14. 言葉が分かるだけ
朝食を食べ終えたアメリアが王宮の裏手に到着する頃、ライロたちもちょうどご飯どきだった。
『おいそれ俺の!』
『何を言っているんだ。お前はもう三つも食べただろう? それに先に取ったのは僕だ』
『それは俺が横にどかしておいたんだよ! 俺のだ返せ!』
ライロとシズマが何やらご飯の取り合いで喧嘩しているらしい。少し遠いが、シズマの手の中に見える赤くて丸い食べ物はリンゴだろうか。
口喧嘩ではあるが、さすが竜だけあってその迫力は凄まじい。
『そんなの知るか』
『あー!』
シズマは手に持っていたリンゴをぽいっと上に投げ、パクッと食べてしまった。
ライロはそれを見て大声を上げる。
するとすかさず、エンレットが仲裁に来た。
『どうしたのあなたたち。また喧嘩?』
『王竜様! 今回ばっかりはシズマの奴が!』
『いいえ王竜様! 僕は悪くありません。ライロが因縁をつけてきているだけです』
エンレットを味方につけようと、ライロとシズマはギャアギャアと鳴いている。
これでは収拾がつかなそうだ。
エンレットはやれやれと困った様子である。
『一人ずつ話してちょうだい』
『俺が!』『僕が!』
一人ずつと言った矢先、我先にと二匹とも話し始めてかち合ってしまった。またしても二匹は互いを睨み付ける。
……そんな様子を遠からず見ていたアメリアとクロエは、竜たちに声を掛けるタイミングが見つからない。
「……なんだか間が悪そうですね」
クロエには竜たちの言葉が分からないが、それでも鳴き声の強さや醸し出す雰囲気から険悪な空気なことは伝わったのだろう。
目の前で繰り広げられる竜の喧嘩。恐怖でビクビクと何度か肩をすくませてはいるが、それでも逃げ出さないだけすごい。
「……そうですね。でも多分、エンレットさんがいるので問題ないと思います」
「エンレットさんって……もしかして緋竜様のことですか?」
クロエに聞かれて思い出した。
そう言えばエンレットは、レイクロフト以外からは名前で呼ばれていなかったのだ。
(あのフィンさんも確か緋竜様って言ってたわよね……?)
「あ、はい。そうです。あの緋色の竜がエンレットさんです」
「もう名前で呼べる仲なのですね。さすがです」
アメリアは何の気なしに名前で呼んでいたが、それを仲良しと捉えられるとは思っていなかった。
(エンレットさんには呼び捨てでも良いと言われたけれど……)
「やっぱり皆さんは『緋竜様』と呼んでいるのでしょうか? 私、よく分かっていなくて……」
「ああいえ。緋竜様がそれを受け入れているのであれば問題ありませんよ。……竜は、パートナーとなる人間とはこれでもかって言うくらい仲良くなるんですが、それ以外の人間とはあまり仲良くしてくれないものなんです。しかも緋竜様は王竜でもあるので、皆一目置いている存在なんですよ。その緋竜様を名前で呼べるなんて、ほんとアメリア様は凄いですね」
王竜ということを聞いたときにも思ったが、この国でエンレットは本当に偉い存在なのだと実感する。
名前を呼んだだけでクロエがこんなに驚くのだから。
「私は何も……。今でも、何かの間違いなんじゃないかって思っていますし」
この気持ちは、昨日からずっと持っている。
もっと言えばオークリーに婚約解消されたときからずっと。
婚約を解消され、隣国の貴族に借金返済のために売られ、しかしその道中で竜の密猟者という冤罪をかけられてしまい、それからあれよあれよと言う間に王宮で。この国の王様である竜王と竜の王様である王竜のどちらともから気に入られ、なんなら王妃になってほしいと言われ。だけど王妃になんてなれるわけがないと断るも、ならば竜の通訳士になってほしいと言われ。
そして、今である。
何度思い返しても、中々に濃い。
今まで何年も家から外に出ず引きこもっていたアメリアには無体なほどに。
しかしそんな自分に自信を持てないアメリアの考えをクロエが一蹴する。
「何言ってるんですか! アメリア様は全ての竜の言葉が分かるんですよね? それが事実なら、何も間違いなんてありませんよ。陛下や緋竜様の大事なお方となるのも当たり前です」
「言葉は……そうですが……」
でも逆に、それだけなのだ。
ただ言葉が分かるというだけ。
それだけで気に入られても、自信なんて持てるはずもない。
なぜアメリアに竜の言葉が分かるのかその理由は不明。だから、いつ分からなくなるとも知れないのだ。そんな不確かなものにふんぞり返れるほど傲慢ではない。
「大丈夫ですよアメリア様! アメリア様のその力は唯一無二ですから。自信を持ってください」
「…………ええ」
アメリアの視線が下がり、彼女の気分が落ち込んでしまったことを察したクロエは、慌てて話題を目の前の竜たちに戻した。
「あ、彼ら和解したみたいですね」
彼らとは、先ほど喧嘩を始めていたライロとシズマのことだ。
アメリアがライロたちに視線を戻すと、確かに先ほどまでの騒々しい鳴き声はしなくなっていた。
きっとエンレットが双方の話を聞きどうにか収めたのだろう。
「今ならご挨拶できるのでは?」
大人しくなった彼らにであれば、きっと問題なく挨拶ができる。
「……そうですね。ちょっと行ってきます」
クロエに促されるままに、アメリアはエンレットやライロたちがいるところまで歩を進めた。