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王国認定魔術師と女王陛下

2022/11/1 女王様はメラディスです。修正しました。

 骨が軋む音は誰もが聞こえる程に大きかったはずだが、館長があげた大声でその音は消し去られた。

 館長に首の骨を折られる寸前だった私は、今度は小さな手と大きな手によって掴まれて右側に引っ張り上げられた。


「姉さま!」


「大丈夫よ!」


 私とカイルは椅子に座ったまま抱き合い、私をカイルと一緒に引っ張り上げてくれたダニエルが私と館長の前に立ちはだかった。

 いいえ。

 悲鳴を上げ続ける館長の襟元を掴み、椅子から引き下ろして床に転がせたのだ。

 さらに、館長の腕を捩じり上げて、なんと、自分のスカーフでその両手首を後ろ手に縛ってしまったのである。


 あれは物凄く高級な品であるというのに!


「こいつがプルーデンスを狙っていた奴か!私の信頼をこのような形で台無しにするとは!」


「館長じゃ無いと思いますわ。館長にしては手が若過ぎますもの。」


 立ち上がったミゼットは平然とした声で言葉を返しながら館長の傍へと歩いて行き、今は悲鳴ではなく喘ぎ声ばかりの館長を覗き込みながら手を伸ばした。

 彼女が完全に身を起こした時、彼女の手には人の皮膚らしきものが握られており、館長だった男の顔は別人のものに変わっていた。


「眉の色を見るに髪もカツラですわね。」


 ダニエルはミゼットに呼応するようにして、館長だった男の頭を掴んでかなり乱暴に髪を引き剥がした。

 カツラの下から出てきた髪は、磨かれたオーク材を連想させる艶やかな茶色のもので、その髪の質感から彼がまだ三十代ぐらいだと誰にも思わせた。


「あら、アーサー坊やじゃ無いの。」


「アーサー坊や?ご面識がおありで?」


「アーサー・グリッペン。グリッペン男爵家の三男よ。この子は五年前に黄金の暁団の会合で演説をぶちまけて会を台無しにした事があるの。なんでしたっけ?私達こそ人心を惑わして国を滅ぼす悪魔の手先?」


 ミゼットはグリッペンを子ども扱いしているが、どう考えても見た目ではグリッペンの方が確実に年上に見える。


「ミゼットはグリッペンよりも年下よね?」


「ギュスターヴになり切っていますから。」


 私とカイルが囁き合っていると、床で痛みに呻いていた男が顎を上げ、ミゼットに対して声をあげた。


「そ、その通りじゃないか!き、貴様らは、化学だなんだと先人の霊に敬意を払わず、墓暴きをして、歴史ある遺物や呪術を破壊している。それがどんな大災害をこの地に産むか考えもしないで!う。」


