デュラハンもといイーオンという男
長い話をここまでお読みいただきありがとうございます。
ここからエピローグとなります。
クーデリカ商会は首都に大きな販売店を持っている。
宝石でもドレスでも、赤ちゃん用品から大人のものまで何でも揃っていて、店に訪れたお客様に対しては店員が出迎えて持て成しながら懇切丁寧に商品の説明をするという販売形式だ。
店に来たくない客には、店員自ら客が望む商品を持って出向いての販売もある。
そして、店員が出向く販売方式の方が店の売り上げに貢献している。
なぜならば、出向いた先が爵位が無くとも金満である家ならば、購入商品は高額なものとなるからである。
そう、伯爵夫人も、子爵夫人も、大金持で有名な父のライバル店の奥様だって、父のお店の外商システムを大いに利用して下さっていたのだ。
ほんの数日前までは。
今は、数日前に急に現れた美貌の男性を一目見ようとする女性達で店は客が列を作り、屋敷の奥から出ないはずのお貴族夫人さえも店内を歩いている。
「あら、あなた。寂しそうな顔して何をなさっているの?」
どこから見ても上流でお金持ちそうな高齢の貴婦人が、眩しいくらいに見目麗しい紳士の前に立った。
彼女は彼が何をしているか知っているはずだ。
それでも彼女は頬を赤らめながら、彼女の本当の目的である、美貌の紳士に話しかけるを試みたのである。
流れるような金の髪は月の光のような輝きを放ち、大柄で筋肉質でありながら肢体は芸術品のように美しく、そんな彼に相応しい彼の両目を飾るのは最高級品のサファイヤだ。
そんな美しき彼は、紳士服売り場のフロアに置かれた大きなソファにゆったりと座っているが、寂しそう、という雰囲気を纏ってもいる。
だから彼女は彼に話しかける勇気を得たのだろう。
話しかけられた彼こそ親切な貴婦人が声をかけた事を後悔しないようにとの計らいなのか、とあるものを指さして彼女に自分の内緒ごとを囁いた。
聞いた誰もが腰の当たりの力が抜けるような、今までは私しか知らなかった、いいえ、本当の声にするとどうなるか知らなかったわ、の声で!
「俺には金がありませんから、あのような生地で出来たスーツなど一生袖を通せないと黄昏ていたんですよ。これでは俺はいつまでたっても想い人の両親にご挨拶など出来ません。俺は一生彼女を手に入れられない身の上なのだな、と。」
ちなみに、ソファに座る男性はそれなりのものを身に着けている。
クーデリカ商会の一押しの青みがかったグレーのスーツを着込み、クーデリカ商会の若者向けの革靴を履いているのだ。
だが、それらの品は若い紳士が最初に身に着けるだろうランクのものでしかなく、彼が指さした布地でスーツを作るとなれば、それは我が商会では最高級品の類のランクとなるだろう。
例えば、侯爵様のダニエルが身に着けるような。
「う、まああ!では、私の息子におなりになる?ええ、ええ。私があなたの母としてあなたに何だって援助してあげますわよ!」
高齢なご婦人はフロア中に響く声を上げた。
貴婦人があげるには大きすぎる声だが、彼女のお付きの者も彼女を諫めるどころか、彼女のそんなはしたない行為に見ない振りだけをした。
なぜならば、彼女はこの国では有名な侯爵婦人であるからだ。
そんな高名な女性に養子になれと突如言われた青年は、誰もの魂を抜いてしまうような笑顔を彼女に返した。
多分、タバサ・クローネンバーグ侯爵夫人が心臓がお弱い方ならば、今すぐに心臓発作で死んでしまうぐらいに素晴らしい笑顔だ。
だって、物陰から眺めている私でさえ、心臓がひっくり返ったもの。
その素晴らしき男は、毎回繰り返して来た台詞を侯爵夫人に返した。
「ありがたいお言葉。ですが私は亡くした両親を裏切れません。父と母の名を捨てる事など出来ないのです。身寄りが無いこの身であろうと。」
確かに、あなたのお父様は妖精王らしいですものね。
しかし、彼の身の上をそれほど知らない侯爵夫人は、彼の親思いの言葉に感激して涙ぐんだ。
「う、まあああ!では、では、わたくしがあなたの後援者となりましょう。ええ、ええ。あなたが想い人と結婚できる手助けをして差し上げますわ。さあ、この方にこの方が望むあの生地で素晴らしきスーツを作って差し上げて!」
ソファに座る私の恋人は、隠れ覗いている私に視線を向けると、軽く私にウィンクして見せた。
「これで君との結婚へ一歩近づいたよ。」
肉体を手に入れた彼とは心での交信など出来なくなったが、私は彼の視線から彼の気持が全部わかったと胸を押さえた。
あなたこそ分かっているわね。
私の、あなたを常に求めている気持を。
でも、これってちょっと人としてどうなのかとも思うわよ?
