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Right Now

 私が出会った少女がこの学園にはいない。

 食堂で私が嘘吐きと呼ばれた再現のような事を、カイルは言い出した。

 ティナは愛称?

 それこそ私も考え付かなかったが、確かに私は彼女からティナを自己紹介を受けたのである。


「でも彼女はティナ・シェオールって私に名乗られたの。ええと。」


 その続きは言って良いものかとソーンを見返したが、ソーンこそ、全部吐け、という顔で私を見返していた。


「ティナ様は、とても可愛らしくて綺麗な方で、まっすぐな薄茶色の髪に菫色の瞳をしていらしたの。あの、皆様はその髪色と瞳の色の組み合わせでセリーナ様に似ているっておっしゃって、それで、嘘吐き呼ばわりされましたけれど。」


「違いますよ。妹は俺と同じ緑色の瞳です。確かに髪はまっすぐで薄茶色でしたが、普通では髪色が同じでも目の色が違えば別人だと思い込むはずです。それでセリーナに似ていると彼女達が言うならば、ああ、セリーナに似た子を皆で庇って隠しているという事か。いや、なぜ庇う?」


「その人こそ女王蜂だからでは?だっていないじゃないですか。この学園にシェオールなんて家の名前の人は。」


 カイルの言葉にソーンはハッとした顔をした。

 ソーンはカイルから手帳を奪い、手帳に書かれている人物名を指先でなぞって数えながら読み唱え始めたではないか。


「ソーン様は何をなさっているの?」


「お姉様。そんな名前の人は学園にいませんから、その確認をされているのでしょう。僕は全員に会ったわけではありませんが、手帳に書いた名前は名簿をもとにした三十九名全員です。」


「え、でも。彼女は自分がティナ・シェオールだって。」


「偽名、ですね。僕が今日会っていない人は六名います。今日質問した人の情報からその六人についても書き込んでありますが、そっか。ええ、穴はありますね。お姉さまにサシェを手渡した人が偽名を使われたのならば、僕が会っていない六名にその人はいるかも、ですね。」


「そうか。ソーンは名前からシェオールって連想か書き換えられそうな子を探しているのか。でもねえ、女の子が偽名で地獄なんてつけるかな。いや、夢見がちな女の子だからかな。」


 私達は一斉にダニエルに振り返った。

 急に注目を浴びたダニエルこそ驚き、どうしたの?なんて聞き返した。

 そして、ソーンこそ震える声でダニエルに問い返していた。


「シェオールって地獄なのですか?そんな単語はわが国の言語には。」


「シェオルは大昔の外国語だよ。大昔の聖書を我々の言葉に訳す時に、その言葉は黄泉や墓とか地獄に書き換えられたんだ。綴りはS・H・E・O・L。」


「ああ!」


 ソーンは思い付いたような叫び声をあげるや、手帳に何かを書き込み始めた。

 震える手は止まることなく手帳のページの上に動き、私達が彼を見つめる中、彼は涙を零し始めた。


「ああ、ちくしょう!バカにしやがって!」


 彼は手帳を壁に投げ付けた。

 その剣幕に私達は驚き、だが、彼の友人ともなったダニエルがゆっくりと立ち上がり、ソーンが放って床に落ちた手帳を拾い上げに行った。

 そして、ダニエルはせっかく拾ったその手帳を手から滑り落した。

 ダニエルは立ち竦み、嘆くようにして目頭に右手を添えている。


 私とカイルは顔を合わせると、どうした事なのかと手帳が落ちているそこに歩いて行き、ソーンの手帳を拾って中を開いた。


 ティナ・シェオールの名前の綴りが書き込まれているのだが、それはバラバラに解体されて、別の名前にと書き換えられていた。


 アナグラムだったのだ。


 セリーナ・ソーン(Selina Thorn)から、ティナ・シェオール(Tina Sheol)へと書き換える事が可能だったのである。


 でも、一方通行の書き換えだ。

 セリーナからティナに変えた場合はRとNが余るが書き換えられる。

 だが、ティナからセリーナに変えた場合、RとNが足りないので不可能だ。


「ひどい。RNって今は(right now)って意味ですね。今は地獄のティナ?ティナからセリーナは、セリーナが亡くなって今が無いからセリーナにならないって皮肉?亡くなった人の名前をこんな酷いアナグラムにするなんて!」


「ええ、ひどいわね。でも、私に自己紹介した彼女は、こんなことをするような人には絶対に見えなかった。ぜんぜん見えなかったのに!」


 私の言葉の後、誰もが口を閉じた。

 残酷すぎる行為に全員が言葉を失ったのだ。


 ブブブブブブブ。


 しんと静まった部屋の中で、くぐもった虫の羽音が響いた。

 私もカイルもその羽音が聞こえる位置に気が付くと、びくりと震えて体を硬直させて見守ることしか出来なくなった。


 だって、ライティングデスクの上にある、あの包み物が震えているのよ?


