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見守りの狼が言うことは

 モーリーンの代りに私の前に現われた二人の少女は、黒に近い焦げ茶色と赤みがかった茶色と髪の色味も顔立ちも違うが、痩せぎすの体つきが似ているために姉妹に見える。

 いいえ、二人とも私を見る目が蔑みしか無いから似通って見えるのよ。


 どうして私を蔑んでいるのか。

 それは友情からかもしれない。

 二人の内の片方、赤茶色の髪の人は、私がモーリーンに伝えた少女の外見がモーリーンの亡くした親友に似ていることを突きつけたのである。

 なんてひどい事を言うんだ、という風に。


 そして焦げ茶色の髪の人も、彼女の言葉に同調する声を上げた。


「そうよ。どこで調べたか知りませんけれど、あんな当てこすりをするなんて、なんて意地悪な方なんでしょう。」


 何も知らなかったと言えども、私は結果としてモーリーンを傷つけた。

 あんなに優しい人になんてことを、と、私は罪悪感ばかりだ。

 サシェを配った人がティナだと、モーリーンには正直に伝えれば良かった。


「ご、ごめんなさい。何も存じあげなくて。でも、私の部屋をノックした方が薄茶色の髪をした菫色の瞳の方でしたのは本当です。モーリーン様の親友様も菫色の瞳に真っ直ぐな薄茶色の髪をした方でしたの?」


 二人は顔を見合わせて嘲るように鼻を鳴らすと、双子のようにして私に顔を戻して、吐き捨てるように言い放った。


「今日の仕返しにしては酷いわ。モーリーンは何も悪くは無いのに。」


「え?」


「そうよ。あなたを呼びに行ったのは私達よ。それなのに、セリーナが自分の部屋に来たみたいなことを言って。」


「え?」


「そうだわ。全員に配られたあのサシェ。やっぱりあなたが配ったのね。」


「い、いいえ。私はあなた方とお話するのは初めです。何度も申しますが、サシェは私の部屋にいらっしゃった方から私もいただきましたのよ。亡くなっていらっしゃる方ではないですわ。ええと、今晩は食堂にいらっしゃらないけれど。」


 赤茶色の髪をした子は憎々し気な表情を作ると、私に罵倒の言葉を吐き捨てた。


「嘘吐き魔女。」


 焦げ茶色の髪の方も、同じように私を罵って来た。

 ただし、彼女の方が情報量が多い罵倒であった。


「あなたが来てからみんなが不幸になっているわ。キャサリン達があなたを追い出すべきだって言っていた理由が分かったわ。あなたはみんなの幸運を全て吸い取ってしまう魔女なのね。」


 言いたい事を言った二人は踵を返し、私の前から立ち去った。

 少女二人の後姿を眺めながら、私は呟くしかなかった。


「あの方々が私を呼びにいらしたって。あの二人と話したのは初めてだわ。」


 私の言葉は信じては貰えなかった。

 でも実際に私の部屋にはティナという名の少女が訪れたのだし、私を誘いに来たという二人の少女達こそ、私が今初めて会話した相手なのだ。

 なのに嘘吐きと罵倒されるだけとは。


「残念ながらあいつらは来ていたよ。ただし、あいつらのお誘いはお手紙だった。誰が出したかわからないものだったのに、友人を庇うために自ら名乗り出すとは友人思いではあるな。」


「え?」


 デュラハンは私に封筒を差し出した。

 首から上が無い人で今の頭の様子などわからないが、絶対に私から顔を背けて封筒を差し出しているような気がする。

 私は可愛らしい封筒を嫌な気持ちになりながら受け取り、中から下半分が破り取られている用紙を取り出して書かれていることを読んだ。


 数学の授業は自習になったの

 せっかくだから午後は学習室で語らいませんこと?


