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お友達のしるし

 私がモーリーンの笑顔から連想した少女、それは、黄金虫の死骸と人の奥歯らしきものが入ったサシェを私に届けに来た、ティナ・シェオールだ。

 そして、私はティナの姿が食堂に無い事で、彼女こそ女王蜂だったのかと悲しく思っていたところでもある。


 だって、ティナが私に向けた微笑みは無邪気なものにしか見えず、私は彼女から悪意など全く感じなかったのだから。

 あんなにも素敵な彼女とお友達になれたと私は胸がいっぱいになり、これ以上ないぐらいに嬉しかったのよ。


 でも、あの出会いこそ、彼女による私への虐めだったのであろうか。

 実際に、ミツバチに襲われたよりも、彼女が私に敵意しかなかったと認める事こそ辛いもの。


 私の肩に大きな手の平が乗った。

 モーリーンが私の向かいの椅子に座った事で、デュラハンが私を守るために私の真後ろに移動してきたのだが、彼が守りたいのは私の心こそ、のような気がした。

 ひんやりと冷たさしか感じない亡霊の手であろうと、彼は私を慰めたいという気持だけで私の肩に手を乗せているのだ。


「デュラハン。ありがとう。」


「礼は早いぞ。俺はさらに君を落ち込ませる事を言いそうだ。」


「何でも言って。」


「そうか。今日の事件で寝込んだ生徒は食堂には来ていない。君のティナはもしかしたら、繊細なだけかもしれない、という指摘だ。」


「それがどうして落ち込むことになるの?」


「俺のその指摘が間違っていた場合、君は一度は彼女が敵だと納得したのに俺が君に再び希望を与えた上で再びぺしゃんこに落ち込ませる事になるからな。」


「デュラハン、たら。」


 私はデュラハンのお陰で自分を取り戻せた気がした。

 間抜けだと人に思われるだけかもしれないが、私は出来る限り人を信じたい自分でいたい、そんな自分を取り戻せたのだ。

 だからは私は目の前の少女に再び向き直れた。


 私と話したかったと言ってくれた、キャサリン達がいた時でさえ私と接触してくれた勇気ある少女、モーリーンに。


 ところが、モーリーンはほんの少し前と雰囲気が変わっていた。

 暗い陰りを纏っていたのである。


「ハーパー様。何か悩み事が?」


 モーリーンは真面目な顔を私に向けながら、ドレスのポケットから何かを取り出して両手で隠すようにして私の目の前にそっと差し出した。

 彼女が手を開いて見せたそれは、私も見覚えのあるサシェだった。


「クーデリカ様。これはあなたからでしたかしら?」


「い、いいえ。どうして私からだと?」


「そう。気を悪くなさらないでね。今朝、寮生全員に配られましたの。だから、ええ、あなたがご自分の快気祝いを込めて皆に配られたのかと思いましたので。ほら、入寮する時や休暇帰りには、互いにお菓子や小物を配り合うものでしょう?だから、何も知らないあなたがこれを皆に配ってしまったのかしらって。」


