騎士と私と大地の契約
目が覚めた時、私は全てが夢だったを期待したが、私の不幸な現実はまだまだ続いていた。
ここは真っ暗な森の中であり、私は地面に横たわっている。
それでもって、目の前に見える二本の足が支える体の天辺には、頭が無い。
「きゃあああ!」
大声で叫んだ。
叫びながら身を起こしたが、私の足は脅えによって完全に萎えていた。
逃げだすことなどできやしない。
「きゃあああああああ!」
再びの絶叫。
でも、目の前の化け物は怯む素振りも無い。
その代わりに、騎士の亡霊は自分の剣で地面を削った。
契約だ
我は君を助けた
君も我を助けろ
私は顔を再び上に上げ、頭のない騎士ではなく、星ばかりが瞬く空をみつめた。
そして、お祈りした事も無いのに、両手を合わせて神様に祈っていた。
「天にまします我らの神よ。私の目の前の悪鬼へ恩赦をお与えください。」
ぱしっと軽く頭を叩かれた。
下を向いた私の視界の中で、騎士は再び文字を地面に書いていた。
違う
「だって、亡霊の望みは浄化されることこそでしょう!」
「助けられてそれか!」
「喋られるならどうして字を書いているのよ!」
「頭の中への語らいはお前の意識や記憶も読めるが、それでいいのか?」
私は自分の頭を両手で押さえていた。
頭の中を読まれてしまう?
それって、私が今まで妄想した色々なことまで?
「鏡の前で笑顔の練習、微笑ましい事だ。」
私は今度は両手で顔を覆った。
初めての同年代の女の子達への挨拶、それを練習していた自分を思い出して恥ずかしさで一杯になったのだ。
「……うう、文字でお願いします。」
ざく。
剣で地面を穿いた音が聞こえ、私は指の間から地面を眺めた。
我の首を探せ
「無理!」
やりもしないであきらめてどうする
「亡霊ができないことを生身の人間ができるわけ無いじゃないの!」
亡霊では出来ないからこそ肉体のあるお前が必要となる
「ぐ、具体的に、どうやって探すの?穴を掘るの?」
王族の所有地のどこかに我の首はある
我と契約したお前が入れた場所は、我が侵入可能となる場所となる
「ふ、ふふ、ふ。」
私からおかしな笑い声が漏れたのは、亡霊が私にさせたい事を理解したからに過ぎない。
王族の所有地?
厳戒態勢だろうそんな場所に私が忍び込んで、この恐るべき亡霊を引き入れろってこと?
「こ、国家反逆罪で、しょ、処刑されるわ!」
私の脳裏に首なし騎士と首なし貴婦人のイメージが湧いた。
すると、含み笑いのような男性の笑い声が響いた。
「それもいいな。ただし、いますぐにそれでもいい。俺は長きに一人で寂しいんだ。仲間を作るのもいいなあ。」
「や、やります。」
ぐさ。
地面に剣が刺さった。
剣から青い光が一筋流れて、地面の上に契約書なるものを描いた。
騎士デュラハンは を助ける
は報酬として騎士デュラハンの首を探す
たった二つの簡単な文章の下に署名欄があり、そこにはすでにデュラハンの署名が為されていた。
「ど、どうすればいいの?剣でサインをするの?」
「名を名乗り、己が言葉で誓えば良い。」
首を落とされるか、亡霊の言うがままの人生になるか。
どちらも最低だが、でも、私はまだ生きていたい。
「わ、私、プルーデンスは、騎士デュラハンに助けてもらう代わりに、騎士デュラハンの首を探すことを誓います。」
地面は青白く輝いた。
騎士デュラハンはプルーデンスを助ける
プルーデンスは報酬として騎士デュラハンの首を探す
地面に描かれた契約文に私の名前が書きこまれ、さらに私が描いただろうとしか思えない私の署名まで描いていた。
その契約書は空の星のようにしばらく瞬いた後、何ごとも無かったようにして真っ黒な地面に戻った。
「大地への契約だ。大地がこの契約の保証人となる。よってこの契約を違えた者は、二度と大地を歩けなくなる。」
「ぼ、亡霊なんか最初から地面を歩いていないでしょう?私ばっかりの不利な契約だわ。」
「そうでもないよ。」
デュラハンの声は静かだがほんの少し悲しそうだった。
彼は剣を抜くと剣で森の奥を指し示した。
私は剣が指し示した方へと顔を向け、どうしてここで自分が倒れて助け出されたのかを一瞬で理解した。
墓があった。
墓というよりも、霊廟か何かだった元は大層なものだっただろうが、今は石が積み重なっただけの瓦礫にしか見えないものがそこにあった。
「あなたの、墓?」
「俺の墓だったかどうかは知らないが、俺の体はここにある。俺が君との契約を違えれば、俺はこの墓所から出る事が永劫に敵わなくなるだろう。」
じゃあ、私が困っても彼が助けられなかったら?
「俺に助けられないなんてことは無いね。まず、君はお家に帰らないといけないんじゃないのかな?」
「あ、ああ!嘘、いいえ、読んだのね!私の頭の中をしっかり読んでいるのね!酷いわ、嫌らしい!」
「俺も必死だからね。今までも森からは出られなかった事を考えれば、君が言う通りに俺への罰はたいしたことが無いかもしれないが、意識があるまま石の棺の中に閉じ込められる恐怖を想像してみて欲しい。」
「あ、ああ、辛かったわね。」
「ああ。助けを求めた少女を助けられなかった事もあった。彼女は森に入って来れなかったからね。」
「まあ!」
私はあの男達が無惨どころかかなり残虐に殺された理由が分かった気がした。
そして、私が逃げ切れずに殺されていたら、彼はどうしたのだろうと考え、そこで私の彼への恐怖がほとんど消えてしまっていることにも気が付いた。
私はデュラハンを見返した。
デュラハンは地面に文字を描いた。
今の君は助けを求めていない、で、理解していいのかな?
もう!
「助けてください。あなたにお会いできて最高ですわ。」
デュラハンには顔など無いが、絶対にニヤリと笑ったはずだ。
それでも、騎士である彼は私の前に一歩踏み出し、なんと、騎士が姫君にするようにして立ち膝となって私に右手を差し出して来たのだ。
私はその手を握っていた。
怖かったから言いなりになった、のではない。
彼の行動があまりに自然すぎて、私は何も考えないままに彼が差し出した手に自分の手を乗せていたのだ。
気が付いた時には時はもうすでに遅し。
「塀を越える時は抱き上げてしまうがいいかな。お尻には触れないから。」
笑い声を含んだ声での台詞!
彼はやっぱり私の心を読んでいるのね。
「漏らしちゃったけど、そんなに濡れて無いわよ。」
「ハハハ。怖かったね。だがそこまで君を脅えさせた男達は俺が退治した。これからも君を俺は守ろう。安心してくれ。」
「私の心を読んで知っているでしょうけれど、私が漏らしたのはあなたが怖かったからよ。気絶しちゃうぐらい怖かったんだもの。」
「アハハハ。」
デュラハンは若々しく素敵にも聞こえる笑い声をあげた。
それで私は思ってしまった。
彼は彼が亡くなった時、とっても若かったはずよね、と。
お読みいただきありがとうございます。
ここまでが騎士デュラハンとプルーデンスのなれそめとなります。
プロローグでは学友達にスポイルされている事をたいしたことが無いと強がっていますが、実際はそれなりな夢を持って寄宿舎にやってきたプルーデンスです。
次章からデュラハンの助けを受けながらプルーデンスが学園で頑張っていくお話となります。