私の人生を変えた悪党
お読みいただきありがとうございます。
大事な場所なので分割できず長くなっていてすいません。
私は部屋に入る前のデュラハンとドラグーンの会話によって混乱したままであり、寝入っているカイルを抱いたまま部屋をうろつくばかりであった。
「プルーデンス。」
「え、ええと。そうね。カイルをべっどに、ええと。」
デュラハンは大きく溜息を吐くと、私の腕からカイルを抱き取った。
それから、父が弟達をベッドに戻すその仕草そのもので、デュラハンは優しくカイルをベッドに横たえたのである。
さらっとカイルの髪を撫で、窮屈だろう靴やドレスを脱がせる仕草はとてもやさしく、私こそ彼にそうやって寝かしつけて欲しいなんて思った程である。
「ん、んん。」
「首が無いのに喉を詰まらせたの?」
「首は無いが俺は三本目の足はあるんだ。無防備で危険な考えは男の前ではあまりするものじゃない。」
「あなたは二本足にしか見えませんけれど。」
「あるんだよ。勝手に駆けっこしたくなる足がね、男にはあるんだ。」
デュラハンは乱暴に言い返すと、私のベッドに腰を下ろした。
私は彼の隣に腰を下ろし、彼の体に寄り添った。
デュラハンは自然な動きで私の肩を抱き、私は当たり前のようにしてデュラハンの肩に自分の頭を乗せた。
弟の寝姿を見守るデュラハンと私の親密ともいえる風景が、父と母そのもののようだと思った。
「俺には君のその望みは叶えられない。」
「わかっている。だからこそ今だけ。いいえ、この今が欲しいの。」
「そしてこの今を取って、君は俺に何も尋ねないのかな。俺は自分の魔力を回復するだけの目的で君を惑わしているかもしれないというのに。」
「私はあなたを愛している。私の気持ちがあなたの力を回復すると言うのならば、私こそ願ったりだわ。」
「ああ!世間知らずの怖い物知らずか。」
私はデュラハンの憎まれ口に苛立たしい気持ちとなったが、私の心がなぜか切ないような悲しい気持ちまで湧き出ていた事で、苛立ちは収まった。
だって、この辛さはデュラハンの気持だもの。
「教えて。あなたの事を。それで全部聞いても、私はあなたを愛するわ。」
「黒板か紙に書いてでいいか?」
「ダメ。私はあなたにこうして抱きしめていて欲しいから。」
「俺の気持を喰ってしまいたから、が本音だろう?ああ、我が乙女。今まで出会ったどの女よりも、無垢で、愛おしく、残酷で鈍感だ。」
「ひどい!」
「ハハハ。糞詰まらねえ話の前振りはこうじゃないとな。しんみりして聞くような話じゃ無いんだよ。」
「ど、どういう?」
「俺はバスタードだ。」
「それはよくわかっているわ。」
「ふざけんな。ろくでなしって意味の方じゃねえよ。私生児って意味の方だ。俺は森で行方不明になった女が半年後に孕んで帰って来たという、そん時のガキなんだよ。」
私は自分の額をデュラハンの肩に擦り付けるようにした。
出自など関係なく、私があなたを愛していると分かってもらえるように。
そして、少しでも慰めたくって。
「ここまではどんな女も引かねえな。俺に甘くなるばっかりだ。」
「まあ!私は――」
「だからお前には先を言ってやる。俺は人ならぬ怪力と魔力を持って生まれた半獣だった。その力を生かして騎士にまで成りあがった。」
「それは素晴らしい事で、卑下するところなんか一つも無いわ。」
「いいや。考えるべきだ。俺の顔を。獣の顔をしていたかもしれないと。」
私はデュラハンの言う通りに彼に脅えるべきなのかもしれない。
それでも彼の優しい手や、優しい心ばかりを思い出すだけだった。
「優しいって、男には褒め言葉じゃねえよな。」
「お父様は、真っ当で強い男こそ優しいっておっしゃってます。」
「了解。俺を優しいって罵る言葉は、君にだけは許そう。」
「もう!今まで散々あなたを優しいって言って来たけど、そのたびにあなたは私の言葉を皮肉か侮辱に思っていたのかしら?悪うございました。」
「ハハハ。俺は君のそういう激しやすい所は好きだな。俺の上で君がどんな風に火花を散らすのかと夢想してしまう。ハハ、ほんとうに俺はろくでもねえ。」
ツンと私の耳たぶをデュラハンはつまみ、私はその刺激それだけで体がきゅっと丸まってしまった。
「可愛い愛人よ。俺は戦の刃じゃなくてな、色恋沙汰で刺殺されたのよ、女にな。情けねえ話だろ?それでもっと情けねえのが、俺の遺体はこの国を守る礎にもならなかった。ハルヴァートやランスロット、あとなんだっけ?ヒューイットにランズベールにスティーブンか?奴らのようにはならなかった。」
デュラハンが唱えた名前はこの国の英雄達の名で、彼らの出身地と言える場所にて石碑のような大きな墓を建てられて祭られている人達だ。
歴史の本に載っているだけでなく、歌劇の主題になったりしている。
それなのにデュラハンだけはそうならなかったのは、それは、女性に殺されたという不名誉な死だったから?
