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12. 王妃用の部屋を用意される

 翌日、朝日が昇り始めた頃に、アメリアは自然と目を覚ました。

 ゆっくりと瞼を上げると、目の前には見慣れない天井。


(ああ、私……ルフェラに来たんだったわ)


 昨日のうちに用意してもらったアメリアの部屋は、予想外に広かった。この国初めての役職である『竜の通訳士』に任命されたとはいえ、やりすぎなくらいの広さだ。


 ルフェラの使用人はこれくらいの部屋が用意されるものなのか?


 この国の常識を知らないアメリアにはただただ困ってしまう広さ。広すぎてどこに身を置けば良いかも分からないくらいだ。それでも、せっかく急ぎで用意していただいた部屋を変えて欲しいとは言えなかった。


 初めこそそわそわとソファの周りに立ち尽くしたが、結局寛ぐこともできず。昨日は一日を通して溜まった疲れもあったため、アメリアはすぐベッドに入り就寝した。


(夢じゃなかったのね……)


 そして目を覚まし、昨日一日で起きた現実を思い返す。


 ルフェラの森で小竜を助けようとしたことも。竜騎士に勘違いの末捕らえられ王宮に連れて来られたことも。緋竜のおかげで容疑は晴れたものの、何故か王妃になってほしいと頼まれたことも。


 目の前に広がる高い天井を見つめながら上半身を起こし、それから広々とした部屋をもう一度確認する。


(この部屋も、やっぱり私には立派すぎるわ)


 改めて自分に似つかわしくないと思うこの部屋を見つめ、アメリアはふう、と小さな息を吐いた。


(今日はどうすれば良いのかしら……。通訳士の仕事はまだよく分からないのよね。とりあえずは昨日みたいに侍女さんのお仕着せを借りて働けば良いかしら?)


 何もしないまま王宮ここに住まわせてもらう訳にはいかない。

 通訳士としての仕事があるなら良いのだが、昨日ぽっと出来上がったような職種だ。昨日の今日できちんとした仕事があるとは思えない。


 ならばアメリアにできることは、実家でやっていたような家事くらいなもので。

 それでもこの広い部屋に住むには働きが足りない気もするが、できることがそれしか思い浮かばないので致し方ない。何もしないよりはマシだろう。


 ちょうど昨日借りたままになっていた侍女のお仕着せはテーブルの上に畳んで置いてある。とりあえず今朝はこれを着ればいい。あとでもし可能なら、替えとしてもう一着もらえないか聞いてみよう。


 ベッドから立ち上がったアメリアはお仕着せに着替えて部屋を出……ようとした。が、あることを思い出す。


(そういえば、昨日何も言わずに調理場に行って陛下たちに迷惑をかけたんだったわ)


 誰にも言わずに部屋から消えたら、また迷惑をかけてしまう。

 そもそも部屋から出てどこに行けば仕事があるのかも分からない。書き置きをしようにも行き先が書けないのでは意味がないだろう。


 ……そうなると、お仕着せに着替えたは良いものの、部屋の外に出ることはできなかった。


 誰かが部屋に来てくれたら、何かできる仕事はないか聞くことにしよう。


 アメリアは扉の前でくるりと踵を返し、部屋の中央まで戻ってソファに腰掛けた。


 それからただじっと待った。

 いつ誰が来るとも分からないが、ただそこに座ってじっと。



 すると、一時間ほど経過してようやく、一人の侍女がアメリアの部屋を訪れた。


 コンコンコンコンと軽く扉を叩かれ、部屋の外から声が聞こえる。


「失礼いたします。お目覚めになっておられますでしょうか?」


 若い侍女の声に、アメリアは答える。


「……はい。起きています」


 アメリアの返事を聞き、侍女は「失礼いたします」と言って入室してきた。

 アメリアもソファから腰を上げ、侍女を出迎える。



「…………?」


 入ってきたのは、まだ幼そうな侍女だった。

 胸元まである黒髪を三つ編みのおさげにしているから余計幼く見えるだけかもしれないが。


 しかしなぜか、その侍女はアメリアを見て首を傾げ、尋ねてきた。


「あの、こちらはアメリア様のお部屋では?」

「え、あ、はい、そうです……」

「? アメリア様はどちらに? 今しがた返事は聞こえたと思うのですが。それと、あなたもこちらに配属された方ですか?」

「え……?」


 一度右に傾いていた侍女の首が、今度は左に傾いた。

 そのとき、彼女の視線が自身の服装に向けられていることに気づく。


(あ、私がお仕着せを着てしまったから……?)


「あの、私がアメリアです……」

「……はい?」


 アメリアが名乗ると、傾けた首もそのままに侍女の全身がピシッと固まった。


「紛らわしい格好をしてすみません。その、昨日お借りしたお仕着せがありましたので、今日もそのままお借りして働こうかと思ったんです。すみません……」

「……」

「あ、もし返した方が良ければ、すぐ着替えます。そしたらえっと……一番動きやすい服に着替えて、」

「ちょ、ちょっと待っ……いえ。お待ちください」

「あ、はい……」


 身体も思考も停止してしまっていた侍女が、息を吹き返した。

 侍女がふー、と大きく深呼吸して息を整えるのを待ち、彼女から聞かれる質問に答えていく。


「あなたが……アメリア様?」

「……はい」


(アメリアではあるけど、でもどうして私を『様』と呼ぶのかしら?)


「お仕着せを着ているのは、それを着て働こうとしていた……?」

「はい。どなたかが来てくれたら、何か仕事をいただけないか聞こうと思って準備だけ……」

「なぜ!?」

「…………なぜ?」


 なぜとはどういうことか?


 今度はアメリアが首を傾げる番だ。


「だってアメリア様は陛下の大事なお方なんですよね!? その方がどうして侍女のお仕着せを着て働くのですか!?」

「? ……何か誤解があるようですが、私は別に陛下の大事な方というわけでは……」

「でもこの部屋! この部屋は将来王妃になる方のための……」

「そうなのですか?」


 王妃になる人にあてがわれるべき部屋。

 アメリアはそんな大層な部屋を使っているらしい。


 それには驚きを隠せない。


 たしかに昨日、レイクロフトから王妃になって欲しいと言われはしたものの。しかしその件はまだ受け入れられず、まずは竜の通訳士として働くという話で落ち着いたはず。

 それなのに用意された部屋は王妃用の部屋だと言う。


「とにかく! そんな方に働いてもらうなんてあり得ませんから! とりあえず着替えましょう! 私が手伝いますから!」

「あ……はい……」



 侍女の名は、クロエ。

 幼く見えはするが、将来王妃になるであろうアメリア付きの侍女を命じられるくらいには優秀な侍女なのだろう。


 事の次第を把握したクロエは、テキパキと動き回り、アメリアの身なりを整えたのだった。

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― 新着の感想 ―
風呂には入れても服の心配まではしないところが竜。
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