俺には誓いがある
いつもお読みいただきありがとうございます。
長々と停滞していてすいませんでした。
少女達に広まっているらしいクスリやいじめ、そして、自然史博物館の肖像画と、プルーデンス達を動かすのに悩んでおりました。
動かすための流れになる話が作れない、と何度も書き直していたのです。
でも、結局はデュラハンだよりになったなと、最初から彼に任せておけば良かったです。
自然史博物館の所蔵品に誰かが悪戯した。
それも、職員でも権限者しか入り込めない施錠された所蔵庫である。
そんな場所に悠々と入り込み、年代物の肖像画に黄金の暁団のマークを悪戯書きできるのは、まさしく亡霊しかいないだろう。
さらにミゼットの話では、その汚された肖像画は、素晴らしき人物が書かれた作品なのだという。
だから私は、その汚された所蔵品だけを見たい気持ちでミゼットに付き合いたかったのだが、悪戯の実行犯のデュラハンこそが私を止めた。
「君は!俺は君を殺そうとしている糞野郎を呼び出す目的であれをしたんだよ?そんな罠の場所に非力な君がノコノコ出て行ってどうするんだ?」
「だって。私はあなたを知りたいんだもの。」
デュラハンは首から上は無いはずだが、喉を詰まらせたような音を立てた。
私は、勝った、という気になったが、デュラハンは勝ち逃げを許さない男だ。
負けず嫌いとも言う。
「男の真価は首から下だと知らないのかい?ラブ。君が望むなら、俺の体の隅々まで君のその可愛い手で堪能しても構わないよ?」
今度は私こそ喉を詰まらせたような音を出す羽目になった。
甘すぎる囁き声を私の耳に流し込んだ男は、私をやり込めた勝利感を知らせるがごとく、私の背中をゾクゾクさせる低くて掠れた笑い声を立てた。
「どうなさったの?ああ。大事なことを忘れていたわね。クーデリカさん。この後は授業にお出になるのでしょうけれど、ヘリオトロープの香りのするキャンディなどは口にしてはいけませんよ。あ、いいえ、お菓子はバニラの香りばかりだった。いいこと?しばらくはどんなお菓子も食べてはいけません。」
ミゼットは私がデュラハンの揶揄いに顔を赤くしたことを勘違いしたようだが、私こそ彼女の言葉で今一番確かめなければいけないことだったと思い出した。
怖々とベッドを見返せば、寝かせられてからピクリとも動かないマックスの青白い顔がそこにあり、私は彼女が死体の様に見えてぞっと震えた。
「マックス様は大丈夫ですの?」
「そう願うしか無いわ。常用していたのか、今日だけの飲用なのか、そこはリンダさんが目覚めてから私が確かめます。それで、生徒のあなたに頼むのは心苦しいけれど、あなたの学友達を観察して下さる?おかしいと思った子、全ての名前を書き出して私に渡してくださいな。」
私はミゼットに頷くしかない。
そして頷きながら、モーリーンが心配でどうしようもなくなった。
彼女からは強くヘリオトロープの匂いが香ったのだ。
「教室に戻ります。ああ、黄金虫入りのサシェどころか、そんな恐ろしい薬入りのお菓子が皆さんに出回っていたなんて!」
私は慌てたように腰を落として退出の礼をミゼットにしたが、踵を返す前に二の腕を強くミゼットに掴まれて引き寄せられた。
「黄金虫?虹色に光る甲虫が匂い袋に入っていたって言うの?」
ミゼットが顔を真っ青にして私に尋ね返し、私はミゼットのその反応こそに脅えてしどろもどろになってしまった。
「ええと、あの。」
「何の匂いでした?」
「あの。」
「教授。姉が受け取ったサシェの中に入っていました。姉が匂いを嗅ぐ前に僕が没収して袋を裂いたから、その中に虫が入ってたことが分かったのです。」
「そ、そう。香を吸っていないのならば大丈夫ね。」
