17. 竜の相談ごとを引き受ける
「突然すまなかったな」
部屋に着くなり、謝罪をしたのはレイクロフトだった。
竜たちに朝ご飯をあげていたアメリアを突然この執務室まで連れてきたことに謝っているのだろう。
「いえそんな。今日運んだご飯も、もう竜たちに全部取られて空になっていて、今日はあの量で足りたようなので、特に問題はありません」
「……そうか。なら良かった」
レイクロフトはふっと顔を緩めて笑った。
そしてすぐ真面目な顔に切り替わり、本題に入る。
「じゃあ早速本題なんだが……。今、竜の谷に一匹、問題を抱えた竜がいる」
(問題を抱えた竜?)
「アメリアは、竜と人間の主従契約についてはもう教わっているだろうか?」
ルフェラに来て三週間。
王妃教育のカリキュラムの中には、この国の歴史や、それを学ぶにあたって竜がどのようにこの国に受け入れられていったかの講義も含まれていた。
その過程で出てくる、人間と竜との主従契約についても、履修済みだ。
「はい。教わりました」
「ならば分かるな。人間と主従契約を結んだ竜は、人間が死んだらどうなる?」
「え、えっと……」
突然始まった抜き打ちテスト。
アメリアは授業で聞いた話を頭の中で思い出し、しっかりと答える。
「パートナーである人間が死んだら、共に死にます」
「……ああ、そうだ」
本来竜は長寿の生き物。
長ければ千年は生きられるらしい。
だが、人間とパートナーとなった瞬間、その寿命は一気に短くなる。
「それでも竜が人間と契約を結ぶのは、自分の寿命が短くなっても、その人間と添い遂げたいという運命的なものを感じるからだ。もちろんその運命的なものは、人間側も少なからず感じるのが一般的」
なのだが、とレイクロフトは話を続ける。
「先日、ある竜が運命を感じる人間を見つけたのだが……人間側が頑なにそれを認めないらしくてな」
(人間側が……認めない?)
「勿論、人にも竜にも主従契約を強制することはできない。だからその人間が契約を結びたくないと言うならそれまでではあるが……」
レイクロフトはそんな中途半端なところで言葉を止めた。何やら難しそうな顔をして、ため息もついている。
アメリアが黙って次の言葉を待っていると、彼の口からゆっくりと出てきた。
「人間に断られたことでショックを受けた竜が、巣穴に引きこもってしまったんだ」
「…………?」
どんな話が出てくるかと身構えていたアメリアにとっては少し拍子抜けする内容で、反応に困ってしまう。
竜が一匹引きこもったことがそんなに深刻なのだろうか?
「その竜は、もう何日も飲まず食わずで引きこもっているのだ。エンレットによれば、運命の人間と共に生きられないのならこのまま餓死することも厭わないと言っているらしい」
「……そんな」
まさか食事もせずに引きこもっているとは思わなかった。そうと分かると深刻さが増す。
「エンレットが言うには、竜が飲まず食わずで生きられるのは一ヶ月程度だそうだ。だがその竜が引きこもってかれこれ二週間は経過していてな。そろそろ何か口にしてもらいたいのだ」
「早く立ち直ってもらわないといけませんね」
「ああ。そこで相談なのだが……」
レイクロフトがアメリアを見つめ、相談事を口に出す。
「ちょっと竜の谷に行って直接話を聞いてやってくれないか?」
ちょっとそこまで、なんて簡単な話ではないと思うが、彼の口調は軽かった。
竜の谷という場所があると聞き、アメリア自身もいつかそこに行ってみたいとは思っていた。だから、行くこと自体はやぶさかではない。
問題は、引きこもっている竜の話を聞いてあげるという点だ。
実家にいた頃もアメリアはずっと引きこもっていたから、誰かの相談に乗るなんて経験が一度もない。
……引きこもり経験者として相手の気持ちに共感することはできるかもしれないが。
人の相談に乗ったことないアメリアに、突然初対面の竜の相談に乗れというのはなかなか酷なことを言う。
「えっと……」
「エンレットが説得しようとしているが、運命の人間と主従契約を結べている竜には自分の気持ちは分からないと突っぱねられているらしい。かと言って他の、人間と契約を結んでいない竜に対しては、運命の人間に出会っていない竜にも分からないだろうと言っていてな。……つまるところ、八方塞がりなんだ」
引きこもっている竜の言うことは一理あるが、こちらからしたら話をさせてもらうこともできず困り果てているという状況。
「そもそも、運命の相手になった人間側が断るなんてことはあまりない。それもあって、その竜と同じ境遇で話ができそうな竜がいないんだ」
「……その、お相手の人間の方とは話せないんでしょうか?」
「主従契約は強制できないと言っただろう? 今の状況を話せば半強制的に契約を結べと言っているようなものだから、まだ人間側には話すつもりはない。まあ本当の本当に、最後の手段として考えてないことはないが」
レイクロフトは苦々しい笑みを浮かべている。
竜にこのまま死んでほしくない。
けれど、竜の命を救うために民に主従契約の強要もしたくない。
竜と共生しているこの国の王として、竜と民のどちらを選ぶのかと究極の選択を迫られているような厄介さである。
「だから私が、その竜とお話しして外に出てきてもらうよう説得する、ということですね?」
「そういうことだ」
レイクロフトはしっかりと頷いた。
「でも、私なんかに説得できるかどうか……」
「心配しなくていい。あのエンレットも突っぱねられたんだ。可能性の一つとして、アメリアから説得してみてほしいというだけだから、無理だったとしても責めはしない。それに、竜の谷には俺とエンレットも一緒について行くから、万が一にも竜から危害を加えられることもないと約束する」
大きな責任を感じる必要もなく、自身の命の危険も感じなくて済むならば。
その条件を聞いて安心したアメリアは、小さく頷いて覚悟を決める。
「…………分かりました。私でよければ、話してみます」
────そして翌日、アメリアはレイクロフトとエンレットと共に、竜の谷へと向かったのだった。