借金取りになろう
デュラハンは私に身の上を喋らせた。
互いの信頼を深めるためには互いの真実の身の上を語り合うのが一番だと、彼は主張するのである。
そして、私から私が学園でスポイルされていることとか、私と彼が出会う羽目になった理由とかを洗いざらい語らせた後は、彼の機嫌は物凄く良くなった。
「明日から君は総攻撃を受けるのか。」
「まあ!いつものように無視ではないの?」
「攻撃して大失敗した。それは彼女達の権威を揺るがす大事件だ。こういうのって恐怖政治があってこそ成り立つんだよ。彼女達が怖くないと知れば、途端に離脱者が出る。それを防ぐためには、君というターゲットをさらに痛めつけてね、あんな風になりたくないという恐怖を作り上げるんだ。」
私が明日から酷いいじめに遭うという話であるのに、デュラハンの声は心なしかどころか完全にウキウキ声に聞こえた。
やっぱりデュラハンの機嫌が良くなっていた、で間違いなかったみたいだ。
こんな風に解るなんて、契約して彼と私の心が通じ合ったから?
それは嫌だわ、ぶるる、って感じ。
そして今朝、寮の食堂に現われた私に対して、一斉に驚きだけの視線が集まったと思い出した。
これは、昨日の出来事について寮生全員が知っていたことであったのだと確信させるものであり、とっても悲しく思うしかなかった事実だった。
私の前に同じ目に遭って殺された子は、本当の意味で見殺しにされたのね、と。
でも、お陰で逃げようという気も無くなった。
いいえ、逃げられなくなった。
私はデュラハンの守りがあるから大丈夫でも、私の次の子が私と同じ目に遭った時、あの森の墓所にデュラハンがいないのだから、やっぱり誰にも助けてもらえない悲劇に見舞われてしまうのだから。
カツカツ。
私の小さな黒板を叩く音に、私はもの思いから覚めて顔をあげた。
今は数学ともいえない算数の授業中だった。
早速助けて下さってありがとう?
だが担任教師であるアンナ・ローザは私を注意する視線を向けているどころか、黒板に向かっている後ろ姿でしかない。
苗字がローズを意味するローザと華やかなのに、今日も彼女は地味なグレーのツウィ―ドドレスを着て、焦げ茶色の髪をかなりきつめに結っている。
かなり綺麗な人なのに勿体無いと、彼女を目にするたびにいつも思う。
でも、その地味すぎる姿こそ、職業婦人として彼女の志そのものなのかも。
さて、ローザ先生は黒板に向かっており、私の不注意に不注意いでしか無いのにどうしたことか、と私の黒板を叩いた私以外には見えないらしい亡霊様に私の方からメッセージを送った。
私は黒板に、何?と書いたのである。
問五まで急いで解け
私は急いで教科書に目をやった。
そして、予習はしていた所だとホッとしながらも、彼が何を言い出したのかと訝しむしかなかった。
ローザが今現在黒板に書いているのは、教科書にある問二でしかない。
以前に通っていた学校では今日のうちに問五どころか問十までは進むだろうが、この学校の進み具合はとてもどころかかなり遅い。
問五になれば明日以降の授業内容だろう。
はて?
「では、この問題を解いていただきます。マックスさん、前に出て。」
私の隣の席に座っていた茶色の髪をした少女は席を立つと、真っ直ぐに黒板に向かって行った。
茶色の髪に背が低くて少々小太りでもある彼女は、常に私に嫌いだ目線を送ってくる人でもある。
そして彼女は間違わずに黒板に答えを書いたが、それ以外の事をしたのだ。
「先生。隣のクーデリカさんが私の教科書を覗いて煩いの。分からないからってカンニングをなさるのよ。」
「まあ!マックスさんの努力を盗んでいるっていうの?」
マックスさんはしくしくと泣き始め、教師は自分のお気に入りの生徒だったのか、生徒達に向き直って、その中に埋没している私を睨んだ。
まあ!
教師の視線から外れた途端に、マックスさんは私を小馬鹿にする表情をしてみせたじゃないの。
カツカツ。
互いの教科書を見比べろと教師に言え
それからマックスを責めるのではなく
庇え
私は了解したとデュラハンに分かるように、大きく笑顔を作った。
それから席を立ちあがると、自分の教科書を持ち上げた。
「クーデリカさん?」
「私はこの学園に入学できると聞いてとても光栄に思いました。ですから、自宅にいる時にできる限りの予習をしておりましたの。どこまで授業が進んでいるか存じあげませんでしたから。ですから、そのせいで誤解をされていたならと、先生に確認していただけたら、と。」
ローザはつかつかと私のところまで歩いてくると、私からかなり乱暴な所作で教科書を取り上げた。
そして私の教科書を何ページか捲ったあと、私の隣のマックスの教科書を取り上げてから同じようにして確認した。
教科書をそれぞれの机に戻した後、ローザはいつも固く引き締めた口元を少しだけ柔らかくして笑みを作った。
「自分の教え子が勉強熱心だと知るのは素晴らしい事です。あらぬ疑いをかけたこと、謝罪いたします。」
「い、いいえ。先生。分かって下さっただけで光栄ですわ。」
ローザは今度は見るからに完全なる笑顔を私に見せた後、再び唇を引き締めると、教卓の方へと振り返った。
黒板の前にいるマックスを厳しい視線で見つめたのだ。
「マックスさん。誤解のようよ。あなたも謝罪なさいな。」
私は、ここだ、と思った。
デュラハンが言う様にここで庇うべきなんだと思った。
「先生、私がマックスさんを覗いたのは事実ですわ。カンニングではなく、同じように数学を愛している人がいると知って嬉しく思いましたの。私のこんな行動のせいでマックスさんに嫌な思いをさせてしまった事、ええ、私こそ謝ります。」
ローザは私に振り返り、片眉をちょっとだけあげて見せたが、その後は無表情に近い表情を取り戻すと、すぐに教卓へと戻って行った。
そして、マックスの直ぐそばまで近づくと、マックスに何も言わずに彼女に席に戻るようにと手ぶりで示した。
「先生!」
「マックスさん。クーデリカさんは今日の分どころか一週間は先の予習をされていましたわよ。」
マックスは顔を真っ赤にすると、怒り狂った牛のようにずかずかと自分の席に戻って来て、それから私をこれ以上ないくらいの目で睨んだ。
庇うんじゃなかった。
カツカツ。
押し貸しって奴だ
あとで取り立てるのさ、利子をしっかりつけてね
今後どうやってこのマックスから私が取り立てをしていくのか意味が分からないが、デュラハンが大丈夫だというのならば大丈夫なのだろう。
大金を貸した方が借りた人間に夜道で殺される、そんなことこそよくあるのだけれど、デュラハンが守るというのならば大丈夫なのだろう。
「疑われるのは悲しいね。」
私は左耳を押さえつけた。
耳にとてつもないくすぐったさと、男性が出せる甘い声、という衝撃的なものを感じたのだ。
満足そうな男性の笑い声が脳裏に響く。
いやだ、なんだか尾てい骨がぞくぞくする。
こんな悪戯もするデュラハンから、私をどうやって守ればいいの?