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女王蜂の羽音が聞こえる

 私の部屋の戸口から少女の声が私を呼んでいる。

 コンコンと、口でノックの音を立てているだけだが、それは私に彼女が私を訪問して来たからこの部屋のドアを開けろと言っているものだ。

 一週間前だったら何も考えずに開けに走り、そして、デュラハンに考え無しって叱られていたかもしれない。


 いいえ、一週間前だったら、女王蜂なんて存在を知らなかった。

 デュラハンこそ私にお友達が出来た事を喜び、さっさとドアを開けてやれ、なんて言って私のお尻を叩いただろう。


「来客だね。早くドアを開けてさし上げて、プル。」


 デュラハンがいなくとも私のお尻を叩く人がいた。

 カイルは狩りの前の猫みたいに瞳を輝かせている。


「あなた、賢い頭のお休みはどうしたの?」


「充分お休みしました。僕は大丈夫です。僕はあなたの敵の顔と名前を全部覚えにここに来たのですから仕事をしなければ。」


「え、ええ?」


「プル、ダニエル達に頼まれたようにあなたが本気で囮になんかならなくてもいいですよ。この学園にいる間に女王蜂が何の動きを見せなくとも、女王蜂を逃した事にはなりません。僕がもう捕まえてしまったも同然ですから。」


「カイルったら。お化けに脅えていたあなたに会いたいわ。」


 カイルは私の返答が望んでいたものじゃ無かったようで、普通の子供のようにぷくっと頬を膨らました。


「なんて可愛いの!」


「お取込み中かしら?」


 あ、忘れていたわ。

 私は慌て声をあげた。


「今行きますわ。」


 私はベッドから起き上がると駆けるようにして戸口に向かい、それでも淑女らしくドアはゆっくりと開けた。

 あの夜のキャサリン達にも、私はこうしてドアを開けた。

 あの夜の出だしでは、私は期待に胸を膨らませていたのだわ。

 虚しく思い返しながら、私は来訪者を見つめた。


 真っ直ぐな髪は金色に輝くが、実際は金髪にはなり切れていない薄茶色だ。

 でもとっても艶やかで、とてもきれいな色合いでもある。

 私を見つめる目は菫色で、彼女はとっても可愛らしかった。


 こんな子はいたかしら?


 彼女は一歩後ろに下がり、彼女に魅了された私は一歩前に出てしまった。


 パタン。


 戸口から出る時に私の手がドアを閉めていたのだ。

 そのため、誰もいない寮の廊下には私と彼女だけとなった。


 あの夜と違い、寮の廊下は明るかった。

 少女は日の光を受けて、輪郭を金色に輝かせていた。

 何て綺麗な子なんだろう。

 彼女はさらに笑顔を大きくした。


「ハイ。お帰りなさい。いいえ違うわね。新入りさん、いらっしゃい。これからよろしくお願いしますわね。」


 彼女は私に対して両手を捧げ持ったが、その手の中にはリボンが付いている可愛らしいサシェが転がっている。


「お近づきの印だわ。あなたはお好きかしら?クチナシの花の香りは。」


 彼女はサシェを私に差し出し、私はとても甘くて良い香りのするそれをありがたく受け取った。


「なんていい香りなのかしら。ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いいたしますわね。」


 彼女ははにかんだような笑みを見せ、良かったわ、と呟いた。


「よかった?」


「ええ。何があったか存じませんけれど、キャサリン達があなたに酷い事をしたのは聞いているわ。それで放校処分になってしまった事も。でも、あの怖い方々がいなくなって、ええ、私達はようやく呼吸ができるみたいと喜んでいるの。」


