少女達は手を繋ぎ合っている
私とダニエルと人知れず参加しているデュラハンが無意味なやり取りをしている間に、カイルとソーンは既に話し合いを先に進めていた。
カイルはソーンの手帳に何かを書き込んでいるのだ。
ソーンはカイルの筆が進むたびに、うんうんと頷いて、瞳をどんどんと輝かせていくではないか。
「ソーン。カイル君は何を書いているんだ?」
「女の子達の階級と人物相関図です。この学園にだけ通じる階級ですね。今日彼が絶対的な階級を彼女達に示して見せたので、この階級が揺らぐと言っています。そうですね。社交界の階級は家の格と財力によって決められる。ここで一番でも外に出て受け入れられなければ最下位です。けれど、人脈さえ手に入れられればここで下だろうと上にも昇れる。」
「ソーンさん。本当にカイルがそこまで一人で考えたのかしら。あなたがそのお考えをカイルに囁いたのではなくて。この学園を壊す方法として。」
ソーンは私に顔を向けると、その通りだ、としか受け取れない笑みを返した。
カイルが台本を作るにあたり、ダニエルとソーンが関わっていたとデュラハンだって言っていたではないか。
カイルが知らない社交界の事を侯爵であるダニエルが伝授するであろうし、敵地の人間を混乱させるにはどうするべきかを元軍人のソーンが指南するだろう。
そうよ、カイルはソーンをとっても褒めていなかった?
私はソーンを睨んだ。
「あなたは私の弟を止めるどころか、より危険な行動をするように煽ったのね。」
「あなたを守る。彼の望みです。俺はちゃんとサポートする。あなた方には危険はありません。」
「ミツバチの巣を投げ込まれたのに?」
私はソーンに言葉をぶつけたのだが、私の問いに答えたのは私がソーンを怒る原因である私が守りたいカイルであった。
「危険は覚悟の上です。そして、少々の危険を呼ばねば敵の動きが読めません。ほんと、物凄く統制が取れていました。彼女達は恐怖で支配されていないから結束が本当に固い。互いを思いやって行動していることに僕は驚きでしたね。」
私とダニエルは、同時に、え、と声を上げていた。
ソーンだけは黙っている。
「ソーンさん。あなたはご存じでしたの?」
「妹の手紙通りだったんですよ。みんな優しくて思いやりがあって、困った事があったら助け合う、そんな素敵な学園なのよ、お兄様。それがどうして妹を追い出して殺すような場所になったのでしょうか。」
「スズメバチに襲われたからでしょう。ダート教授がおっしゃるには、ミツバチは自分達を狩るスズメバチが来ると巣箱から出て来なくなっちゃうそうです。それから寿命が近い子が生贄みたいに巣箱から出て来て、スズメバチに攫われて行っちゃうそうなんです。皆の為に。」
「みんなのために、あいつが巣から追い出されたのか?」
私はカイルの言葉とソーンの痛みばかりの声に、ティナが私にしてくれた事を思い出していた。
彼女は私にサシェを手渡した。
自分のものが無くなるかもしれないのに?
仲間の印の匂いが無かったら、皆に自分がターゲットだって教える事になるのに、そうよ、それなのにティナは私にあのサシェを下さったんだわ。
だから彼女は部屋から出て来れなかったから、食堂に来てはいなかった?
「ソーンさん。もしかしたら、セリーナ様は虐められる方を常に庇われていたのでは無いでしょうか。だからキャサリン達に目の敵にされたのでは?」
ソーンは奥歯を音がするぐらいに噛みしめた。
そして、すでに前髪を上げて出ている額をさらに出そうとするように右手で髪をかき上げ、あの女、と呟いた。
「くそ。だとしたらあの女の指示なんだろうな。恐怖政治で少女達を掌握したいあの女には、いじめを庇う人間こそ邪魔だ。」
「セリーナ様の死はみんなが知っていることでした。内緒ではございませんでしたか?」
ソーンは私を見返した。
驚いた顔で。
「ああ、その通りだ。学園からは病気療養で退学したとすると言ってあの子の荷物を勝手に送り返されている。警察では捜査も何もしていない。俺はあの子だと言ってあげられないぐらいのボロボロのあの子の遺体を引き取っただけだ。」
「でも、見せしめにするために誰かが、恐らくローザが妹様の死を皆に伝えたのでしょうね。僕は言われました。皆を刺激して悪意を振りまくのは止めて。怖い子達がいなくなって、私達はようやく呼吸ができるようになったのよ、と。」
私達は、今度はソーンまでもカイルに注目した。
カイルは自分に全ての注目が集まったという笑顔をしてみせると、ソーンの手帳を自分が書き上げたものが見えるように私達に翳した。
見開きになったページには、女の子達の名前が模様のように描かれていた。
誰と誰が繋がって、誰が誰を嫌って、そんな線が引いてある人物相関図だ。
「お姉さまに話しかけたモーリーン。彼女はみんなと繋がっているけれど、特定の友人は今はいません。友人を亡くして傷心だからと、皆が彼女を労わってます。だから中心にさせてもらいました。だからって、彼女が女王蜂って事にはなりませんけれど。」
「すごい。」
「まあ!」
「恐るべきガキだな。」
ダニエルも私も、デュラハンでさえ、カイルが翳した手帳の図に見入った。
食堂でのあれだけの時間で、カイルはそこまで探っていたのかと、カイルに空恐ろしいものを感じながら見入るしかなかった。
「えと、僕に忠告しに来たのは、この子です。僕が最初に話しかけたヘザーさんの隊のケイトさんです。綿あめみたいなふわふわの髪で菫色の瞳がとても綺麗な可愛い人ですね。必要以上におどおどしてらっしゃいましたけれど。」
「まあ!私にサシェを持って来て下さったティナ様も菫色の瞳でしたのよ。でも、あの、ティナ様は。」
「何かあったのかい?」
ダニエルは心配この上ない顔を私に向け、私は彼に答えるために口を開き開けたが、彼に答えたのは私よりも事態を熟知しているらしい弟だった。
「姉が受け取ったサシェはただの匂い袋では無かっただけです。それでプル。ティナって誰?愛称ですか?この学園にティナの愛称になりそうな人は二人いるけど、どちらも菫色の瞳じゃ無かったですよ。」




