俺が君を仕込むんだ
デュラハンはなんだか落ち込んだようになってしまった。
自分を役立たずだなんて言ったのだ。
私は彼にかなり助けて貰っているというのに。
今日の私は久しぶりに楽しかった。
それはきっと、無視されて意地悪をされていても、常にデュラハンが傍にいてくれたから、私は彼と会話ができる事で癒されていたからに違いない。
「デュラハン。あなたは全く役立たずでは無いわ。」
私の頭はデュラハンにワサワサという風に撫でられた。
まるで父親が子供にするような撫で方に少々思う所もあるが、首なし亡霊の彼に恋人みたいな撫で方を望む方がおかしいし、恋人の撫で方こそ私は知らない。
ま、いいか、これで。
「ハハ。全く君は楽しいよ。ああ俺は君のお陰でね、役立たずからほど遠くなれたよ。君は虚無しかない俺に存在感を与えてくれる。我ここにある。さあ、もっと俺を充足させてくれないか。」
「あなたを満足させる。ええ、できることなら、ってむぎゅう。」
唇をデュラハンに軽く摘ままれた。
そして私の唇を摘まんだ指先は直ぐに唇から離れ、でも、痛かったかと気遣う様にして私の唇をそっと撫でた。
ぞくぞくっと体が震えた。
これは正体不明のゾクゾクだが、嫌悪感でも恐怖のものでもないのが確実で、私は自分の体が一体どうした事かと呆然とした。
そう、デュラハンの囁き声を聴いた時だって同じ反応を体がした。
私ってどうしちゃったの。
「可愛い子だ。駄目だよ。男のたわ言に、いいわ、なんて言葉を簡単に言っちゃだめだ。その日のうちに君はろくでなしに奪われてしまうよ。」
「ふふ。あなたは本当に私を守ろうとしてくださるのね。」
「そうだね。そして、君が望むように貴婦人教育もしてあげられるよ。俺好みになってしまうかもしれないが。」
デュラハンは私をグイっと引っ張って、私をピアノの椅子の前に引き出した。
彼は私をその椅子に座らせた。
たったそれだけのエスコート行為なのに、私はなんだかほわっとしていた。
母が大好きな煽情小説には必ずある、ヒロインがヒーローにダンスを誘われるシーン、そんな場面を体験できたような気がした。
「さあ、美しき君に明かりを捧げよう。」
「え?」
デュラハンが私に囁くと、私達の足元でちょろちょろしていた鼠が飛び上り、楽譜を置く場所にぴょんと乗った。
輝けるネズミは全身をさらにほわっと明るくさせて、ピアノの周囲を幻想的な明りで包み込んだ。
「これなら鍵盤が良く見えるわ。ありがとうチキチキ。」
「チキチキ?」
「ネズミさんの名前。」
「君はチキチキと呼ばれたいか?」
「でもネズミよ。可愛い名前が似合うでしょう?」
「ネズミでも。こいつは自分がドラゴンだって思っているかもしれないだろう?」
「じゃあ、ドラグーン。」
「いいだろう。ほら、こいつは喜んでさらに明るくなった。」
「まああ、ほんとう。ってあら。」
彼が私の背中に自分の胸をつけるかつけないかぐらいに身を寄せて、私を後ろから抱くようにして両腕を伸ばしてきたのだ。
私の両手は彼にそっと持ち上げられて、鍵盤の上に置かれた。
私の右手は長い鍵盤の真ん中に近い場所にあり、私の親指をデュラハンの右手の親指が優しく押した。
ポ~ンとドの音が響いた。
「ここが起点だ。そして右手のあるここが最初の音域だと覚えよう。後は上がったり下がったり、楽譜が示す場所はどこか探るだけだ。さあ、次は左手だ。指を大きく開いてくれるかな。」
私が左手の指を開くと、デュラハンは私の左手を鍵盤に沈めて左側の三つの鍵盤を押させた。
三つの音は同時に響いたが、心地よさもある三音の組み合わせだった。
いいえ、力強くて楽しさを感じる音だった。
これから出発するぞ、そんな感じの。
「そう。俺達は出発しよう。左手の動きは基本こうだね。右手がメロディを奏でて、左手はそのメロディを際立たせる効果音を立てるんだよ。右手は兵士の進軍だ。左手は砲撃だ。さあ、姫を助けに砲弾が飛び交うそこを駆け抜けろ。」
デュラハンは私の左手を使ってピアノに三音を奏でさせ。そして彼は自分の右手の指を滑らかに動かして鍵盤を伝っていった。
私が今まで聞いたことは無い、とっても劇的に感じる曲がそこに生まれた。
本当に兵士の進軍みたいな曲だと思ったその時、彼の言葉に気が付いた。
「砲撃?あなたはそんなに古い霊ではないの?」
「砲台は大昔からあったよ、お姫様。そして俺は幽霊歴が長いから今の戦争武器も知っている。あの森の中から世界を眺めていた。俺の時代の戦争と違うと眺めていた。俺だったらどうするだろうと眺めていた。って、どうして泣くの?」
「だってあなたは責任感が強い人だわ。とっても優しい人だわ。そんな人が自分には何もできないと思いながら戦争を眺めていたなんて、人が死んでいくのを見ていただなんて、とっても辛かったでしょう?」
「だから、今はいろいろできる幸せを噛みしめている。さあ、俺を悦ばせてくれ。さあ、俺に色々を君に教えさせてくれ。」
私は、お願い、と答えていた。
デュラハンは甘くて掠れた笑い声を私に耳に響かせてきて、私は全身がきゅっと縮こまってしまう体験を初めてした。
「俺の大好きな曲を君に捧げよう。これを君が俺の為に奏でてくれる、それはとっても最高な出来事だ。」
私はデュラハンの指の動きを真似し始めた。
たどたどしくしか指は動かず、指が固いのは私がピアノを学ぶには遅すぎたその結果であるが、デュラハンは我が家に訪れたピアノ講師と違って私を駄目だとは絶対に言わなかった。
「教えがいがあるな。バージンはこうじゃないと。」
「もう!あなたは少しエッチだわ!」
「やっと気が付いたか。男は大も小もケダモノだと心得よ。」
私は笑っていた。
楽しいって思いながら。
彼は私を否定しない。
「だから君は俺に駄目だと、いや、俺以外の男には、駄目だと絶対に言おうな。」
「私の考えを勝手に読むのは止めて。」
「そう、その調子だ。自分の言いたい事は言い合おう。俺も出来る事なら君の好みになりたい。」
私の心臓はどきんと大きく鼓動した。
お化けに怖い、と感じたんじゃない。
そうじゃないからどうしよう、そう思ってしまった、どきん、だった。
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