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19. 引きこもり竜と対面する

 引きこもり竜がいる巣穴は、少し坂を上がったところにあった。

 だが、竜の谷は人間が歩くことは想定されていないので道は舗装されていない。山道すら歩き慣れていないアメリアは、道中石ころなどに躓き何度も転びそうになるものの、そのたびにエンレットやレイクロフトに支えてもらい、最終的には転ぶことなく無事に巣穴の前までやって来た。


「す、すみませんでした……。自分でもこんなに歩けないとは思っておらず……」

「問題ない。むしろアメリアは……いや、なんでもない。とりあえず、王宮に戻ったら食事量を増やすよう料理長に言おう」


 レイクロフトが言いかけたのは、先ほどエンレットに注意されたばかりのあの件だろう。危うく言いかけたが途中で思い出し、その先は口に出さなかった。そして明言は避けつつ、ただアメリアの体重を増やせるよう食事量を増やすと言ったのだった。

 しかしそれは、アメリアが望むことではない。


「い、今でも充分いただいておりますので大丈夫です……」

「そうなのか?」


 冗談ではなく真顔でそんなことを言うレイクロフトを見て、アメリアは遠慮を示した。

 事実、この国に来てからアメリアに出されている食事は、量も味もアメリアにとっては何の申し分ないのだ。


(三食きちんとした料理を食べられるだけでもありがたいもの。それに初めにお願いして量を減らしてもらったものの、それでも毎回少なからず残してしまっているのに、これ以上増やされても絶対に食べきれるわけがないわ……)


「まあ無理にとは言わんが、もし食事に不満があれば遠慮なく言ってくれ」

「不満なんてありません。どのお料理も美味しいですし、この前お肉料理をいただきましたが、美味しすぎて感動したくらいで……」

「? ここ最近だとそこまで豪華な料理は出ていなかったと思うが? 失礼だが、ウッドヴィル家ではあまり肉料理は出なかったのか?」

「あ、いえ、そういうわけでは……」


 うっかり滑らせてしまった言葉の意味をレイクロフトに聞き返されてしまい、アメリアは慌てて否定した。レイクロフトに、あの家での自分の待遇を言う訳にはいかない。



『うるさいわね』


 すると、巣穴の中から不機嫌そうな声に怒られた。


 アメリアたちはそこまで大きな声を出していなかったが、これが竜の聴力の凄さか。あるいは、巣穴の中は声が反響するので、入り口での会話でもいくらか反響して、奥まで声が届いてしまったのかもしれない。


『安眠妨害も甚だしい。喧嘩なら他所でやって』


 巣穴の奥にいてまだ姿は見えないが、この声の持ち主こそが、アメリアが今日ここに会いに来た相手だろう。


(引きこもりの竜って、女の子だったのね)


 引きこもってしまった経緯は聞いていたが、性別までは聞いていなかったことに今更気づく。

 その声は、まだ若くて高め。だからアメリアは、姿の見えない相手が女の子の竜であると認識したのだ。


「あ、あの、すみません。お昼寝のお邪魔をするつもりはなかったのですが……」


 相手の怒りも察知して、アメリアはすぐに声を張って謝罪した。実家にいた頃も、義母や義姉、それから父親の顔色を窺ってよく謝っていたので、相手の機嫌には敏感になってしまっている。


 相手が不機嫌でイライラしているように見えたなら、まずは謝るのが一番だ。それから……。


「すみません、あの、お邪魔なら今日は帰ります。……その代わり、次に会える日の約束させていただけると嬉しいのですが……」

『……あんた、わたしに話しかけてる?』

「はい……」

『人間……よね?』

「はい……」



 驚いた様子で奥で起き上がった引きこもりの竜。彼女は、アメリアたちのいる入口の方に前進してきた。


 暗闇の中にいるその姿はまだハッキリとは判別できなかったが、入口近くまで来ると、陽の光が少しだけ彼女を照らし、そうしてようやく目視できた。

 彼女は赤茶色の竜。



『レディエ。この子は私が認めた人間よ。全ての竜の言葉が分かるの』

『…………王竜様。また来たんですか』



 エンレットからアメリアを紹介するも、レディエと呼ばれた赤茶色の彼女は、そんなことよりまた説得に来たのかとげんなりした顔でエンレットを見つめ返していた。


 先にエンレットが説得を試みたとレイクロフトは言っていたから、きっとここへは数えきれないくらい来ているのだろう。


『言葉が分かるからなんだと言うんです? そんなちんけな子にわたしが説得されるとでも?』


 レディエはアメリアを上から下まで見てから、はぁ、と大きくため息を吐いた。


(ちんけな子……)


 何千年も生きる偉大な竜からすれば、人間の、しかも何の取り柄もない平凡な見た目のアメリアがそう見えてもおかしくはない。


『レディエ!』

『もう放っておいてください。わたしは一人静かに眠りたいんです』


 エンレットが怒りの声をあげるが、レディエには効かなかった。まったく怯むことなく、レディエは踵を返して巣穴の奥へと戻ってしまったのだ。

 だが、その足取りは重く、若干体は左右に揺れていた。


 ……その様子を見たアメリアには、彼女は怯まなかったのではなく、もう怯む余裕もないくらい力が残っていないようにも思えた。


『……ごめんなさい、アメリア。レディエがあんなこと言うなんて、』

「ああいえ! 私は別に……ちんけな子ってあながち間違ってはいないですし……」


「そんなことを言われたのか?」

「あ、はい」


 レディエの言葉が分からないレイクロフトが驚いた顔をして聞いてきたので、アメリアはとりあえず答える。

 するとレイクロフトも怒りそうな雰囲気を出してきたが、アメリアは強引に話を先に進めることにした。


「あの……私、奥に行って話してきても良いですか? レディエさんとは、今話さないといけないような気がして……」


 レディエの瞳からは“話しかけるな”という強い拒否の意思を感じた。

 でもそれと同じくらい、“寂しい”という感情も見えた気がしたのだ。


 孤独は寂しい。

 それは、アメリアには痛いほど分かる感情。

 しかもその原因が、自分が慕う相手に見限られたからだというのも。

 父親に見限られた自分の境遇と、よく似ているから。


 だからこそ、さっき彼女の目を見て思った。

 レディエとは今話さなければ。

 弱りきった彼女を置いて、このまま帰ることはできない。



 アメリアがぐっと力強い眼差しでレイクロフトを見つめると、レイクロフトは少し考えてから結論を出した。


「……エンレット、アメリアを連れて行ってくれるか?」

『レイは行かないの?』

「ああ。さっきの彼女を見るに、アメリアに何かする力は残ってなさそうだし、エンレットが一緒にいれば十分そうだ」

『そう。分かったわ』


「アメリア。無理に説得はしなくて良いからな」

「…… はい。ありがとうございます」



 そうして、アメリアはエンレットと二人で、巣穴の奥へと入って行った。

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