降霊会と真実
お読みいただきありがとうございます。
今日は土曜日ですので、もう一話です。
降霊会場となった資料室、今や密室となった部屋では、五人の男女が円形のテーブルを囲むようにして座っている。
五人であるがソーンはいない。
丸テーブルを囲んで座っているのは、ミゼットを起点として時計回りに、カイル、ダニエル、私、館長の四人である。
ちなみに、幽霊用の椅子が館長とミゼットの間に設置されている。
ソーンは私達をこの部屋にまで案内すると、彼こそ闇に溶けるようにして姿を消してしまったのだ。
そして、私を守るはずのデュラハンもこの部屋にはいない。
「博物館を俺の体同然にするんだよ。」
デュラハンはそう私に囁いた後、例えではなく本当に体を霧散させるようにして闇に溶けて消えてしまったのである。
私は彼の存在感が感じられない不安を、自分が彼の体の中にいるんだと言い聞かせて紛らせようとした。
そう、気を紛らわせたいほどに、この部屋の雰囲気は完璧だ。
オイルランプの灯りは暗い館内で頼りなく輝きながら、私達の影をゆらゆらと歪めて伸ばして壁に映し出す。
壁にはデュラハンの絵が消えている代りに、昆虫の大きな標本箱がいくつも飾られていた。
また、女王の幽霊が座る予定の大きな背もたれのある椅子は、これでもかと大量のハチドリのはく製が括りつけられている悪趣味なものだ。
オイルランプの揺らめく明りによって、標本箱の中の虫ピンで刺された蝶々達は羽ばたいて見えるし、はく製の小鳥達は、どうして自分達をはく製にしたのと訴えるようにガラスの瞳を輝かせる。
ボオオオオオオオン。
館内のどこかでホールクロックが急に大きな音で鳴り響き、カイルは自分の隣の席に座る男性に抱きついた。
カイルに抱きつかれたダニエルは、厭うどころかカイルを抱き締め返した。
「私の膝に乗るかい?」
「へ、平気です!」
カイルはダニエルからパッと離れ、椅子に座り直した。
ダニエルは彼の左隣りとなる私に笑顔を向け、私は彼に笑顔に笑みを返した。
でも、私は弟が脅える姿に胸を痛めている。
プライドが高いカイルが人に脅えを見せること、それはとっても彼には辛い事ではないかしら。
そしてこの状況は私自身のせいであると情けなく思いながらも、殆ど八つ当たりのようにして博物館の殺風景だった倉庫の一つをお化けのお茶会風景に作り上げた人のせいだと見つめた。
けれどミゼットは私から非難の視線を受けようが、全く気にもしていない。
ミゼットは古い羊皮紙の上に小さなガラスのコップを置き、そこに両手の人差し指と中指を軽く当てながら、先程から延々と呪文のような歌を歌っているのだ。
彼女の歌が途切れるごとに、ガラスのコップの中の何かが光り、グラスがゆっくりと羊皮紙の上を滑るようにして動いている。
カイルが脅えるわけだわ。
私だって指先を当てただけのコップが勝手に動いている様子を眺めながら、ミゼットの手品だと知っていても怖い怖いと脅えてしまう。
博物館の館主であるジョンさんなど、実は気絶しているのではないのかと思う程に、大口を開けた呆け顔のまま、ただただコップの動きを見つめているのだ。
私の向かいに座るミゼットが、魔女のような笑みを私に向けた。
「さあ、始めましょうか。霊界の扉は開きました。」
私はごくりと唾を飲み込むと、事前にミゼットから渡されていた台本通りの台詞と演技をしようと息を吸った。
「君は動くな。霊界からお客さんが来てくれたよ。」
デュラハンの台詞と部屋のドアがノックされた音は同時だった。
テーブルを囲む全員が一斉にドアへと振り返ると、ドアからは、今度はノックの音を言葉で知らせる少女の声が響いた。
「こんこん。開けて下さる?」
「ティナ!」
私の呟き声にいち早く動いたのはダニエルだった。
彼は椅子から立ち上がると、長い足を颯爽と動かしてドアの前と進んでいた。
そして彼は何も躊躇することなく、ドアノブを掴んでドアを開いた。
「どうぞ、君も参加すると良い。君はええと、セリーナなのかな?」
「いいえ。ティナ・シェオールですわ。今は。」
ダニエルの声に応える少女の声はあの日のティナのものであり、ダニエルはその声の直ぐ後にほんの少しだけ身をかがめた。
