永遠に神に愛されし騎士
デュラハンの本名は、永遠に、神に愛されし、なのだという。
私はどこまでも人を喰った男だと思いながら、彼が語った名前を唱えた。
「イーオン・アマデウス。あなたに愛を捧げます」
どくん。
どどどどどどどど。
太鼓がどこかで打ち鳴らされた?
私の目元を覆うデュラハン、いいえ、イーオンの指先が私の頬をなぞった。
「温かい。あなたの指が温かいわ!」
「妖精王の血をひく俺は、君の愛によって復活した。」
ゆっくりとイーオンの手が私の瞼から取り除かれ、私は眩しさに一瞬目を瞑ったが、すぐに、意志の力で瞼を開けた。
私の視界の中に、首から上がある騎士が私を見下ろしていた。
真っ青な瞳はどこまでも青く、金色の髪は太陽の光を受けてキラキラ輝く。
違う。
彼自身が光を放っているのだ。
まるで天使か神様のような容貌の男性は、胸に抱く私をさらに持ち上げた。
「君にキスを。」
私は目も口もきゅっと閉じて、彼のキスを待った。
ところが、彼からなかなか唇が私に降りてこない。
私は恐る恐る瞼を開けてみると、彼は楽しそうに笑い出した。
「ハハハ。全くのおぼこだ。これは仕込みがいがありそうだ。」
「ま、まあ!」
「ば、化け物か!」
「お前は何者だ!」
周囲で再び男達の声が上がり、私はイーオンにしがみ付いた。
彼が作り上げた水の壁が消えていたのだ。
「ふう。お前は復活できても俺は未だにこんな鼠ぽっちだ。それなのに主人のお前は俺の手柄まで横取りしちまう。嬢ちゃんよ。これは俺の技だよ。」
輝けるネズミがちょろっと駆け寄って来た。
しかしイーオンは、ドラグーンに一瞥もせずに、私の額にキスをしたのである。
初めてのキス。
彼の柔らかな唇の感触に、私の体中がきゅうと丸まった感じになった。
けれども私をそんな風にした男は、私をポイッという風に手放したのだ。
私は再び噴水の底に横たわることになった。
「俺は行く。ドラグーン、プルーデンスを守る壁を頼む。」
「いいえ!私はあなたを見ていたいからいらないわ。」
私は小さな鼠を掴んで胸に抱いた。
すると、私に振り返ったイーオンが、私の手からドラグーンを奪って適当に放ってしまった。
その上、親が子供にするみたいな口調で私に言い聞かせてくるではないか。
「ラブ。飛び道具があるから、そこに伏せてじっとしていような。」
「もう!」
「あと、俺以外の男を抱くな!」
「まあ!」
イーオンは笑いながら噴水の縁を跨いだ。
彼の足は裸足だった。
「どうして?」
「お気に入りの靴だったが捨てた。この時代では死者に履かせる靴になっているんだものな。生き返った俺には不要だ。裸足で可哀想と思うんならさ、ダニエルが履いているような奴を買ってくれ。」
「了解ですわ。」
噴水から出た騎士は、剣を構えた。
噴水を囲んでいた近衛の兵は、一斉に剣ではなく銃を構えた。
「さあ、死にたい奴は誰かな?いや、これから本物の化け物がやって来るからね、巻き込まれたくなければ家に帰ってくれ。」
「な、なにを!」
銃の撃鉄を起こす音が次々に起こった。
私はイーオンが撃たれたらと思うと居ても立っても居られず、じっとしていろと言われたにも関わらず首を伸ばして噴水の縁から外を覗いた。
私を撃ったらしきスーツ姿の男が五人、イーオンに対して扇状に広がってる。
そして男達とイーオンの間に、ダニエルが入り込んで来た。
「止めるんだ!プルーデンスがいるじゃないか!彼女を巻き込むんじゃない。」
「邪魔をすればあなたこそ撃ちます。」
「邪魔をしなくとも撃ち殺せと女王陛下がおっしゃっている。」
「そうだ。女王陛下のおっしゃるままに。」
「え?忠誠を誓うなら、国王陛下でしょう?ライオネスに、じゃないか。君達は何を言い出すんだ!」
ダニエルは近衛兵へと完全に振り返り、イーオンに対しては背中を見せた。
「お前らは邪魔だ!」
イーオンは大声を放ち、剣を天に向けて振り上げた。
ダニエルが斬られる?
