王城の敷地内に入るには
歴史の教科書では女王メラディスは聖人であり、教科書を読んだ女性の誰もが彼女に憧れる。
彼女はわが国では人気者の英雄でもあるのだ。
肖像画で残る彼女の姿は美しい。
だが、彼女は外見が素晴らしいから人気者なのではない。
国が乱れるや異国で平穏に暮らしていた彼女は夫を連れて戻って来て、国内の動乱を収めた、という功労者だからだ。
また、動乱を収めて終わりどころか、他国からの干渉や夫の祖国からの横暴から国を守るため、夫と離縁して夫を国外退去させてしまったのである。
その判断力と行動は凄いと思う。
けれども我が国は、彼女の英断をあざ笑うようにして、その後は当たり前のように他国からの侵略の兵に悩まされる事になる。
ここで彼女の救いの神になったのが、歴史から姿を消されたデュラハンだ。
そして、デュラハンの悲劇は、彼がどうしてもメラディスを愛せなかったという点にあるのだろう。
「俺は何も無い男でね、人の喧嘩を買って生きてきた。娼婦が客に殴られたと聞けば、その仕返し。浮気の言いがかりをつけられた上に旦那に殴られる女の為に、その旦那に決闘を申し込んでぶち殺したりね。決闘は金と名誉が手に入るからってんで請け負っていたら、いつのまにか騎士になっていたって奴かな。」
「素晴らしいわ。」
弱い女の味方をしてきた人だなんて、デュラハンはなんて素晴らしいの。
私が彼を讃える気持で紅茶の入ったカップを彼に差し出すと、彼は紅茶を取り返したくなる事を言った。
「浮気の言いがかりも、結局は俺が寝ちゃってたんだから真実だったかな。」
「ひどい事をしてきたのね。」
「昔の事だ。だが、ジュリアは違っていたね。君のように俺を受けいれるばかりで、いや、無学な俺に彼女の持つ教養を教えてくれた。」
「彼女を愛していたの?」
「昔の事だ。今は君を愛している。それではだめか?」
私は首を横に振った。
私が愛されているならそれでいい。
そう、この先、他の女性を愛さなければいいのよ。
「ハハハ。こういう束縛は好きだね。ああ、かしこまりました。俺は君の騎士であり、君だけを愛し続けようと誓おう。――夫が出来ても。」
私は角砂糖をデュラハンにぶつけた。
そして、私達が話し合う事になった、私達が行かねばならない場所について、広げられた地図を見つめ直した。
国の要となる人物が住まう場所の見取り図なんかがあるはずもなく、これはダニエルに書いてもらったものである。
ただし、ダニエルが書いてくれたのは、王城で開かれるパーティにて公開される場所だけである。
「君の社交デビューは楽しみだよ。」
「市場に並んだそこで喰らいつくつもりだものな、あの男は!」
私の思い出したダニエルの台詞に勝手に焼餅を焼いた男は、パーティ会場である中庭の噴水は違うと言い放った。
「違うの?」
「当り前だ。誰もが足を踏み入れられる場所に俺の頭を埋めるか。その時点で俺が自分で自分の頭を奪い返せるからな。」
「では、王城のさらに奥ね。」
「今の王子は若いのか?」
私はデュラハンの言葉の意味に気が付き、デュラハンの脛を強く蹴った。
デュラハンはわざとらしく痛がる振りをしながら、私の頬を軽く突いた。
「君は俺の為に何でもしてくれるんじゃなかったのか?」
「わかった。どう誘えばいいのかわからなけれど、やってみる。」
「ばか。若い王子なら婚約者か恋人がいるだろ?そっちと仲良くなって、王城の王子様にコンニチワしてくれれば良いってことだ。」
「あああ!わざと勘違いさせたわね!」
「君の覚悟を知りたかった。そして一つ言う。俺の頼みでも、他の男に媚を売るのだけは拒否してくれ。」
「さんざんダニエルにしろと言っているあなたが?」
