願い事を叶えてくれるなら
王城への侵入。
その野望にはミゼットの力こそ必要だと考えて、私は学長室の扉を叩いていた。
ドアを開けたのはミゼットの助手であり従者のジョックだった。
浅黒い肌に黒い髪に黒い瞳という色合いはミゼットと同じであるが、ミゼットの母親がもともとファランダル国の貴族であるため、ジョックもファランダル人だという証拠なのだろう。
彼女は男性のように髪を短く刈っている上にスーツ姿であるが、どこから見ても美しい女性にしか見えないのが不思議だ。
いいえ。
美しい女性でも女性特有の色気を感じないからか、この学園に来て数日で、ジョックは学園の女の子達から憧れを抱かれてもいる。
「用がないならばお部屋にお戻りください。」
「用があるからドアを叩きました。教授はいらっしゃる?」
ジョックは他の女の子にはしない表情、私を小馬鹿にするように鼻で笑いながら、どうぞ、と私を部屋に招いた。
「私はあなたに失礼なことをしましたかしら?」
「あの悪魔を生み出しなさいました。」
「こら、ジョック。プルーデンスはカイルとは違うの。虐めるのはお止めなさいな。さて、あなたの用件は何かしら。」
私はまっすぐにミゼットの座る机にと歩いて行くと、単刀直入に申し出た。
「助けてください。私は王城の奥に行きたいの。」
当たり前だが彼女は驚いた顔を私に向け、理知的な黒い瞳もガラス玉みたいな間の抜けたものに変わってしまった。
「それは侯爵に頼めばよろしいんじゃなくて?」
ミゼットの言い分はもっともだ。
でもそれはダニエルを婚約者として私が認めてのお願いとなる。
私は唇を噛み、部屋の中にいるジョックを見返した。
ジョックは軽く左の眉を上げて私を見返してから、私が意図した様にして部屋を出て行ってくれた。
そこで私は大きく息を吸うと、カイルの話では煽情小説、それもオカルト系の舞台装置の物が大好きなミゼットに賭けた。
「私は心に決めた人がいます。その方はダニエルではありません。ですから、これ以上ダニエルにお願い事をする事はできません。」
「あら?お願い事を沢山して飽きられてしまうって方法も世の中にありますよ。」
「自分を好いてくれる人の気持を利用するなんて酷い事だわ。それに、お願い事を全部叶えてくれた人との婚約解消などできません。」
「まあ!カイルの姉にしては倫理観があるのね。感激だわ。」
私は両手で自分の顔を覆った。
私の知らないカイルは、一体何をしてきたの?
「ふふ。冗談が過ぎましたね。おっしゃりたい事を全部ぶちまけなさいな。ええ。あなたの見立て通り、私は大概の事は出来ると思いますよ。ただし、あなたの秘密を全部教えて下さったら、の話ですけれど。」
私は顔から手を下ろすと、再び顎を上げてミゼットを見返した。
黒曜石のような瞳を真っ直ぐに見つめた。
彼女は世界の中心のような存在感で私に微笑み返した。
「やめるんだ。プルーデンス。君もケイトと一緒に入院したいのか?」
私の肩を真後ろから両手で掴んだ男がいるが、私はデュラハン一人だけを愛したいし、何よりも、ダニエルを騙す行為をしなくても良い方を選びたい。
「教授。私には心に決めた方がおります。その方はこの世の者ではなく、墓を暴かれた上に王城の敷地のどこかに首を埋められた方でございます。私は彼の首が王城のどこに埋められているか探りたいの。」
ミゼットの双眸は驚きに見開かれ、しかし、そこには私の頭がおかしくなったとか、私に呆れてしまったという考えは見えなかった。
彼女の瞳の輝きは、生徒が新たな発見を伝えてきた喜び、そんな感じなのだ。
「先生?」
「素晴らしいわ。実学への渇望ね。自分の研究の検証をしたい。ええ、あなたは科学者だったわね。カイルの話から私がイメージしていた通りでした。」
「はい?」
「あなたから通常の科学者が持つ光を感じることが出来なかったのは、あなたが歴史学者という科学者だったからなのですね!ええ納得です。自然史博物館で悪者を捕らえるよりも肖像画に夢中になったのは、そうね、あなたは彼の首を探していたってことなのですね!」
ええ?
そういう解釈?
唖然としてしまった私と反対に、ミゼットは嬉しそうに両手を叩いた。
すると、ジョックは部屋に戻って来た。
そしてジョックはミゼットが何かを言う前に、ミゼットの本棚に真っ直ぐに向かったのである。
ミゼットの本棚の下段は引き出し式になっており、そこは小さな鍵穴がある。
ジョックは当たり前のように鍵束を取り出して、その引き出しの一つを開けて、中から何かの紙束を取り出して戻って来た。
「なんですの?」
「第一王子の第一王女であられるアシュリー殿下の病状を知らせる書状ですわ。私の兄と似ている症状で、私と兄は彼女の病状について王宮の医師とやり取りもしておりました。」
「まあ!それでは何度か王城に足を運ばれていらっしゃったのですか?」
「いいえ、残念ながら書簡でのやり取りだけです。王城に入るにはボディチェックがまずあります。私が女だと知られる事は一番避けねばならないことでした。ですが、今回、実際に殿下の診察をしてみようかと思います。ただし、女であるミゼットを医師と認めて下さるのかが問題ですけれど。」
ミゼットは私を見返し、お口添えが必要、と声を出さずに口だけ動かした。
やはりダニエルの力を借りねばならないのか。
「王宮の侍従って金でどうにでも転ぶのよ。あなたはいくらまで出せますか?」
「え、ええと。」
私には実家が貧乏だった記憶ばかりだ。
今はお金持ちであるだろうけれど、弟達を追いかけまわす毎日で、私はお金持ちの家の子であるという実感は実はない。
学友達にお菓子や小物を配るなんてことを思いつかなかったくらいなのだ。
「ええと、普通はいくらぐらい用立てるものなんですか?」
「まあ!さすが。ダート教授の特許を言い値で買ってくれたクーデリカ家の方ね。お金については際限が無いなんて。」
いえいえいえ、私にはお金持ちの常識的なお金の勘定が出来ないだけです。
だけど、用意できなきゃデュラハンの首が!
「ラブ。信用できない奴に大事な金を渡すものじゃ無いよ。」
「では、どうすれば。」
「失われた王家の宝石の一つの在処を教えられる、そう答えるんだ。ああ、俺の首さえ見つかれば、君にそれを渡してあげられる。」
私はつばを飲み込むと、ミゼットに向き直った。
そして、デュラハンが囁いた通りの言葉、そこにミゼットの誤解した私の姿を利用した言葉を添付して口にした。
「願いを叶えてくれるなら、失われた王家の宝石の一つのありかをお伝えする事が出来るかもしれない。ええと、それには、今の時点で私の推論でしかないですから、実際にその場に行かなければいけないという条件付となりますが。」
「最高ね。ええ、交渉はわたくしに任せてくださいな。」
私の頭のどこかで、鍵が開いたようなかちりという音が聞こえた。
私の胸はデュラハンを取り戻せる期待に、いいえ、デュラハンの期待も一緒になって、沢山の鳥が飛び立っていくような羽ばたきを感じた。
お読みいただきありがとうございます。
これでこの章は終わり、次章で最終章になります。
もう少しお付き合いいただけたら幸いでございます。