しかし、起きたのは突風であり、銃を構えていた男達は次々と地面に転がった。
ダニエルは起きた事に呆然としながら振り返り、けれども、イーオンがダニエルを見てもいなかった事にすぐに気が付いて、正面を向き直した。
倒れている近衛兵の後ろから、五人の騎士達が歩いてくるのである。
イーオンよりも前の時代の男達。
この国では英雄であったはずの、いまや首のない騎士様達だ。
「ハルヴァートもランスロットも、みんな首なし騎士にされていたの?」
「騙してばかりで悪いな。これが真実だ。デュラハンが伝承の魔物になった理由だよ。みんな王家を守るための自動迎撃装置にされてしまった。だが、俺だけは意識を失わず、復活を企んでいたのさ。」
「ひ、ひいい。」
「うわ、ひい!」
地面に転がっていた兵は脅えながら次々と立ち上がった。
そして、銃を幽霊に向けるどころか、悲鳴を上げながらこの場を去って行った。
それで良かったのかもしれない。
「ぎゃあ!」
逃げ遅れかけた一人は脅えるままに銃を亡霊に構えた。
その瞬間、青いローブ姿の亡霊が剣を振り、彼は耳を切り落とされたのだ。
耳だけで済んだのは、近衛兵の彼もそれなりな身のこなしが出来る人だからであるのだろう。
でも、完全に脅え切ったその人は兵隊の実力を見せるどころか、逃げていく仲間の後を真っ赤になった耳元を押さえながら追いかけていった。
ああ、ダニエルも逃げなければ!
ダニエルは考えの及ばない事態だからか、立ち尽くしているだけなのである。
ああ、ダニエルが立つすぐそこまで亡霊達がやって来たでは無いの。
「トロいな、亡霊だからか!」
イーオンは燕が飛んでいくように動き、ダニエルを左手で払うや真っ赤な衣装を着た騎士へと剣を振りかぶった。
彼の剣は、相手が剣を振る間もなく、その胴体を横に切り捨てていた。
「はは、大したことねえな、ランズベール。お次はハルヴァートだ。ランスロットは最後に残してやるよ。」
イーオンは笑い声に近い大声を上げながら、緑色のチュニックを着た騎士を斬り、金の刺繍がある白いチュニック姿の騎士に挑んでいった。
「可哀想に、ヒューイットは物の数には入っていないのか。」
ダニエルは呆れ声を出しながら、噴水の中の私に手をさし伸ばした。
だけど、私はここにいろとイーオンに言われている。
私は首を横に振った。
すると、ダニエルは縁を乗り越えて噴水の瓦礫の中に入ってくると、私の隣に腰を下ろした。
「君が愛している男がいると私に語った内容、全て本当で嘘偽りが無かったのか。確かに、どんな顔か説明は出来なかったね。正真正銘の首なし騎士だ。今は余計な首が乗っている戦闘狂みたいだけどね。」
「ごめんなさい。」
「いいよ。この王城であんな大暴れをする化け物だ。普通に君のご両親から結婚の許しは得られないだろうからね、気長に私は待つよ。」
「ダニエルったら。」
「てめえ!そいつは俺の女だ!俺がいない隙に口説くたあ、俺もメレディスも騙しきってジュリアを奪ったくそファーニヴァルにそっくりだ。」
私は驚きながらダニエルを見返した。
彼は肩を竦めると、内緒ごとだと囁いた。
「残虐なメラディスから、我が祖はレディ・ジュリアを守り切ったんだ。身代わりなんて不幸な女性を作ったせいで、彼女に心を許して貰えるまで五年かかったそうだけどね。だから、私は待てますよ。」
「でも、それであなたの家系はメラディスの呪いを受けていらっしゃるの?」
「ああ。短命だ。我が一族では最初の子供は死産か子供のうちに死んでしまう。それ以外は事故や病死で中年になる前だ。そのメラディスの呪いは親友ソーンに任せてある。だから今日限りだろうがね。」
「え、どういう?」
私がイーオンに視線を戻した時、彼は彼と同じような黒いジャケット姿の騎士を斬り倒したところだった。
同時に何かが爆発した音が王宮から聞こえた。
イーオンはワハハと、彼こそ悪人のような笑い声を空にあげた。
「ざまあみろ、メラディス。てめえが宿った女神像は粉々だ!」