 彼女はそういうと、自分のドレスの裾を掴んで優雅にお辞儀をしてきた。


「ティナ・シェオールと申します。」


 私も慌てながら彼女にお辞儀を返した。

 自分の動作がなんとぎこちないものだろうと、恥ずかしいと思いながら。


「プルーデンス・クーデリカですわ。よろしくお願いいたしますわね。」


 ティナは嬉しそうに微笑んだ。

 私もきっと同じような笑顔を彼女に返しているだろう。

 そうよね、今までいじめをしていたキャサリン達が怖くて、自分こそ虐められないようにと振舞っていたのだもの。

 私とは会話するなって、きっとキャサリン達が命令していたに違いないはずだからこそ、彼女は私とようやく話せるからと声をかけに来てくれたのだろう。


「ねえ、せっかくだから午後の授業はいらっしゃいな。ローザ先生は昨日から体調を崩されてお休みですの。自習ですわ。みんなでお喋りし合いましょうよ。」


「まあ!素敵ね。ええ、すぐに参りますわ。」


「まあ!素敵。私は先に参りまして、あなたがいらっしゃるって事を皆に伝えますわね。きっとみんな大喜びよ。」


 ティナは足取り軽く私の部屋の前から去っていき、私は甘い香りのするサシェを胸に抱きながら部屋に戻った。

 サシェを胸に抱きながら閉めたばかりのドアに寄りかかり、私は同年代の女の子の友人が出来たと嬉しくなって溜息を吐いた。


「ああ、素敵だわ。」


「最悪だよ、プル。あなたはどうして人を疑うって機能が仕事しないの?」


 先程までお化けに脅えていたカイルが、腰に両手を当てた姿で偉そうに顎をあげて私を睨みつけていた。


「怒り顔でどうしたの?」


「どうしたのじゃありません!僕を締め出すなんて!僕の目が無い所であなたに何かあったらどうするの!」


「あ、ごめんなさい。でもね、凄くいい子だったわよ。贈り物を持って来て下さっただけの人。それから、ええと、これからお喋りをしましょうって私を誘って下さったの。」


 私がサシェをカイルに見せつけると、カイルは傲慢そうな顔で私に右手をさし伸ばした。


「カイル?」


「ここではジェニファーと。それからその匂い袋は没収です。」


「ええ!でも!」


「我儘は許しません。わたくしはあなたのお母様の実家の子爵家、エインズワースの者です。格下のあなたはわたくしの下僕として何でも言うことを聞かねばなりませんの。」


「え、ええ!そういう設定なの?」


「そうでもしないとあなたは勝手に動くし、誰彼構わず何でも貰っちゃうって今わかりました。それって、守る方からすればすっごく面倒で困る行為です。が、お姉さまの性格上、絶対禁止には出来ないでしょう。だから僕があなたを束縛して、あなたの持ち物を何でも没収できる設定に今替えました。人前ではあなたは僕を敬う侍女みたいな振る舞いをお願いします。」


「え、ええと。」


 カイルは返答に困った私に対してニコッと笑い、彼の言葉通りに私の手からサシェを奪った。

 そして、彼はライティングデスクへと歩いて行き、私も彼について行った。

 私が彼の動作を見守ってると、彼はポケットから白い大き目のハンカチを取り出して机の上に敷き、次いで小型のナイフを取り出した。


「待って、カイル!」


 ざしゅん。


 カイルが敷いた布上にサシェの中身が散らばった。

 私はサシェの中身から視線が動かせなくなった。


 香りづけされたポプリだけでなく、虹色に輝く黄金虫の死骸と、人の骨らしきもの、顎の骨の欠片付きの奥歯が一本出てきたのだ。


「どういう、ああ、どういう意味なのかしら、これは。」


「人殺しの証拠、とでも言ってあなたを弾劾する小道具かな。今夜は初日なのにソーンへの報告が山のように出来そうです。」


「あなたはソーンさんとどうやってお会いになるつもり?女の子の格好をしたあなたでは簡単にお外には出られませんわよ?」


 カイルはサシェだった布切れも落とすとハンカチを縛って小袋にした。

 それから、折り畳みの小さなナイフをドレスのポケットに片付けて、その代わりのようにして紙切れを取り出した。

 そしてその紙を私の顔の前にぴらっと差し出したのだ。


「彼は軍人です。潜入捜査はお手のもの。そうでしょう。」


 私はメモから目が離せなくなった。

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