夜はあなたと一緒に
「こっちだ。」
私の右手首を掴んで私を歩かせるデュラハンが抑えた声を出したが、あなたの声は私にしか聞こえないしあなたの姿は私にしか見えないわよ。
「君はだから子供なんだ。女の子を夜の散歩に連れ出す男の気持を分かっていない。宝物を盗んだばかりの盗賊の気持なんだよ。」
「では、盗賊様。私をどこに連れていこうとなさっていますの?」
デュラハンは閉まっているはずの鍵を開けては扉を開けて中に進み、夜間は立ち入り禁止のはずの学校内に私を引き込んでしまった。
私は寝間着にガウンを羽織っただけの姿だから着換えると言ったのに、彼は彼の時代の生贄の乙女のドレス姿みたいだから最高だよと返した、と思い出す。
彼は本気で盗賊の様な気持ちなのかしら。
さて、こんな真っ暗な世界でも全く怖くはないのは、私の右手首をデュラハンが掴んでいるし、私の足元では鼠の幽霊が白く輝きながらちょろちょろと私を先導するように歩いているからだ。
鼠は寮の台所で殺されたばかりの子だった。
私が埋葬してあげたから、この子は私への感謝を込めて守り鼠になったとデュラハンは言ったけれど、これこそデュラハンの魔法の様な気もする。
可哀想だって泣いた私を慰めるために、彼は鼠を幽霊にしちゃった気がする。
「あら、おかしい。」
「どうした?」
「首なし亡霊と鼠の幽霊に囲まれて安心しているのよ?私ったら。」
「ハハハ。確かにおかしい。ここは君に誘拐される~と悲鳴を上げて貰うべきなのかな。」
「じゃあ、叫びましょうか?」
「今日はよそう。俺は君に教えたい事があるからね。」
「教えたい事?」
「ピアノだ。俺の時代は楽器と言えばハープシコードというものだった。だが、ピアノ、試してみたけれど楽しいねえ。音が力強い。俺向きだ。」
「え、試した?」
「ああ。人払いの結果になった音楽室。君達が寮に帰った後に使わせてもらった。それで、ああ、君に教えてあげられると俺は確信したんだ。」
「まあ!私はピアノが弾けるようになるの?」
「覚えて練習すれば誰でも弾けるよ。」
「父がピアノを買ってピアノ講師も頼んだのですけれど、弟達は大丈夫でも私は習うには遅すぎると言われました。それでもって、落ち着きのない弟達には教えたくないって、全員が全員、我が家の姉弟に匙を投げました。」
「ハハハ。君の弟達に会ってみたいね。せっかくの給金の口から逃げ出したくなるやんちゃ坊主。君はとばっちりだよ。君を生徒にする限り、ピアノ講師は君の弟に教えるという苦行から逃げ出すことが出来ない。」
「まあ!」
私はクスクス笑いを上げていた。
私は自分が手遅れだという台詞に、私は自分が淑女になるには遅すぎた、そんな風に考えて落ち込んでいたんだと気が付いたのだ。
父に愛される母はいつでも儚くて美しい。
私もそんな存在になりたいって思っていて、でも、母にはなれないって何度も何度も落ち込んでもいるのだ。
「俺は君こそがいいけどね。」
「え?」
「いいや。さあ、音楽室だ。俺の特訓はきついよ。俺の特訓を受けた俺の部下達は、俺の顔を見ると悲鳴を上げて逃げ出すようになる。ああ、それで俺の頭は盗まれたのかもね。」
私は左手の拳をデュラハンの腰に入れる素振りをした。
彼はわざとらしく避けるふりをしながら、楽しそうな笑い声をあげた。
こんなに優しい人がそんな怖い教官のはずはない。
あら、でも、部下に特訓?
ああ、そうだ。
デュラハンが着ている服は軍服じゃないか。
「ねえ。あなたは軍人さんでいらっしゃったのよね。今度のお休みに外出許可を取りますから、この町にある自然史博物館に行きませんか?あそこは以前は軍の施設だった所ですから、もしかしてあなたの記録の何か一つでも残っているかもしれません。」
「ああ。自然史博物館ならば、俺の首こそが飾られているかもしれないな。」
「もう!」
「いや。悪かった。いいね一緒に行こう、と思うが、君はとりあえず付添い人を探すことから始めなければいけないのではないかな?」
「あ、そうか。首都ではどこに行くのも弟と一緒でしたから忘れていました。そうね、淑女は一人で行動が出来ないはずでしたわね。」
「弟といつも一緒?ちっこいのを連れて、君一人だけで?どこにでも?」
あら、デュラハンから少しだけお怒りモードが見える。
私の首都での暮らしはどこかおかしかったのかしら。
「はい。外に出すといい子になりますのよ。ですから彼らの体力を少しでも削るために、色々お出掛けしましたのよ。一番上の八歳のカイルは、お外ではそれはもうお利口さんになりますの。ですので一人で大丈夫でした。」
「違う。そういう事じゃなくて、あ~。」
「あ~って、何ですの?」
「君みたいな可愛い子が付添いもつけずに首都なんて危険な場所をフラフラしていたなんて知って、何てことだと思うのは当たり前でしょう。ついでに言えば、それがどれほど危険なことだったのか、君自身が分かっていない。」
「もう!この間まで私も両親も私が庶民でしかないって考えていましたの。ですから付添い人などいらなかったんです。あ、そうね。男の子の格好もしていましたから大丈夫でしたのよ。」
「君が男の子の格好?」
「はい。弟達を追いかけるのにドレスでは大変ですもの。帽子を被れば長い髪も隠せます。私が女の子だって誰も思いません。そうよ、それで学校にも通っていたのですわ。庶民の学校は男の子しか通えないのですもの。」
「なんて危険なことをしていたんだ!幼くとも男は男だ!」
頭が痛くなるぐらいの大声で、私はびくっとして小さく喘いだ。
瞬間的に、申し訳ない、という意識が私に流れてきた。
「すまなかった。そ、それで、どうしてそんな風に君を奔放にしていた親達が急に君に淑女教育を施そうと考えたんだ?」
「父は私が良い所にお嫁に行けなくなるからと申しておりました。」
「それは娘が男装して学校に通い始めた時点で気付いておくべきだね。いや、君を家から出さなきゃいけない何かがあったと考えるべきか。」
デュラハンは持ち上げた右手で自分の目元を隠すように添えようとしたが、その手はぐいんと何もない空間を突っ切ってしまった。
首のない彼には顔も口も無いが、大きな溜息の音が聞こえた気がした。
「デュラハン?」
「こういう時に自分が死んでしまった役立たずって感じるな。」
デュラハンの声は心なしかどころか、とても寂しそうなものだった。