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暗闇の中の自然史博物館前にて

 降霊会当日当夜、時計の針が八時を指したばかりの頃。

 暗闇に白く浮かぶ自然史博物館の真ん前に私達の乗る馬車が着いた時、馬車から降りたばかりの私達後ろで豪奢な馬車も車輪を軋ませながら急停車した。


 私もミゼットも、建前はメレディス女王陛下の降霊会という事で、外套の下は一昔前の広がりのあるドレスという仮装である。

 かさばるドレスを押さえながら馬車へと振り返れば、馬車の扉が弾け跳ぶようにして開いた。


 そこから降りてきたのは、馬車の紋章が示す通りにダニエル侯爵様である。


 黒っぽいスーツを着崩して着込んだ彼は、髪を風に煽られたように流しており、首元には彼の髪のような金と赤に輝くシルクスカーフを結んでいる。

 その姿はどこかの紳士クラブから駆け付けてきたような姿で、いつもの折り目正しいダニエルとは違っていた。


 ソーンはそんなダニエルとは対照的な姿をしていた。

 彼はダニエルの馬車が到着したすぐ後に建物の影から姿を現わせたのだが、彼が歩いて来るときに灰色の地味なスーツの上着がひらめいて、上着の下に銃のホルスターを装着していたのが見えた。

 遊びとは程遠いお姿である。


「プルーデンス!君を迎えに来たよ。」


「え、えっと。どうしてあなたがここに?」


「ああ!私から何の音信も無いから不安だったんだね。だがね、私こそ、カイル君からの助けを求める手紙をついさっき受け取ったばかりなんだ。」


「え、ええ?」


 音信が無いから不安とおっしゃられても、あなたと会っていない日がたった一日ではございませんこと?

 私は混乱しながら自分が手を繋いでいるカイルを見下ろしたが、カイルはこの事態こそ待っていたような顔を私に向けた。


「ダート男爵に対抗できる人は、ダニエル以外にいませんから。」


「ちょっと、カイル。私の目を盗んでどうやって手紙なんて出したの?」


 私の横に並んでいたミゼットも驚いた声を上げた。

 ミゼットは学園内の麻薬を撲滅するためにと、摂取してしまった人から薬を抜く手段として、かなり思い切った方法を取っている。


 学園内にペストの恐れがあると宣言し、生徒達がトイレ以外の用事で寮の部屋から出る事を許さないのだ。

 また、彼女は麻薬を売買する人と繋がっている学園内の人を見極めるため、手紙などの通信手段を禁止の上に監視もしているのである。


 そんな状況下でカイルがダニエルに手紙を出せたとはと、私こそカイルの手腕に脅えるばかりである。

 しかし、師と姉の両方から咎めるような視線を受けた本人は、とても面倒そうに自分が成した事をしれっと口にした。


「教授の助手にお願いしました。ジョックは僕が嫌いでも頼まれた事は必ず遂行します。間に合わないギリギリにダニエルに手紙を渡すなんて小賢しい事もするでしょうが、ダニエルだったら博物館に押し入ってくれるので問題ないかなって思ったので実行しました。」


「その通りだ!カイル君!君の信頼が嬉しいよ!」


「ああ。ジョックはカイルを可愛がる私が嫌いだから、彼女がカイルのお願いを聞くというのもカイルには分かっていたのね。本当に悪魔な子。」


 どうやらカイルはミゼットの降霊会について反対の声を封じていたが、彼的には全く賛成などしてもいなかったようだ。

 彼はミゼットを止めようと説得する事を放棄して、ダニエル達を呼び出してこの計画を台無しにして貰う事を企んだようである。


「では、帰ろうか。プルーデンス。」


 ダニエルは私に腕を差し出した。

 私は慌てながら一歩下がり、ミゼットの腕に自分の腕を絡めた。


「待って。私達は大事な目的があるの。」


 ミゼットは私に掴まれていない方の手で私の腕をさらっと撫でると、その手でダニエルの首元のスカーフを掴んだ。

 そして彼をグイっと自分へと引き寄せた。


「侯爵?攻撃は最大の防御という言葉をご存じないの?」


「無謀という言葉を先に調べる事を君にはお勧めするよ。」


 私は目の前のやり取りに息を飲んだ。

 ミゼットの悪者めいた振る舞いも、それに対するダニエルの威圧感も、今まで私には向けられた事が無いものだからだ。


「ダニエルもなかなか骨があるな。」


「黙って。いいえ。なんとかして。このままここでグダグダしていたら、魔法使いが襲いに来るどころか逃げてしまうわ。」


「かしこまりました。ラブ。だがね、ここには俺よりも魔法使いを何とかしたい男がいるのを忘れてやしないかい?」


「え?」


 デュラハンの囁きに周囲を見回すと、デュラハンの言う通りに動く男がいた。

 それまで静かに控えていただけの灰色の影だったソーンが、ダニエルとミゼットのにらみ合いに自分の手を差し入れてきたのである。


「さあ、ここまでで。俺達は動きましょう。ダニエル様、ご安心ください。俺が今夜の博物館の警備監督をさせていただいておりますから、クーデリカ嬢に何かなど決して起こりませんよ。」


「ええ?私をクラブに追いやってたのは、私に君の動きを気取られないためか!」


「無駄に騒がられると邪魔ですからね。」


 カイルがソーンではなくダニエルを頼ったのはそういう事か!

 ソーンは自分の目的のために、いち早くミゼット側について、ミゼットの願い通りに博物館の警備にあたっていたとそういう事なのですね。


「デュラハン。あなたはソーンの動きを知っていたの?」


「まあ。あいつが出張るなら安心かなって。」


「男の人はどうして自分本位な動きしかしないのかしら。」


「そうだよ。ただし、男の人はではなく、ソーンと言ってくれないか。」


 私はどうやら口に出してしまっていたらしい。

 けれど、結果として私に非難されたソーンは、全く悪意など無いような顔で微笑みながらカイルをひょいと持ちあげた。

 それどころか、持ち上げたままカイルをダニエルに差し出すではないか。


「ダニエル様。ご自宅に戻られたいなら、カイル君を連れて行ってあげてください。彼はお化けが苦手です。」


「ええ?」


 驚きの声を上げたのは、ダニエルだった。

 私もソーンの手にぶら下げられているカイルも、カイルの弱点に気が付いていたソーンの察知能力にただただ驚いて声を失っていたからだ。


「あら。そうだったの?カイル、あなたは帰っても大丈夫よ。」


 ミゼットが冷たく言い放つと、カイルは暴れてソーンの手から逃げ出した。

 そして地面に着地するや彼は、ミゼットに食って掛かったのである。


「教授!何を言っているんですか。僕はあなたの浅はかな計画で姉を傷つけられるのが嫌だっただけです。良いですよ。入りましょうか?ダニエルがこうしていらっしゃるのだから、賊に脅える必要もありませんね。」


「ハハ。カイルは君に似て意地っ張りだな。お化けが怖いって言えばいいのに。」


 私は自分に囁いて来たデュラハンの胸に肘鉄をしてから、一人で博物館の入口へと歩きだした弟の後を追いかけた。

 まだ八歳なのにクーデリカ家の長男として頑張っている弟を、長女でお姉さんである私が守ってあげないでどうするの。

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