「私からこれを隠した上で、あなたはこれを破ってお手紙を作られたのね。」


「絶対に罠だからな。まさか直接呼びに来る者がいるとは思わなかったから、俺は慌ててお手紙をしたためて君の弟に差し出したのさ。」


「それでカイルは出遅れた、と。でも、あなたは私を追いかけたはずよね?あなたもティナを見たでしょう。」


「俺は君と契約した時から誓いを立てている。君が俺にドアを閉じたならば、俺は君を追いかけない。君の気持やプライベートは大事にするべきだ。」


 私は病院の私のベッドに転がっていたデュラハンを思い出していた。

 未婚女性の私の隣で、ゴロゴロゴロゴロ転がっていたわよねって。

 寮で一緒に過ごしていた時だって、私が着替えていても部屋から出ていく気配など見せなかった。

 デュラハンの目の前で平気で着替えていた私も私だけど。


 デュラハンが大事にしたい私の気持やらプライベートへの線引きって何なんだろうって、かなり本気で意味が解らない。


 そして意味が分からない亡霊は、亡霊らしく嘆き始めた。


「そのせいで俺は訪問者を見定められなかったのだ。ああ、だからこそ動いて欲しくはなかったのに。それなのに君は、罠そのもののお教室に意気揚々と行ってしまったんだ。俺は君に束縛の魔法をかけるべきであったのか!」


「もう!わ・る・う・ご・ざ・い・ま・し・た!!」


 私が怒って膨らませた頬はデュラハンの指先で軽く突かれて萎み、突いた彼は今度は嘆きの声どころかいつもの私を揶揄う甘い声を出した。


「君が危険に身を投じたがるのは、それは俺を求めてだった。そして俺は君の狙い通りに馳せ参じた。負けたよ。ああ、負けたんだ。不敗の男が可愛い乙女に負けるとはね。」


 彼は私の頬を再び突いた。

 今度はさらに優しく、羽毛が触れる様な感じで、つん、だ。

 彼は私をよく突くと思いながら突かれたところを手で押さえた時、キスをされて嬉しい時にもこうして手を当てないかしら、なんて急に思った。


 そうよ、今の私の仕草は母が父にキスをされた後の仕草と同じだわ。


 では、では、デュラハンこそ、キスの代りに私を突いている?

 そんな風に思うなんて、私がいやらしい証拠かしら。


「キスどころか、美味しそうな君を舐める舌代わりかもしれないぞ。」


「あああ、いやらしい!」


 デュラハンは楽しそうな笑い声をあげたが、私は自分のうかつさが恥ずかしくて堪らない。

 頭の中でのデュラハンとのお話し中は、私の考えが全部彼に筒抜けになるのを分かっていながら、なんてなんて私は浅はかなの!


 しかし、私の頭の中で響くデュラハンの笑い声は、まったく屈託がないもので、悔しいばかりのはずの私の気持を浮き立たせるばかりである。

 ええ、分かっている。

 彼に悪戯されて反応したい私がいるってことは。


「可愛い君。君にキスしたいのはいつもだ。君をいつかキスで窒息させたい。」


 ツンと、彼の指先が私の唇を突いた。

 私は再び全身がきゅっとなり、椅子の上でほんの少しだけ飛び上った。


「ああ、こんなに可愛い君を冷ましてしまう話をしなきゃいけないとは。俺は亡霊として積極的にこの世を恨むべきなのかもな。」


「デュラハンったら。でも、ええ、お話してくださいな。」


「先程の二人組の会話で判明した事がある。一つ、セリーナの死を彼女達は誰から聞いたのかな。セリーナの死は無かった事だったはずだろう?」


「そう、そう言えばそうだった。」


「二つ目。君も貰ったあのサシェ。どうやら全員が貰ったらしいな。そして、誰が贈ったのかの犯人探しをしている。」


「いじめの開始を知らせるベルみたいなものだったらしいものね。」


「本当にそうなのかな。」


「どういう意味ですの?」


「その情報はモーリーンから貰ったものだ。」


「彼女を疑うの?彼女は――。」


「プルーデンス。私は疲れました。そろそろ私達は部屋に戻るべきじゃなくて?」


 カイルが偉そうな貴婦人然として戻って来て、私は口を閉じた。

 そしてデュラハンが私に囁いた。


「素晴らしきカイル君と俺達は情報を交換し合うべきだ。」


 私が、そうね、と言う前にデュラハンは私の唇をツンと指先で触れた。

 まるで了解のキスをしたみたいに。

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