私は……」

「話は終わりだ。せっかくの食事だ。冷めない内に食べよう」


(ああ結局、私の意見は誰にも聞いてもらえないのね……)


 アメリアの声は最後まで家族の誰にも届かずに、この場の会話は終えられてしまったのだった。

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