黄金の暁団
お読みいただきありがとうございます。
今回長いです。
読みづらくて申し訳ありません。
マックスを私一人では運べないわ。
フィレイソン先生がわざとらしく呟いたが、彼女は女性にしては長身で体格の良い方だ。
実際に彼女は小柄なマックス一人を全く平気そうに担いでいる。
それなのにそんな呟きを誰もが聞こえる音量で呟き、さらに私に目配せまでしてきたのならば、彼女はこれを口実に私と話し合いたいと言う事だろう。
「お手伝いしますわ。」
私の返答では無い。
当たり前のようにカイルが己の知り合いだった人に手を差し出しており、私は彼の行動に追従するしかない役回りとして自分の手こそ差し出した。
もう一人の少女も。
「わたくしも手伝いますわ。」
「まあ、お優しい。ええと、モーリーン・ハーパーさん、かしら。あなたは私が消えた間のクラスを頼んでもよろしくて?自習の監督をお願いね。」
フィレイソン先生の笑顔は眩しいくらいだ。
モーリーンどころかクラス全員が溜息をついた。
誰も彼女に逆らう気など起きないだろう。
そして彼女は私に、行くぞ、と言う風に左の眉を上げて見せた。
「大丈夫だ。いざとなれば俺が斬る。」
デュラハンがそう言うのならば、私は行くしか無いと覚悟を決めるしかない。
そうしての数分後、医務室に着いた私達であるが、フィレイソン先生はマックスをベッドに放り込むように無造作に寝かせると、医務室にある椅子に優雅さも無くどかっと腰を下ろした。
「あなた?さあ、私の目の前の椅子に座ってちょうだい。」
彼女が話しかけたのは私どころかカイルだった。
カイルは不貞腐れた顔をしながら彼女の前に置いてある椅子に腰を下ろし、太々しさこの上ない仕草で両腕を組んだ。
「それが師に対しての振る舞いかしら?」
「僕は非常に怒っています。弟子の僕がこんなにもあなたの秘密を守ろうと頑張っていたのに、どうしてそれを台無しにする行動をとられたのです?」
「フィレイソン先生が師?それであなたが弟子って、え?」
私は二人の会話に呆気にとられるばかりである。
そして口を挟んだ私に対し、カイルは無言を貫いたが、フィレイソン先生は気さくそうな笑顔を私に向けた。
「初めまして。心臓の持病を抱えているので普通の男性よりも華奢な上、大きな声が出せないという、ギュスターヴ・フィレイソンでございます。本当は、ふふ、ご覧の通り、兄の振りをしてダート教授を名乗っていた妹のミゼットですわ。」
「え?」
「うふふ。女では研究発表も出来ないのはご存じよね?だから、私は自分の論文に兄の署名をして学会に送ったの。結果として、兄が博士の称号と大学の教授職を手に入れました。皮肉ね。」
「僕はギュスターヴは大好きですよ。それを終わりにしようとするあなたが許せないぐらいに。」
「仕方が無いわ。兄はとうとうこの世を去りました。私に男装してでもやりたい事をやれと言ってくれた兄の死を隠すなんてできません。ですから、私が兄の振りをするのは終わりです。」
「がっかりですよ!僕の未来はどうなるんですか!」
「あら。私は大学を去ってもあなたの師であり続けますわ。あなたはあなたで興味ある分野の研究を続けなさいな。知識のサポートも、教授時代に作った人脈を使ってでも、あなたを後押しするつもりです。」
「それならば結構です。僕はふざけた寄宿舎で無駄な時間を過ごしたくはない。」
カイルは偉そうな物言いをして見せた後、私が忘れていた事を自分の師であるミゼットに突きつけた。
「で、ヘリオトロピンって何ですか?」
「香料の成分よ。ヘリオトロープの香りがするからヘリオトロピン。気分を高揚させる効果があるからと、それから恐ろしい薬を作った科学者もいるわ。」
「恐ろしい薬なんですか?」
「服薬すれば幸福感と高揚感に包まれる。けれど、その後に来る絶望感に近い倦怠感。中毒性は低いはずなのに、一度服用すると止める事が出来なくなるの。そして薬を飲み続けたその結果、感情が抑えられなくなったり、記憶力が落ちたりと、酷い状態になるわ。」
私はベッドに死人のようにして横になっているマックスを見返して、モーリーンから香ったヘリオトロープの匂いを思い出してぞっとしていた。
まさか、モーリーンも?
