あなたを閉じ込めていいかしら?
ミゼットを尊敬していたはずのカイルだが、彼はミゼットの提案を聞こうとするどころか提案を口にする前に封じ込めようとする勢いだった。
ミゼットの言葉、余計な危険など無い、そこにかえって怒りを抱いたようだ。
「あなたのその口上はいつも眉唾では無いですか!」
「その眉唾だと言い張る私の実験に、出来る限り参加したがるあなたの言葉とは思えませんわね。」
「教授の薬学の実験でしたら僕は何も言いません。僕こそ興味深いと尊敬するものです。でも、あなたの趣味には付き合えません。煽情小説の密室トリックを真似して僕を酷い目に遭わせた時の事は、僕は決して忘れないでしょう。」
「あの時だって怪我一つあなたに負わせていませんよ、私は。」
「僕の心は深く傷つきました。」
「その代償だと言って、あなたの成人のお祝いには、最新銃をあなたに贈る約束を私に飲ませたではありませんか。」
「では、姉を利用するならば、そこに自動駆動車も付けてください。」
「カイル!あなたは何て業突く張りなの!あなたの大事なお姉さまの緊急事態なのよ。黙って協力なさいな!」
カイルは両腕を組んで、ぷいっとそっぽを向いた。
こんなあからさまに悪い子に振舞う所を見たのは私こそ初めてで、私を守りたいと一生懸命な弟に感動もしたが、こんな姿をミゼットには見せるのだとミゼットを妬む心も生まれていた。
だからか、私はカイルを自分に引き寄せるように抱きしめた。
私だけの大事な弟だと知らしめるつもりで。
「ほら、教授。姉は脅えています。」
「だからこそよ。カイル。いいこと?一連の出来事がプルーデンスさんを狙ったものならば、プルーデンスさんに囮になって貰うことで状況を変えることが出来るの。」
「状況は悪化しませんか?」
「いいえ。狙われているのは受動的。囮となって敵を誘い込むのは能動的。私達こそ事態を動かす立場になれるのよ。」
「詭弁ですね!」
「では、この現状のままグダグダ続けるの?」
カイルはミゼットに言い返すどころか歯を食いしばり、ミゼットは弟子を言い負かしたという勝利感あふれる笑顔を私に向けた。
「話はつきました。罠を張る場所は、そうね、自然史博物館。侵入不可能なはずの資料室に賊が侵入したというあの場所に、一晩籠って頂けるかしら?」
「え?」
「もちろん、私も一緒よ。私は夜間には侵入不可になるはずのあの建物への侵入経路、そこを三つは考え出しました。そして、二つは潰すように博物館の管理者に伝えております。よって、賊が選ぶルートは一つ。」
「でも、そこに私がいると、どうして敵にわかりますの?」
ミゼットは右の口角だけを持ち上げた。
女性が絶対にしない笑みであるが、彼女がするとはしたないどころか恰好良いとさえ思えるから不思議だ。
眼つきや顔の表情の作り方が、男性そのものだからだろうか。
私がミゼットの笑顔に見惚れていると、彼女は悪戯っぽく瞳を輝かせた。
「私達は降霊会をするのよ!」
「ええ?」
それから自慢そうにして、彼女がすでに作り上げている罠について語りだしたのである。
「先日賊に侵入された自然史博物館の資料室には、王家の大事な資料も収まっておりました。汚された肖像画もその一つですが、メラディス女王陛下直筆による羊皮紙も収蔵されておりましたのよ。言葉にならない呪文が書き込まれた円が描かれているの。メラディス女王陛下の時代の降霊術に使われていた魔法陣ね。つまり、それを使って肖像画を汚した犯人を探る秘密の降霊術を明日の夜に行おうと思うの。女王の幽霊を呼び出すには、女王の幽霊を体に乗り移らせるための器が必要でしょう。器は無垢で美しくて若い女性が好ましい。」
「その降霊術に黄金の暁団の魔法使いが現れると思われる理由は何ですか?」
「良い質問ですね。」
そこでミゼットは再び笑った。
柔和だが毅然とした笑い方は自信家の男性そのものであり、彼女が男性の格好をしてその振る舞いで男性諸氏から尊敬を集めていた時代を彷彿とさせた。
カイルが尊敬し、誰にも女性だと見破られずに教授職を全うできていた方だけあるわ、と、私は彼女の格好良さに見惚れるばかりである。
「降霊術で行う予定の質問は、絵画を汚した犯人の名前だけでは無いの。当時のメラディスが魔女を次々に火炙りにした答えも尋ねるのよ。自称魔法使いならば、降霊術でメラディス女王陛下が降霊される可能性を否定はできない。そして、私達が作り上げる嘘を公開される事も許せない。だから、絶対に現われる。」
「そう、そうですね。魔法使いがメラディス女王への不敬を咎める目的で乱入したら、結果としてメラディスの器となっていた私を殺してしまった、そう言って殺人罪から逃れる口実にもなりますものね。」
「そう。自称魔法使いでも生きている人間、死罪にはなりたくはないはず。だったら、狙っていたあなたを殺せる上に、その死の咎を、事故、あるいは責任を他人に被せられるこの機会は逃さない。私は自分の命と人生を賭けてあなたを守ると誓います。あなたは囮になってくれるかしら?」
デュラハンは、そううまくいくかな、と呟いた。
でも私は、やります、とミゼットに答えていた。
だって、ミゼットならば絶対に大丈夫な気がしたのだもの。
また、私を殺しに来た魔法使いを捕まえられる機会だ。
さらに言えば、魔法使いからデュラハンの首の在処を知ることが出来たら、私はダニエルと結婚しなくても良くなるし、あの優しい人を騙す行為こそしなくて良くなるのだ。
それに、あそこにはデュラハンの肖像画がある。
本当の自分の真実を吐露するならば、私は愛するデュラハンの顔が知りたい。