「あなたは素晴らしい戦績を収めたってソーンは言っていたのに。」
「勘違いするな。俺の墓が立派だったのは見ているじゃないか。今じゃ崩れているが、誰よりも立派な墓だった。だがな、俺の体は他の奴らのように国を守る魔法の術具になれなかったって話だ。」
「術具?」
「ああ。英雄に集まる思慕を全て王冠に流す。国には忠誠心は必要だ。ハハハ、それなのに、俺の肉体はそのパワーを全部自分に引き寄せてしまった。」
私はデュラハンの肩から顔を上げた。
彼がどうしてこの体となったのか、その理由を知ったのだ。
「あなたの首を落として体とは違う場所に埋められたのは、王家に流れるはずのパワーを取り戻すため?」
「そうだ。」
「あなたを讃える戯曲が何も無いのは、あなたに魔力を与えないため?」
「そうだ。俺を助ければ国家反逆罪になる、それはこれが理由だ。」
私はデュラハンの胸に飛び掛かるようにして抱きついた。
彼はその先を言わないが、首を戻してパワーを彼に返す事が出来れば、彼が復活できるんじゃないか?
そんな希望を抱いたから。
デュラハンは私を抱き返すどころか、私をぽいっと捨てるようにしてベッドに倒して横たわらせた。
「デュラハン。」
「君は俺に脅えるべきだ。俺が自分の事ばかりだと罵るべきだ。」
デュラハンは私に言い捨てると、ベッドから立ち上がって私を見下ろした。
顔など無いが、彼が私を見つめているのはわかる。
デュラハンがカイルにしたように私を撫でて欲しい、私はそんなことを考えながらデュラハンの体を見つめた。
だが、彼は私から踵を返した。
「ひどい!どうして!」
「だめだ。君は子供じゃない。男が女の頭を撫でてそれでおしまいにできるはず無いだろう?乙女を寝かしつけるキスが出来る唇を俺は持っていない。今日はここまでだ。」
「今までさんざん!」
「それは君が子供だったからだ。」
私が恋心をデュラハンに抱いたから、デュラハンは私を撫でてお終いにできなくなってしまった?
私はベッドから飛び起きると、デュラハンに向かって駆け出し、彼を後ろから抱き締めた。
絶対に彼を放すものかという気持ちで。
彼の身体は石のように冷たかったけれど、心臓の鼓動だって聞こえない体であったが、私の心に流れる彼の気持は温かかった。
切なかった。
だからか、私の心にも野望が生まれた。
「あなたの首を取り返して、あなたからキスを奪う。」
私の腕はデュラハンによってデュラハンの体からそっと剥がされ、まるでワルツのターンをするようにして私は体を回転させられた。
回転が終わったその時、私はデュラハンによって後ろから抱き締められていた。
「それには君に絶望して貰えるように頼まなきゃ、かな。」
「あなたの為にならば何だって覚悟をしているわ。」
私に回された腕は力を増した。
まるで彼の体の中に私を入れ込むように彼は私を抱き締めて、そして、私の耳に彼の願いを吹き込んだのである。
「ダニエルの申し出を受けてくれ。」
「どう、どうして!」
「君の歩いたところに、君が許された場所に、俺は進むことができる。奴は現王の親族だ。それならば、王家の地所に足を踏み入れる事ができるだろう?」
「だから、ずっとダニエルと一緒になれと?」
「俺と君は一緒になれない運命だ。ならば最高の場所に君はいるべきだ。」
「私はあなたがいいの!あなたがいる場所が最高の場所なの!」
「プルーデンス。許してくれ。」
「デュラハン。」
「俺は首を取り戻して、この延々と続く地獄から解放されたい。」
命令ではなく、懇願の声だった。
私は愛する男性の為に、いいわ、と答えていた。
そう答えるしかなかった。
彼が私の幸せを望むように、私だって彼の幸せを望んでいるのだもの。




