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鼠は勝手に動くモノ

 ソーンに手首を掴まれた警官は、無礼とソーンを罵るどころか、背が高いソーンに威圧されるばかりとなった。


「あの、お好きにどうぞと台所の籠にあったものですから。」


「死体があった場所のものは危険じゃないのか?」


「ああ!確かに!」


 ソーンは警官の手から飴を取りあげ、その代わりという風に警官の耳に別の命令を流し込んだ。


「この飴を台所に置いた人物を探ってくれ。大事な事だ。」


「か、かしこまりました。」


 警官はソーンに敬礼をすると、恐らく使用人たちが集められたままであろう台所へと駆け出して戻って行った。

 それからソーンはダニエルに改めて顔を向けると、自分達はここまでだという風にしっかりと首を横に振ったのである。


「どういうことだ?」


「侯爵。お気持ちはわかりますがここは少女達の住処です。クーデリカ嬢は連れていけません。我々は外からか弱き乙女を守ることにしましょう。」


「君の台詞とは思えないな!」


「俺の台詞のどこがおかしいですか?」


 ソーンはすまし顔でダニエルに微笑み返し、ダニエルは大きく溜息を吐き出すと額を出すようにして右手で前髪を後ろに撫でつけた。


「君だったら、ああ、そうだった。君はプルーデンスの安全よりも腐った女王蜂を見つけ出す事が大事だった。」


「腐った女王蜂なんて言われるのは心外ですが、クーデリカさんの安全はわたくしが絶対に保証いたしますわよ。」


 ダニエルとソーンは突然の女性の声に驚きながら振り返り、ソーンの後ろにミゼットが腕を組んで立っていた事を知った。

 彼女は悠然とダニエルに微笑みながら前に踏み出すと、女性にしては長い腕を伸ばして私を掴み、そのまま自分に引き寄せた。

 ダニエルが私を引き戻せなかったのは、彼がカイルを抱いていたからだ。

 しかし私を完全に自分の婚約者と決めた彼は、しっかりと抗議の声を上げた。


「何をする。君は誰だ。」


「お初にお目にかかります。わたくしはミゼット・フィレイソン。兄亡きあとは私がダート男爵家を継ぎました。そして、この学園は本日から私のものとなりました。私の生徒を勝手に連れ出されては困ります。」


「どういうことだ?」


「言葉通りですわ。学長は事態の責任を負うよりもと、私に権利証を投げました。学長となった私は責任を全うするだけですわ。学園で生まれたどんな悪も外に出さない、そんな責任を背負いましょう。」


 ミゼットはソーンに手のひらを上に向けて差し出した。

 ダニエルはミゼットではなくソーンに振り返り、ソーンは軽く肩を竦めた。

 それだけでなく、警官から奪った飴をミゼットに手渡したのである。


「ソーン?」


 ミゼットは私を掴んでいた手を外し、威圧感のある笑みを崩さないまま、ダニエルへとさらに一歩踏み出した。

 ダニエルも侯爵然として顎を上げた。


「あなたが学長ならば話は早い。私は妻となる婚約者の身の安全を一番に考えております。そして彼女は悪とは一番遠い存在だ。どうぞご許可を。」


「できません。一週間は私の監視下に置く事が必要です。」


「あなたの監視下に置く事で何か事情が変わると?」


「毒入りの砂糖を舐めた子供達の経過観察が必要です。私は薬品関係においてはそれなりの専門家ですの。」


「なんと?」


「言葉通りです。ドクターハワードが生み出した麻薬がこの学園で使用された恐れがあります。砂糖壺の中の砂糖に混ぜられておりました。砂糖を舐めた子供達、また、同じように摂取してしまったと思われる職員全員、ここから出すわけにはいきません。よろしくて?」


「君は何者だ?」


「申し上げたではないですか。ダート男爵です。建国の祖であるリチャード王を助けて仕えたダートは、消してはいけない爵位となっております。男子がいなければ女子が継ぎます。この国から直系が消えれば、外国に住む親族だって連れ戻されます。私はミゼット・フィレイソン。薬学においてはこの国の権威であったギュスターヴ・フィレイソンの妹です。以後お見知りおきを。侯爵様。」


 ミゼットは自己紹介を終えるや、カイルをダニエルの腕から奪い、まるで軍人のようにして踵を返した。

 その後は、彼女は私の腕を再び掴み、私の部屋へと歩き出したのである。

 彼女の足は早く、私は自分の部屋の前に着くまでに軽いかけっこをしたぐらいに息が上がっていた。


「先生。」


「ドラグーン。お前は余計な事ばかりする。」


 え?


「あんた様の力が戻らにゃ、俺はちっぽけな鼠のまんまだからね。」


 私にしか聞こえないはずのデュラハンの声に答えるようにして、初めて聞いた粗雑な言葉遣いの若い男性の声が横から響いた。

 私の横はミゼットしかいないと、彼女を見返した。

 ミゼットは私にニヤリと笑いながら、カイルを私に差し出した。

 弟は、……眠っていた。


「カイル!」


「面倒だから子守唄を聞かせただけでさ。さあ、嬢さん。あんたは中に入ってくれますか?俺はもう一仕事しなきゃならん。本物のミゼット女史に俺が化けたダニエルと自己紹介し合ってもらうっていうね。」


「面倒なら、最初から余計な事などしなきゃいいだろう!」


「女で失敗ばっかりするあんたにもう付き合いたくないんだよ。惚れた女にこそしっかり惚れさせときゃいいだろう?この乙女の気持があんたの力になるんだ。」


 デュラハンは何を言っているの?

 いいえ、それよりも、デュラハンに言い返している若い男の人の声がミゼットが喋っているものでしか無いということは、鼠の幽霊だったドラグーンがミゼットに化けているっていうの?

 私が混乱したそこで、私の混乱に応える様にデュラハンが低い声を出した。


「だまれ。ケルピー。」


「そうだ。俺はケルピーだ。あんたの失敗に付き合って俺は鼠程度の力になっちまった。それをこの嬢さんの真心で俺は少々の力を取り戻せたんだ。俺こそ復活してえ。そんためにあんたへの反逆になっても、俺は構わねえ気持だよ。身を引く?引かせねえ。嬢さんからあんたへの恋心が消えちまったら――。」

「目の前から消えろ!こん畜生が!」


 ミゼットは見えない風に吹き飛ばされ、宙に浮いた輝けるネズミとなった。

 そのネズミは風によって壁に叩きつけられる前に身を捩って床に着地し、あとはさらに暴力を振るわれる前にという風に駆けだして行った。


 え?

 ええ?

 デュラハンとドラグーンの会話に頭が混乱中の私は、デュラハンによって引っ張って室内に引き入れられた。

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