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無教養は音楽の授業でこそ暴かれる

 私とデュラハンとの独り言みたいな会話を聞かれたわけではないらしいが、シーモアは私に意地悪ができる材料を見つけたという風に喜色満面の表情だ。


 そうよね、先週の私にとっての最初の授業で、私は好きな曲について何も知らないと答えるのを避けて、聖歌だと答えてしまったのだもの。

 きっとそれしか知らないと思われたわよね。

 それこそ全くの事実ですけれど。


「買いかぶりなんて、そんな事は無いでしょう。ああ、わたくし、あなたの才能に興味津々ですの。さぞ、ピアノの腕もよろしいのでしょうね。」


 私はここでデュラハンの指示を破った。

 煽れと言われていたが、君子危うきに近寄らず戦法を取ることにした。

 つまり、敵前逃亡だ。

 だって私には音楽的才能なんて無い。


「いいえ。その反対ですわ。苦手ですの。ですからこんなすごい曲を演奏するなんて無理だわと絶望してしまっていたところですのよ。」


「臆病者!」


 私にしか聞こえない声が、笑いを含んだ声で私を咎めた。

 そして私はデュラハンの心地よい声にクスリと笑ってしまった。

 それがいけなかったようだ。

 シーモアの顔は私の苦手を見つけたと勝ち誇った表情をするどころか、口元を歪ませて忌々しいものを見る眼つきで睨んで来たのである。


「あら、ユングさん?」


「苦手だなんて嘘ばかり。分かりますわ。あなたの言いたい事。私達がやっていることが何でもかんでも低レベル過ぎるとおっしゃりたいのでしょう?」


「いえ、いや、え?」


 私の返答からどうしてそう捉えた?と私が驚きながら見返すと、シーモアは優雅どころか少々乱暴な仕草で席から立ち上がった。

 それから私への追撃を開始したのである。


「先生。クーデリカさんが今すぐ演奏したいそうです。今の曲が眠くて仕方がないなんておっしゃってもいます。」


「言っていないわ!」


 ところが、音楽教師はシーモアの言葉を信じたようだ。

 ウサギみたいなふっくらした体形にウサギみたいに無害そうに見える彼女は、ウサギって極悪な顔つきをしていたと思い出させるぐらいに、歌うような口調で私に向かって酷い台詞を言い放ったのだ。


「居眠りするぐらいに簡単な曲過ぎたのかしら?では、眠気を覚ますために、あなたのお気に入りの曲でも弾いていただきましょうか?」


「わお。」


「わお、じゃない。助けて。」


「君はお嬢様じゃ無かった?お気に入りの曲でいいって優しい先生だね。」


「無いのよ、お気に入りなんか。ぜんぜん無いの。私は楽譜も読めなければ楽器も弾けないの。我が家は私が八歳の頃までど貧乏で、ピアノなんか買える家じゃ無かった。お金が出来ても暴れん坊の仔犬みたいな弟達の飼育に明け暮れていたから、家族でピアノを囲んでの音楽鑑賞なんて思いつきもしなかったの!」


 私の頭の中で、笑いを押し殺そうとして敗北したらしい男の映像、が浮かんだ。

 そんな映像を呼び起こす、咽た様な笑い声が頭の中で響いているのである。


「覚えていなさいよ。この絶体絶命に助けてくれないなら呪ってやる。」


 私の頭の中で聞こえる笑い声は、しっかりとした笑い声に変わった。

 心地良いぐらいの素敵に聞こえる笑い声で、さらに私を苛立たせた。

 ついでに現実の音楽室は、私にピアノを弾けという煽りと拍手でいっぱいだ。

 学友達は私を笑いものにできる期待で一杯なのか、全員が全員、それはもう意地悪な笑顔で顔を歪ませている。


 私は顎をあげると、椅子から立ち上がった。

 いいわよ、馬鹿にされましょう。

 覚悟を決めた私は笑顔のまま出来うる限り優雅な足取りで前に進むと、ピアノの前の椅子に偉そうにして座った。

 そして、鍵盤に手を置こうと両手をあげたそこで、鍵盤が勝手に大きく鳴った。


 ダガーン。


 後は阿鼻叫喚の世界だ。

 鍵盤の上に大きな鼠の死骸が乗っているんだもの!


 生徒どころか教師こそ大声の悲鳴を上げて音楽室から転がるように出ていき、ピアノの前に座る私はたった一人取り残された。


「ごめん。やりすぎたかな?」


「今日で一番凄い嫌がらせだったわ。」


 デュラハンは、ごめん、と言いながら笑い声を立てた。

 私はやることが弟並みだと溜息をつくと、ハンカチを取り出して哀れな鼠の死骸をそれで包んだ。


「君が片付けなくとも。」


「窮地を助けてくれた子だもの。ちゃんと埋葬してあげます。」


 私が鼠の埋葬場所を考えたそこで、私の手の上にデュラハンの大きな手が私と鼠の死骸を包むようにして乗った。

 いえ、私の後ろから両腕を伸ばして、鼠の死骸を包んでいる私の両手に彼の両手を添えているので、私は彼に後ろから抱きしめられているような状況だ。


「えっと、あの。」


「君は貴婦人だよ。自信を持って。教養なんて後付けがいくらでもできる。君はいつでも君のままでいるんだよ。」


 ポタっと涙が零れた。

 これは私の涙で、初めてデュラハンの身の上を哀れに思ったからだ。

 こんなに優しい人が若くして亡くなっただけじゃなく、どうして遺体から首を持ち去られるなんて侮辱ともとれる行為に晒されてしまったのか。


「かわいいな、君は。俺に顔があったらキスしたいくらいだ。」

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