だからあんなにすぐに泣いたりと、気持ちの浮き沈みが激しいの?
「こんな無垢な子羊ばかりのところで、黄金の暁団の情けない汚れを見つけてしまうなんて、本当に悲しい事です。」
「黄金の暁団を人前で言っていいのですか?」
私が出した声は裏返っていた。
ミゼットのうなじにはそのマークがあるから彼女が団員だろうとはわかっていたが、デュラハンの話では王直属の秘密結社のはずなのだ。
ミゼットは私の質問を受けて一瞬ポカンとした後、男性がするようにしてアハハと豪快に笑い声を立てた。
その上、自分の頭を下げて、何と自分のマークを私達に見せつけたのだ。
「先生!何をなさって!」
「このマークが間抜けな黄金の暁団員であるというマークよ。間抜けすぎて、仲間かどうかを体に付けたマークでしか確認できないという、馬鹿の印。」
「せ、先生は、団員では無いのですか?」
「団員よ。一週間に一度染めなきゃいけないのが面倒ね。ああ、でももう教授では無いから、これが消えていくに任せればいいのね!」
「そ、そんなものなんですか?入れ墨とか、焼き印では無くて?」
「ふふ。勉強だけのおじいちゃん達にそんな怖い事が出来ますか。あのね、学会への参加で黄金の暁団加入の資格を得られるの。入会した時に入会証だと言ってマークが書かれた見本の紙と染色セットを手渡されるのよ。」
「ええ!王が相続する負の遺産、薄汚れた魔術師の団ではないのですか!」
「まあ!あなたはどこでそんな大昔の秘密話を手に入れたの?今は単なる科学者のお友達会ですわよ。先ほど言った合成麻薬、そんなものを作って神になろうとした男も団員であったことが情けないですけれど。」
私はほっと溜息をついていた。
デュラハンが私に語った話は、デュラハンの時代のものでしかなかったのだ。
だから私は命なんか魔法使いに狙われてはおらず、デュラハンの首だけを純粋に探せばいいだけなのだわ。
「それにしても、自然史博物館への所業は許せないわ。過去の遺物はなんであれ、勝手な破壊は許されないというのに。全く、黄金の暁団め!」
私は再び訳の分からないことを言い出したミゼットを見つめ返しており、彼女は私にニヤリと笑ったあと、芝居がかった口調で更なる秘密を打ち明けた。
「我らが団は光と影に別たれたのだ。」
「別たれた……のですか?」
「ええ。時代が進むにつれて人間は学んだのよ。魔法の呪文よりも化学の知識の方が優れていると。その時流で黄金の暁団も科学者を取り込むようになって、科学者達が中心となって行く代わりに古い自称魔法使い達が団内での居場所を失っていったの。その後はわかりやすい分裂。つまり、黄金の暁団は化学信奉者と魔術信奉者の二派に二分されてしまったの。」
「敵が小物になった分、嫌らしく隠れるのが上手にはなっているってことか。俺の挑発が無駄だったとはな。」
私はデュラハンに視線を動かした。
彼は部屋の隅で腕を組んで背中を壁に当てて寄りかかっており、首から上が無いから表情などわからないが、彼がウンザリしている、という事はわかった。
で、挑発?
「自然史博物館に所蔵されていた肖像画は誰の作か分からなかったけれど、素晴らしき人物が描かれていた事はわかったわ。そこに示威行為として暁団のマークを黒々と書き殴るなんて、本当に許せない。何が黒魔術よ。魔術もオカルトも人類の進歩を妨げる諸悪の根源でしかないというのに!」
「その通りです!教授!」
「あなたはそう言ってくれると思ったわ。誰も入れない場所に誰にも見られずにその資料倉庫に入り込めた方法、それを探りに今夜自然史博物館に行きましょう。お化けはいないって証明を私達がしてみせるのよ!」
カイルは自分が尊敬する教授に追従するどころか椅子からぴょんと飛び降り、自分の数秒前の台詞が無かったかのようにして私にしがみ付いて来た。
私は彼を守るように抱き留めながらも、彼の思いに反するセリフをミゼットに言っていた。
「私も参加させてください。」
デュラハンが駄目にした肖像画が、恐らくも何も彼の姿が描かれているはずだと、私は確信したからである。