ミゼットはサシェの中の虫がいたという言葉に反応していたが、彼女がそこから想起して不安に感じたのは匂いのそのものだったようだ。
そうだ。
彼女が心配しているのがヘリオトロープの香りに似た薬物ではなくて。
私はあの匂いがクチナシの花だったと思い返し、ミゼットを安心させるために彼女に尋ね返すようにして言葉を返していた。
「クチナシの花の匂いでした。ご安心なさって下さい。」
「なんてこと!」
ミゼットは私を掴む手を和らげるどころかさらに強く力を籠め、彼女にしては混乱に近い荒げた声をあげたのである。
「先生。」
私はミゼットの追い詰められたような表情に自分までも狼狽し仕掛けてきており、自分の二の腕にミゼットの指先が食い込む痛みがありがたいくらいだった。
悪夢ではなく現実であり、それでも怖くても誰かに支えられている。
ミゼットから受ける痛みは私にそう思わせてくれるのだ。
「愛する人。君はまず教室に戻れ。人は独りになると不用意な事を呟くものだ。あるいは忘れられない誰かの名前を。頭にそいつの面影を浮かべながらね。」
私は空いたた手でカイルを掴んで自分に引き寄せると、そのまま彼を抱き上げようと動いた。
ミゼットは私の動作によって自分が何をしているのか気が付いたように私から手を離し、私に抱き上げられた弟は子ども扱いされたくないと怒るどころか私の首に両腕を回してくっついた。
「脅えさせてごめんなさいね。いいえ。脅えてくれたままの方がいいわ。いいこと?あなた方はお部屋に戻りなさい。教室ではない。自分の部屋よ。私以外の誰がドアを叩いても決して開けないで。」
「でも、先ほどはヘリオトロープの、あの、――。」
「お忘れになって。それこそ私の仕事です。ああ、学校を閉めて貰わないといけないわ。色々私がやりますから、さあ、あなた方は急いでお部屋に戻って!」
「言う事を聞いた方がいい。俺が君を守る。ただし、ダニエルは呼んでおけ。君にはソーンが必要だ。」
「どうしてソーン?」
デュラハンはほんの少しだけ無言となり、それから、実はね、と言う風にして軽薄な声を出した。
「俺はさ、誓いを立てているんだ。女は守るもの。だから俺は女は斬らない。」
「さっきは自分で斬るって。」
「そのぐらいの覚悟で君を守るって意味だ。そしてミゼットは女にしては戦えそうな骨格を持っている。こいつが殺すべき敵でも俺はこいつを殺せない。」
「あなたってさいてい!」
愛する人を心の中で思いっきり罵ると、私はカイルを床に下ろした。
とりあえず部屋に戻ってダニエルを呼び出す手紙を出さねばならない。
「部屋に戻りますよ。」
「ハイ。お姉さま。」
私はカイルと手を繋いで寮の部屋へと駆け出していたが、私の腹立ちをさらに煽るようにしてデュラハンの笑い交じりの声が耳をくすぐった。
「君は俺を知りたいって言ったじゃないか。」
デュラハンは中世の騎士、と言う事もあり、真面目に色々と自分に誓いを立てています。
今回の女性を斬れない、は、女性は男に守られるものであり、女のする事を受け止められることこそ男の器の大きさが計られるという価値観からでもあります。
反対にソーンは完全に公正と言いますか、女性に男性との対等な権利も台頭も認める代わりに、男と同じように扱って尊敬する事も出来るし、ろくでもない男にするように潰すことも厭わない人です。
自分の権利を主張するなら、自分の荷物は自分で持て、そんな人です。
そしてダニエルは侯爵様であるため、女性は守るべきもの、という価値観なのでデュラハンに近く、時々プルーデンスの話を聞かない、という難点があったりします。
そんな風な男達の色々も楽しんで頂けたら幸いです。