16. 素敵なお仕着せに袖を通して
────アメリアがルフェラに来て三週間ほどが経過した。
彼女の朝は早い。
朝日が昇る頃には目を覚まし、支度を始める。
早起きの理由は、王宮の裏に住む竜たちに朝ご飯を運ぶためだ。
初めは侍女のクロエも一緒に来ようとしていたが、さすがに早起きに付き合わせるのは申し訳なくて、彼女の帯同はアメリアが断っていた。なので毎朝の支度はアメリア一人でする必要があるのだが、先日、腰よりも下に伸びていたぼさぼさの髪を美容師にバッサリと切ってもらい、肩甲骨辺りの長さになったおかげで、支度はだいぶ楽になっていた。
顔を洗ったら鏡台の前に座り、ささっと櫛で銀髪を梳かす。それから、髪の上半分を取って簡単にピンクのスカーフで結ぶ。竜たちにご飯をあげるだけではあるけれど、少しでも髪の毛が邪魔にならないようにだ。
それから服装は、レイクロフトが用意したアメリア用のお仕着せに着替える。
白のレースシャツに、紺色のジャケットスタイル。首元には赤い紐のリボン。
そして下は、ジャケットと同じ色の膝丈スカートだ。
シンプルだけど生地は間違いなく上質で、胸元や袖のボタンに描かれているのはルフェラの国章。
(何度見ても、私には分不相応すぎるわ……)
アメリアは毎朝袖を通すたびに、この通訳士という仕事に掛けられた期待の大きさに背筋が伸びる思いをしながら、気合を入れて竜たちの元に向かうのだった。
「皆さんおはようございます。朝ご飯をお持ちしました」
『お。やっとか』
『今日は何でしょうか?』
『……』
先日竜たちと会話して、朝晩二回のご飯係を受けることを決意したアメリア。
あの日、レイクロフトに呼ばれて彼が一日で用意した立派な雇用契約書に目を通すと、まだその仕事内容自体は若干曖昧ではあるが、通訳士として仕事をしつつ、王妃教育も受けることということがさらりと記されていた。
そこでアメリアから、竜のご飯係を引き受けたいとレイクロフトに打診した。初めは虚をつかれて驚いていたレイクロフトだったが、そこはエンレットの読み通り、アメリアが望むならとすぐ許可してくれた。
そして仕事の早いことに、レイクロフトはすぐ、今までご飯係をしていた竜騎士たちに話を通し、それからその日の晩のご飯時にはアメリアに仕事を教え、アメリアは翌朝から、立派に竜のご飯係を始めた。
竜たちのご飯はお肉やお野菜・果物と、人間が食べる物とほとんど同じだった。違いと言えば、それらを全て生のまま出すところくらい。……あと食べる量の多さだろうか。
手持ちの竹籠一つなんかでは到底足りないので、リヤカーに食べ物を積んで、ぐぐぐっと引いてきている。
しかもこれでも数匹分なので、多い時はこれを何往復もしなければいけない。
それでも、アメリアは疲れた顔ひとつ見せず、毎日楽しそうに竜たちに話しかけている。
「今日は新鮮なお野菜をたくさん持ってきましたよ。それから、ライロさんがお好きなバナナもあります」
『バナナ!? イェーイ!』
大好物のバナナがあると知り、ライロはぎゃあおおと飛び跳ねて喜ぶ。
そこでふと、アメリアは辺りを見渡してエンレットがいないことに気づいた。
「あれ……? 今日はエンレットさんはいらっしゃらないんですか?」
『王竜様は用があって谷に行っています』
「そうなんですね」
『そうそう! だからもう食べちまおうぜ!!』
いつもならエンレットが許可を出してからみんな食べ始める。
本来王竜であるエンレットが一番にご飯を取るべきだからだ。
でも優しいエンレットはいつも『みんな好きなものを食べなさい』と言って、自分が取る前に他の竜たちに取らせているのだ。
しかし今日は、その許可を出すエンレットがいないので、ライロは一目散にリヤカーの中のバナナを手に取った。
『やったーバナナー!』
自分と同じような色のバナナを手に取って、ライロはきゃっきゃっとはしゃいでいる。
それを見て、アメリアはくすくすと笑う。
「本当にバナナが好きなんですね。今度また多めに持ってきますね」
『おうよ! 楽しみにしてるぜー!』
『あ、ライロばかり、』
「シズマさんはブドウですよね? そちらも忘れずに持ってきますね」
『っ……分かっているなら、まあ……』
ライロばかり贔屓にして、とシズマは言おうとしていたが、即座にアメリアがシズマの好きなものも持ってくると言ったので、シズマはそれ以上言えなくなり口ごもった。
そんな様子のシズマもまた可愛らしくて、アメリアはつい微笑んでしまう。
そんなとき、背後から肩をポンと叩かれて振り向くと、そこにはレイクロフトが立っていた。
「おはよう、アメリア。今日も早いな」
「お、おはようございます陛下……」
予期せぬ登場に驚きつつ、アメリアは慌ててぺこりと頭を下げる。
レイクロフトは挨拶もそこそこに裏手一帯を見渡して、エンレットがいないことを確認した。
「エンレットはいないのか?」
「エンレットさんは竜の谷に行かれているようです」
「谷に? …………ああ、アレの件か」
「?」
レイクロフトは何か思い当たったらしい。
少し考えて、すぐにピンと来ていた。
アメリアは何も分からないので、ただ首を傾げる。
「丁度アメリアに相談しようと思っていたんだ。この後、少し時間をもらえるか?」
「私に相談、ですか? ……はい、大丈夫です」
レイクロフトが思い当たった内容は、アメリアに相談が必要な話のようだ。
だがアメリアは、自分なんかに相談する話なんてあるのかと、内心不安を感じていた。
(人から相談なんてされたことないし……。私に相談役なんて務まるのかどうか……。一体どんな話だろう?)
「じゃあえっと……」
レイクロフトと話しに行くために、アメリアはきょろっと周りを見渡して、残っている仕事を確認した。
でも、竜たちのご飯をたくさん載せてきたはずのリヤカーの中は、いつの間にか空っぽだった。
『安心しろ。ご飯はもう食べ終わってる。今日はこれで十分だ』
もぐもぐと口の中いっぱいに頬張りながらそう言ってくれたのはライロだ。
それからシズマとも目が合うと『僕らのことは気にせず、どうぞ行ってきてください』と言ってもらえた。
「……ライロさんったら。それ、よく噛んで食べてくださいね」
アメリアはライロとシズマ、そして未だ無言を貫くリュイリーンにも別れを告げて、レイクロフトと二人で話せる場所へ移動したのだった。
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