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報告会と連絡係

 私達の元に戻って来たカイルにしっかりと顔を向けたそこで、私の意識は完全にカイルに向かってしまった。


 私は今まで何をしていたの!

 幼い弟を放ってデュラハンと戯れていただなんて!


 私は急激に後悔の念に囚われて、自分を責め立てた。

 カイルは余裕があるような笑みを顔に浮かべていたが、目元がぜんぜん笑っていないという笑顔であったのだ。


「カイル。あなたは大丈夫なの?」


「しっ。ジェニファーでしょう。」


 カイルは私に手を差し出し、私は彼を労う気持ちで彼の手を取った。

 カイルの手は私の手が触れるとぎゅうと強く握り返してきて、その手が少しだけ震えているようである。


「何かあったの?何かされたの?」


「くだらない話ばかりで疲れただけです。音楽室では夜中にピアノが勝手に鳴るそうですし、寮には真夜中になると廊下を走り回る白く輝く鼠がいるんだそうですよ。降霊術なんかが流行っているこのご時世の気の利いた社交話の一つなんでしょうか。面白くも無いのに!」


「やばいな。全部俺と君の仕業じゃないか。」


 私は楽しそうな声を上げたデュラハンを思いっ切り無視して、学園の幽霊話を聞いて脅えているらしいカイルを元気づけるように彼の手をそっと握り締めた。

 デュラハンの含み笑いの声が煩い、なんて思いながら。


「ええ。戻りましょう。今日の出来事を私達は話し合うべきだもの。」


 そう、今夜から再び始められるデュラハンとのピアノ教室。

 そのためにはカイルに少しでも秘密を教えてあげなければ。

 光るネズミのドラグーンは幽霊でも怖くないのよって、カイルに対面させてあげたり、とか。


「いや。今日のお教室は中止だな。君達はソーンと打ち合わせがあるだろう。」


 デュラハンとの音楽教室がまたおあずけなの?

 がっかりした心のまま、私は普通の声を出して答えてしまっていた。


「わかったわ。」


「お姉さま?また独り言?」


「え、ああ。ごめんなさい。私も頭が疲れているみたいよ。」


「それでは急いで部屋に戻りましょう。」


 カイルは本気で部屋にすぐに戻りたかったようだ。

 彼は私の手を掴むやほとんど駆けるように歩きだし、私は彼に引っ張られる形で自分の部屋に向かう事になった。


 そして、部屋のドアを開けた私達は、室内の状景を目にして慌てた。


 部屋の中の様子を廊下にいる人達に見せてはいけない!


 カイルと私は部屋に飛び込むように同時に入り、そしてすぐさま踵を返すや同じ動作でドアをしっかりと閉めたのである。


「待ちくたびれたよ。」


 抑える気も無い普通の音量の男性の声が、ドアを閉めた私達の背中に響いた。

 私はドアからくるっと振り返って、部屋の中にいてはいけない人達を睨んだ。


「何をなさっているの!」


 部屋にはソーンどころか、なんとダニエル侯爵様までもがいたのである。

 潜入用なのか二人は黒一色のシャツとパンツ姿であり、そんな姿で寮の廊下に出たら普通の姿の時よりも目立つだろうと思った。


 ソーンは疲れた様にして自分の額に手を当てたが、ダニエルはニコニコしながら私に歩いて来て、そのまま私を抱き締めた!


 それは一瞬で、彼は直ぐに私を解放したが、私の混乱が収まるわけはない。

 デュラハンの不機嫌な気持ちが一気に私に入って来ていますし!!


「な、何をなさるの!」


 ダニエルは私の怒りなどなんてことないようで、全く申し訳ないと思っていない顔で謝罪の言葉を紡ぎだした。


「すまなかった。一日中君が心配で心配で。そんな君の元気な姿を目にできたんだ。私の理性が飛んでしまったのも仕方が無いだろう。」


「裸に剥かれたプルーデンスが縛られて嬲られる情景を一日中思い描いていたって言うのかよ。なんて暇で嫌らしい男だ。」


 紳士なダニエルが、たった今のデュラハン発言ほど酷い想像を、絶対に、するはずなんかないと私は思った。

 そして私がそう思った事がデュラハンに伝わったようで、ふわんと不機嫌な気持ちが私の中に流れ込んで来た。


 とにかくこの場は私が何とかしなきゃ?


「ええと。ダニエル。ご心配をかける様な事は何も起こりませんでしたわ。」


「ええ姉の言う通りです。僕達二人は教室に閉じ込められ、そこにミツバチの巣を投げ入れられたぐらいです。」


「ミツバチ!大したことだらけだったじゃないか!プルーデンス。怪我はないかい?蜂にどこか刺されなかったか?」


「ダニエル。僕も姉も毒針一本刺さっていません。そこは心配ないです。」


「そうか。どうしよう?もうやめないか?集団でそんな意地悪が出来る人達の中に大事な君達を置いておけないよ。」


「申し訳ありませんが、本日だけでは全員の顔を確認できませんでした。僕はこれでは引き下がれません。ですが、僕の敵ではないですからご心配なく。」


 私はこの実弟の物言いを聞かなかったことにしたくなった。

 全員を覚えたカイルが今後学友達にどんな仕返しをするのか、私はとっても怖い結果を想像するしかないではないか。


「君の敵じゃないって凄いね。そこはどこでそう感じたのかな?」


 私の気も知らず、ソーンはカイルの横に膝をつき、カイルの報告を聞く体制を取っているではないか!


「弟をこれ以上増長させないで。」


「プルーデンス?」


「カイルはまだ八歳なのよ。それなのに、カイルは私を守るだけじゃなくて、たった一人で色々と動き回っていたの。お願い。私の大事な弟を煽って危険な事をさせようとしないで!」


「ああ、申し訳ありません。」

「うわあ。さすがカイル君だ。」


 ソーンは素直に謝った。

 だがダニエルは、私の訴えに感銘を受けても、私の望む振る舞いはしなかった。

 彼はカイルを抱き上げてカイル用のベッドに運ぶと、彼をそこに座らせてから自分はその向かい、私のベッドに腰を下ろしたのである。


 そして、私に謝ったはずのソーンはカイルの横に当たり前のように陣取った。

 二人は、さあカイル君から報告を聞くぞ、そんな状況になっただけなのである。


 煽ることは止めたが、今後カイルが危険行為をするのは止める気も無い?


 ダニエルは腕を組んで怒りを露わにした私に対して謝罪の気持ちを見せるどころか、まあ、なんと、自分の横に座るようにとの手ぶりをしてきたわ!


 ベッドにダニエルと並んで座るなんて親密すぎやしませんこと?


「ライティングデスクの椅子を使えばいいだろう。」


 デュラハンは物凄く不機嫌な声を出した。

 私はこの部屋で一番不機嫌な人の言うことを聞く事にして、ライティングデスクの固い椅子をベッドの傍に引っ張ってそこに腰かけた。

 それなのにダニエルは私の行動にがっかりした顔をするどころか、良いものを見つけたという顔をして私を見つめるのである。


「私が君が好ましいと思うのは、そういう奥ゆかしい所だ。侯爵なんて爵位のせいで、大した男でもないのに女性は私に貼り付いてくる。悲しいものだ。」


「畜生。流れのままあいつの横に座らせるべきだったか!」


 私は私に好意を持っている二人の男性の言葉を再び聞き流し、今一番話し合わねばならない情報を持っている存在に顔を向けた。


「カイル。お話して下さるかしら?」


 カイルは既にソーンから手渡された手帳に何かを書いていた。

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