イーオンは現世に復活したが、もともとは幽霊だった存在だ。
彼がこの先どうやって生きていくかの問題が起きた。
メラディスの真実など隠したい王族関係者によってすぐに彼はこの国の市民権と身分証明書を与えられたが、彼は一銭も持たない人でしかないのだ。
彼は腕で身を立てるから大丈夫と笑ったが、現在は決闘禁止の世界である。
だから、彼を我が家に連れて行くと私は言った。
ゆっくり職について考えればいいわ、とも。
真実は彼と一緒にいたい、だけだったけれど。
ところが、そこで大揉めに揉めた。
なぜかダート男爵であるミゼットこそ彼を引き受けたがり、それに対抗する勢いで、アシュリー殿下を筆頭に、王族の面々(女性陣)が彼の衣食住を約束すると強弁して来たのだ。
結果、ダニエルが嫌々そうに自分が引き取ると申し出る事になった。
ミゼットは私の耳に、勇み足は火傷するだけよ、そう囁いたので、彼女はこの展開を見越して騒いでくれたのだろう。
アシュリー殿下や王城の女性達が夢見がちな目でしかイーオンを見つめてはいなかったので、彼女達は本気でイーオンを取り込みたかったようであるが。
さて、そんな素晴らしきイーオン・アマデウスであるが、デュラハンであった時代でさえ私を虜にし、私だけを愛してきた男である。
ダニエルの家に落ち着くどころか、王城を出たらそのまま、大昔のレイブン騎士団の衣装と裸足のまま我が家を訪れ、私の帰りを待っていた我が父と我が母に私との結婚を申し出たのだ。
そう、結婚を申し出てくれたのよ!
愛人として、ではなく!
「つまらない結婚後は愛人とよろしくやるあの時代と違ったようだからな。それに、金持ちのダニエルが短命でなくなっただろ。これじゃあ奴と結婚させる意味がなくなるどころかお前が手に入らない結果になるじゃないか。だったら俺とお前が結婚する事こそ俺達の幸せだ。あのシーツが時代遅れで、妻と夫でも夜が楽しめるってことなんだったら、ああ俺は君と結婚したいよ。」
本気でバスタードな男である。
そんなろくでなしは、我が父に一蹴された。
「金も無ければ、我が商会を豊かにできる手腕も無い。娘が不幸になるばかりの男に大事な娘をやれますか!」
けれどもデュラハン、いえ、イーオンはその言葉こそ待っていたようだ。
「条件を言ってもらおうか。俺はお前の家をいくら稼がせればいい?それから、俺が次にお前に挨拶に来るときの服装、これを指定してもらおうか。」
イーオンは父から私と結婚するためのクエストを引き出した。
それから我が家の商会が運営する店に居座り、商会を訪れる客から次々と自分の身の回りのものを購入させているのである。
我が家の店は彼のお陰で稼ぎに稼がせてもらっており、彼は着々と紳士として過ごすために必要な身の回りのものを揃えている。
我が父が喉から手が出るほどに欲しいであろう、人脈さえも作り上げながら。
なんて、愛すべきひどい男!