「あいつは――まあ、今のところ君を一番幸せに出来そうだからな。まず、甲斐性はあるのに浮気などしなさそうな唐変木だ。おまけに君をちゃんと守れるし、君が育てた悪魔達だって受け入れている。そこだけは俺は頭が下がるね。俺はあんなギャング共に優しくなれない。ケツを叩いてしまうね。」
「んむむむむ。」
ダニエルの良さをデュラハンは指を折りながら説明してきたが、弟達への評価は何なんだろうと思う。
私が悪魔に育てたと言い切っているし。
「それで君、王子の婚約者に心当たりはないか?」
「婚約者に心当たりはありません。王子様はどちらも私のお父様ぐらいの年齢で、お子様もいらっしゃる方々ですもの。」
「可哀想にな、まだ王子様だなんて。早く王様になりたいだろうに。」
「ひどい人!お茶を返して。」
「プル、あなたはさっきから何をなさっているの?ずっと部屋に閉じ込められっぱなしだったから、おかしくなっちゃったの?」
食堂の隅で一人お茶会をしていた私を不審に思ったのか、ジェニファーの扮装をしているカイルが私の所にまでやって来た。
学園内での戒厳令は、アーサー・グリッペンが逮捕された事で終わった。
今は普通に授業などは始まっているが、生徒間での物のやり取りは絶対禁止となっている。
ケイトが拘っていたサシェ、それをキャサリン達がいなくともばら撒いた人がいるのは事実であり、依然として学園内の女王蜂の存在は不明だからだ。
ケイトはあの夜のあの後、ミゼットの手配で入院した。
麻薬と洗脳で別人格をアーサーに作られているとミゼットは言っていたが、ケイトがそこまで心を病んだのには理由がある。
学園がおかしくなった事の発端は、ケイトの父から暴力を受けていた過去のあるローザがケイトを見つけてしまったからなのだ。
ローザは自分が受けた仕返しをケイトにするためにキャサリン達を煽り、けれど、ケイトを守るセリーナが身代わりに殺される結果となった。
見て見ぬふりをしていた者全てが背負った、大きな罪の意識。
結果、ケイトはセリーナの振る舞いをするようになった。
モーリーン達はケイトの振る舞いを隠し、彼女を守ることこそセリーナの死に対する罪の償いのように考えたのだろうか。
私はケイトがいたグループのリーダーである、ヘザー・グレイを見つめた。
カイルは最近はこの少女と行動する事が多い。
「お優しい方なの?ヘザーは。」
「彼女は情報通ですね。アンブローズ伯爵家と縁がある方ですから、自然と彼女に人は集まります。みんな、これからの社交界デビューに興味津々ですね。お姉さまとまるっきり違うから、女性は本来はこうなんだと良い勉強になります。」
「カイル。戻ってもよくってよ。私虐めの最中でしょう?」
「虐めじゃなくて、みんなはお姉さまに脅えているが正しいです。あなたが来てから、嫌な先生、怖いいじめっ子、が次々に消えています。そして今度は、みんなが守っていたケイトが消えてしまいました。ケイトの不在に凄くホッとしてる分、その気持ちに罪悪感を持ったためのあなたへの冷たい行動なのかな?」
人の気持ちを上手に分析するのに姉の気持がわからない弟は、彼が言いたかったことを言うだけ言って、再び彼の狩りの場へと戻って行った。
「少女達がモーリーンを君に近づけさせないのは、モーリーンを君に消されたくない、という気持なのかな。こんなに無害な君を危険人物を見誤るなんてな。いや、無害じゃ無かった。危険察知能力が無い人だったっけ?」
私は不機嫌な顔を作ってデュラハンに見せつけてから、いつもみんなで行動する少女達の群れを眺めた。
眺めて、思い付いたのである。
「デュラハン。私の父と同い年の王子様には私と同じ年のお姫様がいるの。体が弱くて、王城から一歩も出られない方よ。同じ年齢の少女達とふれあう機会はどうかしら。いいえ、稀代の薬学者のダート教授の診察を受ける機会は彼女には必要ではないかしら?」
デュラハンは首から上は無いが、こんな提案が出来た私を惚れ惚れとした目で見返してくれたような気がした。