 モーリーンがポケットに再び小袋を片付ける動作を微笑みを崩さない顔で眺めながら、私はここで自分の大失敗に気が付いたとかなり焦っていた。


 私は寮生になった時、誰にも何も配らなかった。

 お菓子の一つも配っていなかった。

 これではこの学園にキャサリン達がいなくとも、常識がなかった私は寮生達の輪の中に入れてもらえなかったに違いない。


「ああ気が付かなかった。ハーパー様。今からご挨拶の品を皆様に贈ってもよろしいものかしら。」


「名前でよろしくてよ。クーデリカ様。」


「わ、私にこそ名前でよろしくてよ。ああ、父に言って贈り物に良い品を急いで取り寄せてもらわなければ。どのぐらいのものを皆様はお配りなさるの?」


 モーリーンは私の動揺にほんの少し顔を綻ばせた。

 それから母がするような言い方で私に返した。


「気負うものではございません。お忘れになって。」


「あら、忘れるなんてできませんわ。」


「ですから、大層なものでなくてよろしいのよ。また町に出られる事になった時に、お土産としてクッキーかキャンディを皆様にお配りされる程度でいいの。」


「ええ!早速そうします!今度の休みに町にお菓子を買いに参りますわ。ああ、至らない私にご親切に教えて下さるなんて、本当にあなたはお優しい方ね。」


 モーリーンはにっこりと微笑んだ。

 そして彼女はほんの少しだけ私の方に身を乗り出すと、母が私に注意事をする時のようにして声を潜めて囁いた。


「くれぐれも、サシェ、匂い袋だけは配っちゃ駄目よ。」


「ど、どうしてですの?」


 私は彼女の台詞に驚きながら、彼女のようにして囁き声で彼女に聞き返した。

 すると彼女は周囲を目線だけでさっと窺ってから、大事な内緒ごとを私の耳に落とし込んだのである。


「匂い袋はキャサリン達が仲間の印として配ったものですの。」


「そ、それが、あの?」


「今日はみんながバラの香り。あら、一人だけ香りが違う?昨日までの匂いになりましたの?ではあの方はお友達では無くなりましたのね。」


 私は口元に手を当てて、ひゅっと息を呑んでいた。

 キャサリン達はそういう風にして虐めの標的を全員に教えていたのか。

 モーリーンは椅子に座り直して、大きく溜息を吐いた。


「だから私達は匂い袋には敏感なの。それなのに。」


「今朝、みんなの部屋に配られたと言う事ですね。」


「ええ。キャサリン達はいなくなったのに、一体誰がこんなことをしたのかしらって、私達は疑心暗鬼になっているのよ。疑ってごめんなさいね。」


「い、いいえ!」


「そうだ。あなたも受け取られて?」


「え、ええ。」


「あなたはどなたから受け取られましたの?」


 私はティナの名を口に出せなかった。

 もしかして、あのサシェの意味を知っていたから、私に手渡してくれたのかしらって急に思ったのだ。

 私がみんなと同じものを持っていれば、私が虐められないって思われた?と。


「ああ、でも、あの方こそ虐められてしまうかも、ですわ。」


「どうなさったの?どなたからでしたの?」


 モーリーンは両目を期待で輝かせた。

 モーリーンは第二のキャサリンの存在に脅えているのであり、サシェを配った人物を特定できれば恐怖が消えると考えているからだ。

 そこまで私は分かっているのに、私はモーリーンにティナの名を言えなかった。


「状況がはっきりしていない今だ。馬鹿正直に真実を語る必要も無い。」


 デュラハンが私の耳に囁いた。

 私は彼の言葉にほっと息をつき、少し頭が冷静になった。

 混乱から覚めたことで、ティナが面倒にならないように彼女の名前を伝える事はできないが、モーリーンには出来る限り誠実に答えようと考えることができた。


「どなたでしたの?プルーデンス様?」


「ごめんなさい。私は皆様のお名前をしっかり覚えておりませんの。組み分けで別になられている方々はお顔さえもぼんやりで。でも、この食堂には今晩はいらしていないのはわかります。私にサシェを渡してくださった方は、とても可愛い方でしたわ。菫色の瞳に薄茶色の真っ直ぐな髪をされた綺麗な方でした。」


「真っ直ぐな薄茶色の髪?菫色の瞳?」


「え、ええ。」


 モーリーンは血の気を失った顔となり、両手で口元を押さえた。

 まるで幽霊を見てしまったような。


「モーリーン様?」


「な、何でも。き、急に気分が。ごめんあそばせね。」


 彼女は立ち上がると、逃げ出すようにして駆け出して行った。

 そしてモーリーンが消えたすぐ後に、私の上に影が落ちた。

 赤みがかった茶色の髪と、焦げ茶色の髪をした少女の二人組だった。

 二人は親友だという風に腕を組んでおり、たったままの彼女達は私を蔑むような目で見下ろしている。


「あの、何か?」


「ひどい方ね。モーリーンが未だに親友の死を嘆いていることを知っていて。」

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