 生きていた?

 あの黄金虫は生きていた?


 私達の視線の先に気が付いたダニエルは机へと歩いて行き、私達が待ってと言う前に彼はその包み物の結び目に手を掛けた。


「う、何だこれは!」


 カイルがしっかりと結んだはずのものであるが、その結び目はダニエルの手を待っていたかのように簡単にほどけて中の物を彼に見せつけたのだ。


 私とカイルは抱き合っていた。

 いいえ、カイルがしがみ付いて来た、かしら。


 包みの中の虫はしっかりと死骸のままで、それが羽ばたくはずなど無い。

 私の頭の中でデュラハンの舌打ちも響いた。


「デュラハン?」


「忘れていたよ。あれは黄金虫じゃない。フンコロガシだよ。命の再生を司る太陽神の僕だ。」


「それがどうかなさったの?」


「あれは魔術道具だったってことだ。魔法を使える人間が関わって来たってことなんだよ。」


「え?それがどういう。」


 デュラハンが答える前にダニエルが私達に声を上げた。

 もう決定だという、侯爵としての威厳のあるお声で。


「プルーデンス。君は明日にはここを出よう。カイル君もだ。こんな陰険で腐った場所に君達を置いておけない。いいや、今すぐに出よう。」


 私はダニエルの言うことがもっともだと思いながらも、首を横に振った。


「プルーデンス。どうして!」

「プルーデンス。今回はダニエルの言う通りにしろ。君が危ない。」


 ダニエルとデュラハンが同時に私に声を上げた。

 二人とも私が心配だって気持ちは分かっている。


 でも、デュラハン。

 私がここに留まりたいのは、あなたに守られたいからって理由じゃないの。

 無邪気なあの子に尋ねたいだけなのよ。

 どうしてこんな酷い事が出来るの?と。


「簡単に答えられるよ。サシェを作った魔法使いが糞野郎だからさ。糞野郎が糞虫を使って死人を召喚しやがったって話なんだよ。」


「どうして魔法使いが?」


 デュラハンは数秒だけ黙り、そして自分の真実を私に告げた。

 そして、私が彼から簡単に自由になれる道を残した彼の理由も。


「森に封印したはずの魔物が蘇ったんだ。魔物は自分の首を探すだろう。見つけられる前に奴と契約した人間を殺してしまえ、だ。君は契約を破棄して逃げろ。」


 私の心は完全に決まった。

 顎を上げてダニエルを見返した。


「残ります。カイルは連れて帰られて。」


「姉さまが残るならば僕こそ残ります!」

「プルーデンス?」


「ここには優しい子は沢山残っているわ。その子達が悪意のある人達によって食いものにされるなんて許せない。セリーナを貶めた人は見つけ出したい。」


 優しい人の首を奪った人も許せない。

 その魔法使いには報いと、そして、デュラハンの首の在処を吐いてもらう。


 デュラハンは私の気概を褒めるどころか、鼻を鳴らして笑った。

 君は国家反逆罪で処刑されるな、と。




お読みいただきありがとうございます。

タグにほのぼのとあるのに、どんどんと暗い話になっております。

残虐タグだけが仕事している有様です。


さて今回は、異世界なのにアナグラムしてしまいました。

ソーンが植物のトゲ、という意味の苗字で、何の気なしに付けたセリーナ・ソーンからティナ・シェオールが作れる上に、シェオールがヘブライ語の黄泉になるなんて気が付いたら、ネタにするしかないじゃないですか!

ということで、舞台は異世界ですが、英語によく似た言語を使用する国という認識でお願いします。

当物語の世界観イメージは、19世紀のなんちゃってイギリスです。

ロンドン塔から大鴉が消えると国に災害が起きるという言い伝えのあるイギリス、21世紀の今もロンドン塔を守る兵士さんに鴉飼育担当があるという素晴らしきイギリス、最高です。

このような世界観の物語ですが、もしよろしければ今後ともよろしくお願いいたします。

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