 ミゼットがすでに痛みで息も絶え絶えの人物の背中を踏んだのだ。

 そして足で踏みつけたまま、彼女はグリッペンに身をかがめた。


「椅子に仕掛けた電気ショックは如何でした?ゴテゴテしい椅子を目にした後に飾り気のない椅子を見たら、そこに仕掛けがあるなんて考えませんでしょう?」


「座り順を定めるための降霊会か!私の参加が無ければ私の席にはソーンが座っていたという事か。」


「あら?全部の椅子に仕掛けてありますからご心配なく。」


 ダニエルはミゼットに対して言葉を失い、私はカイルが尊敬するだけの人だなと思いながら、自分を守るように抱きしめているカイルを抱き返した。


「侯爵、警戒なさって。こんなに痛みを感じるはずは無いのです。あなたの気の緩みを誘う演技かもしれません。」


「縛る時に気が付きましたが、私が腕を捩じった時に肩を脱臼させてしまったようです。申し訳ありません。」


「まあ!素晴らしい剛腕だこと!」


 ミゼットとダニエルは初めてというぐらいに親しみを込めて戦友のような笑みを交わし合ったが、恐らくも何も館長の振りをした男の肩を脱臼させたのはデュラハンである。


「脱臼じゃない。粉々に砕いちゃったさ。汚れた手で君に触れた罰だ。」


 クスクス笑いの声と一緒に、デュラハンが私とカイルの後ろに姿を現した。

 私は彼の姿に安心すると、恐ろしいはずの男に目を移した。

 男は顔を床に付けていたが、額を床に打ち付けてもいた。


 トントン、トントン。

 ノックみたいな音だ。


 一連の出来事に対して女王様の椅子で震えていた少女は、私の視線に気が付いたようにしてゆっくりと顔を上げて私を見返した。

 彼女は私に微笑み、椅子から立ち上がった。

 それから私の方へとゆっくりと歩いて来たのである。


「ケイト様。」


 彼女は微笑みながら私に手をさし伸ばした。

 私はきっと不安だろう彼女の手を取ろうと手を伸ばしたが、彼女の手を掴む前に私の手はデュラハンによって押さえつけられた。

 私の手を掴めなかったケイトの手の平は、真っ黒だった。

 真っ黒に見えるぐらいに、何かの文様が手の平に書き込まれていたのだ。


「自分の血と鼠の血を混ぜたインクで病の文様を描くと、触れた者は体が黒くなる病にかかって死ぬ。俺がよく知っている女の専売特許だ。」


「あなたはどうして私を選ばないの?私によってあなたは栄光を手に入れたのでは無くて?さあ、そのはしためを私に差し出しなさい。」


「俺は君に伝えたはずだよな?君が俺を刺し殺しても、俺の心が君のものになどなることは決してない。なあ、メラディス?」


「女王メラディス。あなたが悲劇の王女、ジュリアを処刑しようと企んだのは、夫でもない単なる一騎士の心が欲しいだけでしたか。」


 デュラハンがケイトに返した言葉は、ソーンの言葉によって重ねられた。

 戸口は開かれ、ソーンが大きな肖像画を持って立っていた。


 私は息を飲んだ。

 汚されたと聞いていた肖像画は、新品同然に修復されてたのだ。


 ケイトは言葉にならない悲鳴を上げると、ソーンが持つ肖像画に向かって駆け寄って行った。


「ああ!あなた!あなたは私のものだわ!」


 しかし、彼女が肖像画に触れる寸前で、デュラハンの冷たい手がケイトのうなじに触れていた。

 彼女はそこで意識を失って床に倒れた。

 仰向けに倒れた彼女は、その両手の手の平に真っ黒く呪術の円陣が描かれているのを見せつけるようにして両腕を広げて横たわったのだ。


 ソーンは彼女に一瞥だけした後、肖像画を掲げながら室内に歩いて来た。

 それから空となった女王の椅子にその肖像画を立て掛けるようにして置いた後、床に転がるもう一人、アーサー・グリッペンを見下げながら話しかけたのである。


「騎士の首を奪い返されたら騎士が蘇る?そうすると国が滅ぶから騎士の亡霊の契約者を殺す?そんな少女の夢物語を信じて実行に移す男がいる事には驚きですね。乗せられただけでなく、殺人まで犯してしまったとは。アーサー・グリッペン。メイドと館長への連続殺人の容疑で逮捕します。」


「これで終わったのね。」


「始まったのさ。俺の首を君に掘り返して貰わなきゃいけない。グリッペンの意識とメラディスの意識を読み込んだが、場所が場所だった。俺の首の上に君に立ってもらわねばいけなくなった。」


「それは、どこ?」


「王城の中庭にある噴水の下だ。」


「かまわなくてよ。」


 私は答えていた。

 声はとても夢見がちなものだっただろう。

 女王メラディスが異端審問で従妹であるレディ・ジュリアを処刑したのも、今の私には理解できるからだ。


 太陽のように輝く金色の髪。

 溌溂と自信に満ちた顔で微笑む顔は、誰もが夢見るであろう神様か天使の如き素晴らしき容貌である。

 絵画でしかないその人が私を見つめるその瞳は、空を切り取ったような青。


「私はあなたを取り戻す。」


「人の顔は生き様で変わる。俺はこの時の俺とは違う。違っていても許してくれ。俺は何百年も人を恨んで彷徨っている。獣同然の亡霊に堕ちているんだ。」


 デュラハンの声は悲しみに満ちていた。

 私は彼の心を手に入れているんだと、痛んだ自分の胸を両手で押さえた。


「私はあなたの心とキスがあればいいの。」


「俺は君の心だけで充分だ。」

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