彼が再び私達に振り返った時、彼は気を失っている少女を腕に抱いていた。
「どうしますか?男爵?」
「せっかくですもの。空いている椅子に座らせておあげなさい。美しく若い少女。メレディス女王が最初に魔女と処刑したレディ・ジュリアによく似てる、ケイト・モスリンこそ霊の器に相応しいかもしれないわね。」
「この子はケイト・モスリン?という名なのですか?それで、どうして?学校は子供を簡単に外に出せるぐらいに緩い監督体制なのですか?」
ダニエルがミゼットに尋ねる声には隠せない怒りもにじみ出ていたが、彼が意識のないケイトを椅子に座らせる手つきは優しい事この上なかった。
カイルを寝かしつける時のデュラハンの手のように。
「ありがとうございます。侯爵様。彼女の来訪こそ私の作った仕掛けの目的の一つですの。少女はただでさえ感受性が強い。麻薬の影響で囁かれるままに自分が自分でないものだと思い込むのは分けありません。彼女に消せはしない罪悪感が強く残っているのであれば尚更です。」
私達は再びミゼットを見返した。
ダニエルは自分の椅子に戻ると、驚いた事に、椅子に座るカイルを持ち上げて自分の椅子に座らせ直したのである。
それから彼はカイルの椅子に腰を下ろし、ミゼットに挑むようにして、いいえ、私とカイルの盾になるようにして前屈みになった。
「学園で何が起きているか、それをまず最初に教えて頂けませんか?」
「それは後。お酒を飲もうとする子供の理由を探るよりも、お酒を子供達から遠ざける方が先でしょう。さあ、続けますわよ。起きて、ティナ。あなたがプルーデンスに手渡したサシェは誰から貰ったものなの?」
ミゼットの質問に、気を失っていたはずのケイトがびくりと身を震わせた。
そして、目を瞑ったまま、彼女は寝言のようにして答えを呟いた。
「セリーナ。」
ケイトは言葉を続けたが、その言葉の内容は私達には分かっていたようなものだった。
セリーナが亡くなった理由、そのものだ。
「私がキャサリンに虐められないように、セリーナはいつも私にサシェをくださるの。モーリーンと大げんかしても、彼女は私にサシェを下さるの。私が真夜中に呼び出された日、彼女は私の代りに行ってくれたの。話し合えばわかるわって。」
「そう。優しい人ね。セリーナは。プルーデンスに渡したサシェもセリーナがあなたに手渡したものかしら?」
「あれはセリーナの魂を私にくださった人の持ち物なの。セリーナは体を失ったから、私の体をセリーナにあげなさいっておっしゃった方よ。あの人は男の人だから虐められない。サシェが足りなかったから盗んだの。いただいても良いでしょう?仲間が全員同じものを持てるのよ?これで誰も虐められなくなるの。」
「その男の人はどんな方でした?」
「お父さんみたいな人。お父様は私の家庭教師を虐める酷い人だったけど、その人はとっても優しかった。お父様がやった事を私が償う必要は無いっておっしゃった。君はなりたいものになればいい。セリーナになりたければ彼女に体を渡せばいい。君は君でないティナ・シェオールにおなり、とおっしゃったのよ。」
そこで彼女は両目を開けた。
菫のような紫色の瞳は透明で、初めて出会った時に感じた様に、何の悪意も見当たらない赤ん坊のような無垢な瞳だった。
彼女は全員に見守られる中、私だけにその瞳を向けた。
彼女は親友に出会った人がするような笑みを顔に作った。
「誰にも虐められていない?サシェはお役に立ったかしら?」
「ええ。あなたのお陰だわ。ケイト。」
「いいえ。私はティナ・シェオールですわ。お忘れになって?私はセリーナを見殺しにしてしまったケイトではないわ。ローザ先生がお父様に虐められているのを知っているのに、お母様に言えなかったケイトではないの。」
私はケイトの気持が切なくて、彼女に手を伸ばしていた。
そして、その手は私の隣に座る館長に掴まれた。
とても強い力で、私を自分に引き寄せた。
私を見下す彼の瞳は蛇のような薄黄緑色だと思った。
その後は一瞬だった。
私の首には大きな手がかかり、ごりっと骨が軋む音が聞こえた。




