11. 竜たちへ挨拶する
「フィン。アメリアの荷物はあったか?」
「! 陛下……なぜこちらに? 荷物でしたら問題なく」
フィンは黄竜の背中から降りつつレイクロフトに尋ねる。そんな彼の手には、ピックアップしてきたアメリアのトランクケースが握られていた。
それを見て、アメリアは安堵の表情を浮かべる。
「ご苦労だったな。俺たちは、せっかくだから竜たちを紹介でもしようかと思ってここに来てみたんだ」
「陛下自らですか?」
陛下に何をさせているんだ、と言わんばかりにフィンからじとっとした目で見つめられ、アメリアは思わず目を逸らす。
しかし、そんな二人のやり取りに気づかない様子のレイクロフトは、淡々と会話を続けていた。
「ちょっと色々あってな。まあでもライロも帰ってきてちょうど良かった。ライロとそれから……」
レイクロフトは柵に近寄り、お昼寝中の二匹にも軽く声を掛けた。
「起こして悪い。シズマ、リュイリーン。お前たちもこっちに来てくれるか?」
するとシズマとリュイリーンはゆっくりと瞼を上げて起き上がり、三匹の竜はアメリアたちのところへやってきて柵近くで横並びになってくれた。
三匹が並んだことを確認して、レイクロフトはアメリアを手で指して竜たちに紹介した。
「みんな、こちらはアメリアだ。エンレットが認めた女性だから、今後仲良くしてくれると嬉しい」
『王竜様が? マジすか!』
レイクロフトの紹介に驚いて、一番に声を上げたのはライロだった。
『ええそうよライロ。失礼なことはしないようにね』
『へーい』
『ご安心ください王竜様。僕が目を光らせておきます!』
『うわ出た。良い子ちゃんめ』
『……』
ここでも母親のように言い聞かせるエンレットに、空返事をするライロ。それからシズマはキリッとした目でエンレットを仰ぎ見て、リュイリーンはボーッと遠くを見つめて無言を貫いている。
そしてどうやら、ライロとシズマはあまり仲が良くないらしい。
『良い子ちゃんとはなんだ! お前がいつも悪さをしなければこんなことは、』
『あー、はいはい。お説教は結構ですよー』
ぎぃいい、と喧嘩に発展しそうな鳴き方をしている二匹を、アメリアはおろおろとしながら見つめている。
そこへレイクロフトがアメリアの耳元で囁くように聞いてきた。
「アメリア、二匹はなんと言い合っている?」
「え、あ……えっと、シズマさんが、ライロさんが私に失礼なことをしないよう目を光らせておくって言ったんですけど、ライロさんはシズマさんに対して、良い子ちゃんが出たと言いまして。そうしたらシズマさんが、良い子ちゃんとはなんだ! って怒ってしまって……」
アメリアは聞いたままをレイクロフトに伝えた。
『は?』
『え?』
すると彼女がレイクロフトに伝えた内容を聞いて、顔だけアメリアを向けてきた。声は大きくなかったはずが、竜である彼らの耳にはアメリアの言葉が問題なく聞こえていたらしい。
『お前今、なんて?』
『ライロ。お前なんて呼んだら失礼だろう』
『うるさいシズマ。今はそれより、こっちの話が先だろうが』
またしても喧嘩しそうになりながらも、ライロとシズマはアメリアを凝視している。
「す、すみません。私余計なことを……」
レイクロフトに告げ口したように思われたのかとアメリアは咄嗟に謝罪したのだが、そうではなかった。
『お前、俺たちの言葉が分かるのか……?』
彼らの瞳は、好奇心に満ちてキラキラと輝きを放ち始める。そんな彼らに、アメリアは頷きながら答える。
「え? あ……はい。そのようです」
そして、エンレットが補足説明をしてくれた。
『アメリアには、竜の通訳士として働いてもらうことになったのよ。これまでパートナーがいない竜たちが人と話すときは、主従契約を結んだ竜を介す必要があったけれど、今後はみんなアメリアに話を聞いてもらえれば良くなるわ』
『パートナー以外の竜の言葉が分かるなんて人間、初めてではないですか?』
『ええそうね。だからみんな、アメリアのことを優しく迎え入れてくれると嬉しいわ』
『おおおーすっげえーー』
アメリアが通訳士となることを知ると、嬉々として叫んだのはライロだった。
勢いよく彼の顔がアメリアの目の前まで迫ってきて、その顔の大きさと立派に生え揃った鋭利な歯に思わずビクッと肩をすくめる。
しかしそんな様子が目に入っていないのか、ライロはニカッと口を開いて笑い、『よろしくな!』と挨拶をした。
アメリアは視線を左右に動かしてから小さい声で、「よろしくお願いします」と返事をした。
「挨拶が済んだら部屋まで送ろう。俺もそろそろ仕事に戻らないと、宰相に怒られそうだ」
『そう言えば、レイは仕事を抜け出してきたんだったわね』
「え」
アメリアたちを見守っていたレイクロフトがふとそんなことを言い、アメリアの顔からサーッと血の気が引いていく。
「それってもしかして私のせいで……」
確か、アメリアがいなくなったと騒ぎになったから、レイクロフトはここにいる。
となると原因は自分にあるのかと思ったのだ。
「気にするなアメリア。俺にとっても良い息抜きになったから」
『それに、息抜きと言って執務室から抜け出すのはレイの日常茶飯事。レイが怒られるのもいつものことよ』
「おいエンレット!」
『どうせすぐバレるわ。取り繕うだけ無駄よ』
ふふ、と笑うエンレット。
レイクロフトも、バツが悪そうな顔はしたものの本気で気にはしてないように見えた。
自分のせいでレイクロフトが怒られるのかと落ち込みそうになったが、何も問題なさそうで内心ホッとして、それからレイクロフトに言われるまま、アメリアは部屋まで送り届けてもらったのだった。