話合いと訪問客
お読みいただきありがとうございます。
ここから新章ですが、前の章で酷いお願いをデュラハンがプルーデンスにしたことで、悲しむプルーデンスをデュラハンが慰めているというグダグダからはじまります。
愛してもいない人の元へ嫁ぐ。
誰にも恋心を抱いていなければ、ダニエルは素晴らしい人であるからして、私はきっと結婚に夢を見る事も出来たであろう。
でも、今の私には愛している人がいる。
それが首なしの化け物でも、私は彼以外に抱きしめられたくは無いのだ。
「化け物はその通りだが、君に言われると傷つくから止めてくれ。」
「私は口に出してなんかいません。」
ダニエルとの結婚を了承しろと私に酷い頼みごとをしてきた男は、涙が止まらなくなった私をベッドに座らせ直し、そのままずっと私に寄り添っている。
私への罪悪感やら彼の辛さの片鱗が私の心に流れ込んで来るから、私の涙はさらに止まらなくなっているが、私は彼に離れて欲しくはない。
デュラハンも私の気持がわかるから、自分の気持が私に流れ込んでいるとわかっていながらも私に寄り添っている。
なんて間抜けでなんて悲しい恋人同士なのかしら。
「私はあなたとずっと一緒にいたいだけなのに。」
「ずっと一緒にいる。それは約束する。俺が望むのは君の幸せだ。」
「あなただけを愛するのが私の幸せなのに。」
「う、んん。」
こういう時、彼に首があればって本気で思う。
デュラハンがどんな顔で私を慰めているのか私は知りたいもの。
「残酷だな、お前。俺の辛そうな顔を拝みたいってか。」
「だから、心の中を読まないでよ!」
こんこん。
私達の仲が険悪になりかけた頃、部屋のドアがノックされた。
デュラハンが忌々しいぐらいの舌打ちをした事で、私の部屋を訪れた人物がデュラハンの昔からの手下だったらしいドラグーンだと思った。
男を食べてしまうケルピーを捕らえて自分の愛馬にしたなんて、今の姿のデュラハンでなければ到底信じられない話である。
私はそんなことを考えながらドアを開けた。
やはり、背が高い美女が私に向けて微笑んでいた。
「ありがとう。入っていいかしら?戸口で出来る話ではありませんから。」
私は美しいミゼットの姿にどう呼び掛けるか悩んだが、ひと目があるならばと、先生と呼びかけながら彼女を部屋に招いた。
「ありがとう。生徒である貴方にこんな話をって、まあ、カイルはどうしたの?あ、あなたがそんな泣き顔だったのは、カイルが?」
ミゼットはベッドで眠ったままのカイルに目を止めると、慌てたようにしてカイルのベッドへと駆け寄って行った。
それから彼女はカイルの額を触って熱を確かめたり、脈を取ったりと、子供の急病に慌てる母親のような素振りをし始めたではないか。
「安心しろ。本物のミゼットだ。ドラグーンは別の人物を追っている。」
「別の人物って、砂糖壺に麻薬を入れたのは、ドクターハワード?」
「それはクスリの開発者でミゼットの以前の恋人だ。ついでにミゼットの記憶の中ではベッドで死んでいるその男の姿も見えた。ドラグーンが追っているのは腐った魔法使いの手下だよ。君を狙う魔法使いは、大した魔法が使えないからか、手下を雇って手作業で砂糖壺に薬を混ぜ込んでいた間抜け野郎だ。手下も手下で、目撃者を殴り殺して逃げ出した。どいつもこいつも本気の間抜け野郎だ。」
「ま、まあ!では、私を狙う魔法使いはあなたが捕らえたも同じなのね。」
「そうだな。奴が監視中の手下に接触してきたら斬る。」
「ま、まあ!では、ティナさんもってこと?あの方は。」
どうしてか私にはティナが悪い人には思えないのだ。
モーリーンと同じ、悪い事をする人には到底思えないのである。
「言っただろ?俺は女は斬れない。ケルピーであるドラグーンが喰らうのは男だけだ。君は余計な事は案ずるな。可愛い顔に皺が寄る。」
デュラハンは私の眉間を優しく突き、私は彼によるキスのような指先を感じたままそこに手を当てた。
これだけで私は安心してしまうなんて。
「安心しろ。唇で、だったら、君はさらに混乱していたさ。」
私は喉を詰まらせたような声を上げていた。
だが、忘れていたが、この部屋は私以外の人には静寂に近い環境だったのだ。
カイルに覆いかぶさるようにしてカイルの容態を探っていたミゼットが私に振り返り、そのまま体を起こすや私の元へと歩いてきて、私を抱き締めた。
え?
「大丈夫よ。私には色々な伝手がある。カイルを絶対に起こして見せます!」
あ、カイルは妖精の力で眠っていたのだった!
カイルはこのまま目覚めないの?
急に不安になった私の頭の中で、ぱちん、と指を鳴らすような音が聞こえた。
ベッドの中のカイルがぱっと目を開け、むっくりと起き上がった。
「カイル!」
私の呼びかけの声に私を抱き締めていたミゼットがパッと離れ、カイルのベッドへと一目散に駆けていった。
「ああ、カイル!体は大丈夫?あなたは紫色の包み紙の飴を舐めたのかしら?砂糖壺の砂糖はどれだけ紅茶にいれて飲んだか覚えていますか?」
「え、教授?何の、ああ。待って。」
カイルはあくびをしながら目元を拭うと、指を折りながら何かを唱えだした。
恐らくも何も自分が口に入れたものについて思い出しているのだろう。
「カイル?」
「とりあえず、何も、ですね。食堂の食事にそもそも何かが入っていたら、それこそ危険ですが、ええと、僕達付きのメイドが監視してくれることになっていたから。ああ、そうですね。彼女が亡くなったのはそういう理由ですか。」
「そうね。でも、それはあなたの責任では無いわ。危機管理体制が甘かったこの学園の責任です。」
「それであなたの責任だと?ダート教授。あなたはいつだってそうですね。わざわざこんな面倒な学園の学長にまでなられて。」
「あら、まあ!どこで聞いたの?それはまだ誰にも内緒のつい先ほどの出来事、いいえ、言ったわね。面倒な侯爵様にお話していたわね。」
「凄い。ドラグーンは有能ね。」
「このぐらい当たり前だろ。」
ドラグーンへの私の賞賛の呟きに対し、デュラハンはぶっきらぼうに返した。
デュラハンは焼餅焼きなのだろうか。
あ、ほっぺをデュラハンにつねられた。
「どうなさったの?クーデリカさん。」
「い、いいえ。あの、む、虫がいたかなって。悪い虫が。」
「そうだな。おっきな針を持った悪い虫がいたな。」
「あなたが持っているのは針ではなくて剣でしょう。」
「ラブ。君は男を有頂天にさせるねえ。」
何が嬉しいのだろか。
デュラハンの剣は甲冑の隙間を狙うレイピアではなくて、甲冑ごと斬り倒せそうな大きな剣なのは間違いないじゃ無いの。
私は意味が分からなくなったデュラハンから意識を剥がして、ミゼットへと意識を向けることにした。
すると、彼女は私の言葉で何かを思いだしたかのようにして、嬉しそうに両手をぱちんと打ち鳴らしたではないか。
「そうよ!虫だったわ!」
こちらも意味が分からない。
「先生?」
「ええ、ええ。虫、そう虫よ。虫で思い出しました。あなたのサシェの話。」




