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教授の提案

 ミゼットは彼女が思い出した話題について、嬉しそうな声を上げた。

 そもそもこの話を私にしに来た、そんな風に。


「そう。虫で思い出しました。大事な大事なお話をあなたにしに来たのよ。」


「先生?」


 ミゼットは私に近くに寄るようにと手振りをで示した。

 私は小首を傾げながら彼女の直ぐそばまで行くと、彼女は前置きも無く唐突に抑えた声で内緒話を囁き始めたのである。


「今回の黒幕は元黄金の暁団の一人に違いありません。」


「今更!」


 デュラハンは鼻で笑うような声を出したが、デュラハンによってとうに知っていた私は知らない振りをしなければ面倒なことになる。

 そこで何も言わずにミゼットを見つめ返すに留めた。

 すると、ミゼットは自分がその考えに至った理由を語り始めたのである。


「あなたが受け取ったサシェがその理由よ。黄金の暁団が魔法使いの秘密結社だった時代、彼らは仲間である証明として、体に刻んだ入れ墨の他に自決用の小袋も持っていたの。黄金色に輝くスカラベは、ハンミョウの粉をまぶされた危険なものよ。クチナシの花は天使が地上に降ってできた花と言われているわ。そんなクチナシの花の匂い袋に自決用の毒を隠すなんて、なんていう皮肉でしょう。」


 全員に配られたあのサシェが、そんな恐ろしいものだったなんて。

 私がミゼットに尋ね返した声は震えていた。


「モーリーンが同じものが全員に配られたって言っていたわ。みんなは大丈夫なのでしょうか?匂いを吸い込んだら死んでしまうのでしょう?」


「スカラベを齧る、あるいは袋ごと紅茶か何かに入れて飲むのよ。匂いを嗅いだだけでは命の危険はないわ。ただ、ハンミョウの毒は触れたら火傷みたいな炎症を起こしますから、鼻の中が酷く爛れていた可能性がありますね。」


 わたしは自分の鼻を両手で押さえていた。

 匂いを吸い込んでいたら鼻の奥が爛れていたなんて、なんて恐ろしい!


「侯爵様の話から推測しますと、やはり狙いがあなただった、と言う事だったのでしょうね。マックスさんの持っていたサシェには虫は入っていませんでした。」


「い、いいえ。私は他の人から頂いたの。その方が狙われていたのかもしれないわ。同じサシェを持っていない人がいじめの標的になるのだと、私はモーリーンから聞いています。そ、それで、あの方は私が虐められないようにサシェを持って来てくれたのかもしれません。」


「そう。サシェは現在私の助手に回収させております。あなたの心配するそこを踏まえて、回収したサシェについては全て確認して調査しましょう。」


「ありがとうございます。」


 私はミゼットと話しながら、少しずつ自分が安心していくのが分かった。

 こんなにも物事を混乱なく納めていける人が動いてくれるならば、誰も傷つかない形で事態が綺麗に終結できるかもしれない。

 カイルがミゼットを慕うわけだわ。

 私と母では何かがあったら、右往左往するばかりだもの。


「でも、事態は後手後手ね。誰が砂糖壺に麻薬なんて仕込んだのか。何の目的かも分からないの。まるで幽霊の仕業みたいで気持ちが悪いわ。」


「黄金の暁団の誰なのかまではご存じない?」


「ええ。自称魔法使いの方々とは面識がありませんもの。そして、魔法使いなんて言っている人達が論理的思考を持ち合わせているとは思わない。だから私には理解不能なのよ。あなたを狙う理由が。」


 デュラハンの復活を遮る目的だってことは伝えられない。

 でも、真実の一つはミゼットに伝えねば、助けられた人を助けられないことになるかもしれないわ。

 ああ、どうすればいいのかしら。


「糞虫入りの茶を飲めるそいつらの感性がそもそも分からん。そんな奴らの目的なんか考えるだけ無駄だと言ってやったらどうだ?」


 私は心の中でデュラハンの足を踏みつけた。

 そして、ミゼットに気持を向き直したが、当のミゼットは何かの企みを持っているような顔付をしていた。


「先生?」


「だからね、私は思い付いたのよ。」


「先生?」


「相手が魔法使いを自称していても、この世にはオカルトなんて存在しない。でも、手品はこの世にあるもの。自然史博物館の賊の話が良い例よ。入れない場所に入れたのならば幽霊の仕業?いいえ。そこにはちゃんと説明できる方法があるはずなのよ。」


 いいえ、先生。

 自然史博物館に忍び込んだのは、デュラハンという幽霊そのものなんです!


「少女達に麻薬を植え付けようとした許せない人物。姿の見えないその卑怯者を私は狩りたいわ。それにはあなたの手伝いがいる。」


「私に?ええと、何ができますか?」


 ミゼットは獲物を見つけた猫のような笑顔をして見せた。

 すると、ベッドの中のカイルが私に手を伸ばして私を掴んで自分に引き寄せた。


「カイル?」


「プル!聞いてはいけませんよ!」


「あら、どうしたの。」


「教授は密室トリックが好きなだけの人なんです。そして、己が目的のためには手段を選ばない人非人にもなれる人です。僕はそこは尊敬しますが、お姉さまを巻き込む事だけは反対です。」


「巻き込むだなんて。カイル。あなたはお姉さまの事になると目が曇ってしまうのね。あなたのお姉さまは、渦中の人、そのものよ?」


 私とデュラハンは同時に、たしかに、と心の中で呟いていた。

 しかし我が弟は、素晴らしきことに完全に否定してくれた。


「渦中だなんて!お姉さまは無駄に無防備で優しいから巻き込まれやすいだけです。ライオンがトゲが刺さったと泣けば、大口を開けたライオンの口の中にだって手を突っ込む人なのです。危険察知能力が欠如している人を余計な危険にさらすべきではありません。」


 あら、カイルは私を思いっ切りお馬鹿さんだと思っていた?

 新たに知った新事実に、私は裏切られたような気持ちになって胸を押さえた。


「男装して学校に通ったり、首なしの化け物を愛したりしてしまうんだ。君を無防備と言わずに何と言おう。」


 私にこそっとデュラハンが囁いたが、腰が抜けそうな甘い声を出して私を蕩けさせる人が何を言うの、である。

 私を守る時の頼りがいのある姿や、音楽などの教養が深い所を散々見せつけおいて、私がデュラハンに恋する事がおかしいと思うなんて。


「ぐふ。」


 首が無い人が首を絞められたような音を立てた。

 でもそのすぐ後に私の胸の中で小鳥が羽ばたいたような感覚が起こり、私が彼を照れさせた上に有頂天にさせたのだと気が付いた。


「デュラハン。」

「君は本当に危険だ。」


「余計な危険など無いわよ、カイル。」


 私とデュラハンはカイルとミゼットの言い合いがまだ続いていたと思い出して、彼らに注意を向け直した。




お読みいただきありがとうございます。

先に進みたいのに、バカップルになった二人がいちゃいちゃしてグダグダしている。

そこで夜にこそっと公開となりました。

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