10. 王竜と竜王
「王宮の裏手一帯は、竜たちが過ごす場所になっているんだ」
楽しそうにそう教えてくれたのはレイクロフトだ。
彼は、少し後ろを歩くアメリアがちゃんと付いてきているかを数歩ごとに振り返って確認しながら、話している。ちなみにエンレットは、アメリアの隣を、歩調を合わせて歩いている。
「実際に多くの竜が住むのはあの山の中にある『竜の谷』と呼ばれる場所なんだが、人間と主従契約を結んだ竜たちは少しでもパートナーの近くにいたがるから、谷から出てきて王宮や街に居座ることが多くてな」
レイクロフトが指した方向には大きな山が見え、その周りをいくつかの黒い塊が飛び回っている。遠目だから黒い塊に見えるが、きっとあれは竜たちなのだろう。
「それでまあ、こっちも竜たちを無下にはできず少しずつご飯をやったり話しかけたりして世話をしていたら何匹かが王宮に住み着いてしまったそうで。昔の王が、王宮の裏手一帯を竜たちに明け渡すことにしたそうだ。このルフェラが竜と共生している国と言われるのもこれが所以だったりする。ちなみにご飯は朝晩二回、竜とパートナーになっている竜騎士たちが持ち回りで与えている」
へえ、となる竜の知識を教えてもらい、アメリアは納得しながら、隣を歩くエンレットを見上げた。
そんな彼女を見て、レイクロフトは尋ねる。
「アメリアは初めて竜たちを見て怖くはなかったか? ルフェラで育った者は問題ないんだが、他国から来た人間は大抵、竜を見て最初は怯えるんだ」
アメリアは王宮に来てから一度も、竜を見て怯えた様子を見せていなかった。
エンレットが近付いたときも、戸惑いはしていたが怖がってはいなかった。
「……怖くはないです。それよりも、みんなとても綺麗だと思います」
「! そうか」
『嬉しいわアメリア。ありがとう』
レイクロフトとエンレットは、アメリアの答えを聞いてとても嬉しそうに笑う。
「不謹慎かもしれませんが、その、捕まった際も、あそこにいた竜たちの色鮮やかさに目を奪われてしまいました」
「そうか。……フィンの部隊だと、きっとあいつらだな」
ちょうど目的地である王宮の裏手に到着して、レイクロフトが一つの群れを指差した。
その先にいたのは、確かにアメリアが見たあの竜たちのようで、彼らは夕方の涼しくなってきた風にあたりながら、絶賛お昼寝中だった。
そこは、広い敷地がアメリアの腰ほどしかない低めの柵でまるっと囲われていて、柵の中にたくさんの竜たちがいた。屋根があるわけでもなく、また、竜たちも鎖で繋がれているわけでもなく、まるで放し飼いされているような状況。
そんな空間なので、駆け回るもよし、寝るも良し、飛び立つも良し、と竜たちは自由に生活しているようだ。
「すごい……」
見たことのない数の竜たちに、アメリアは圧倒されつつ、言葉を失った。
竜たちの姿は、生きる芸術のようではないか。
『まず主要なところで言うと、あの青色の竜がシズマで、緑色のはリュイリーン。あと今はいないけど、フィンのパートナーの黄竜、ライロあたりからかしら』
「シズマさん、リュイリーンさん、ライロさん……」
取り急ぎ三匹の名前を教えてもらい、アメリアは頭に叩き込む。
しかしこうも数が多いと、全ての竜の名前を覚えるのには時間がかかりそうだ。
『そんなに気張らなくても良いわよ。私が認めたあなたに、変なことをする竜はいないと思うから』
「エンレットは王竜だからな。王竜には誰も逆らえないさ」
「王竜ですか……?」
また、アメリアには聞き馴染みのない言葉だ。
この国の竜知識がゼロに等しいので、なかなか会話が難しい。
しかし、レイクロフトやエンレットは嫌な顔一つせず、丁寧に教えてくれる。
「その名の通り、竜の中の王だ。エンレットは女性だから竜の女王と呼ぶのが正しいかな?」
『ええそうね』
「ついでに言うと、この国の王は世襲制じゃないことをアメリアは知っているか?」
ふるふる、とアメリアは首を横に振る。
「いいえ……」
世襲制とは、王の息子が次代の王となることだ。
パンガルトでは王族は高貴な血とされ、その血を継ぐ者だけが王になることを許されている。しかしこのルフェラでは、血筋は関係なく王になれるらしい。
ではどうやって、王が決まるのか?
それもレイクロフトが教えてくれた。
「ルフェラでは、次代の王は王竜が決めることになっている。王竜のエンレットがパートナーに俺を選んだから、今は俺が王なんだ」
「竜が、決める……」
「ちなみに、王竜と対になる人の王は『竜王』とも呼ばれて、民の中には俺のことを竜王様と呼ぶ者もいるぞ」
「王竜様と竜王様……」
「ややこしいか? まあアメリアは気兼ねなく名前で呼んでくれれば良い」
「え、あ、いえそんな……」
『そうね。私のことはエンレットと呼んで』
「そんな無理です……。私なんかが……」
レイクロフトの話を聞いて改めて分かった。
彼も、エンレットも、この国の頂点に立つ者。
アメリアが軽口を叩いて良い相手ではない。
「俺たちが良いと言っているんだから気にしなくて良いんだがな?」
恐縮しっぱなしのアメリアを見て、ふむとレイクロフトは少し困った表情を浮かべる。
するとレイクロフトの視線の先で、こちらに向かって飛んでくる竜が一匹が見えた。
「お? ちょうど良いな」
アメリアもレイクロフトの向く先に視線を向けると、そこには黄色の竜が飛んでいた。
(もしかしてあれが……)
バサバサと翼を羽ばたかせながらアメリアたちから目と鼻の先に降り立った黄色い竜。まるでレモンのようにパッと爽やかな色味の全身に、薄いグレーの瞳を持っている。
「おつかれライロ」
『こんなの朝飯前だぜ! いつでも任せな!』
「ああ。ありがとう」
黄竜に向かってお礼を言ったのは、黄竜の背中に乗っていたフィンだ。
その会話から、やはり目の前の竜は先ほどエンレットが教えてくれたライロなのだと、アメリアは静かに認識した。