僕はもうすぐ死ぬかもしれない
私は疑問が急に湧いていた。
だって、私が怪我をした事は聞かされていても、キャサリン達の顛末について弟達が知るはずなど無いのである。
そう、父でさえダニエルから詳細を聞かされてはいないようだったじゃない?
そこで私はカイルに尋ねていたのだ。
あなた方が昨日ローザを捕まえられたのは、悪戯の偶然的結果よね、と。
カイルは肩を竦めて見せた後、自分のベッドに飛び乗るように腰を下ろした。
それから、ぱたんとベッドに仰向けになった。
「カイル?」
「僕は賢すぎて頭がおかしくなったかもしれません。よく言うでしょう?天才は早死にするって。」
私は笑いながら、大人びたセリフばかりの子供の横に腰を下ろした。
そして、ドレスの上から彼の膝を軽く叩いた。
「あなたのはそっちじゃなくて、好奇心は猫をも殺す、の方だと思うわよ。」
「ハハハ。そっちで僕は死ぬ気はありませんね。好奇心は大事です。そして、好奇心を満たすために冒険する時は、僕は常に万全の注意を払います。知りたい事を知って無事に家に戻って来るまでが冒険だって言うでしょう?」
「冒険じゃ無くって、ピクニック程度にして欲しいわね。」
「ピクニックだって冒険ですよ。いいえ、忍耐力を計る競技かな。いやいや、大人が望む子供を演じなければいけないお芝居の場、かもしれない。」
私はカイルがしたようにしてベッドに仰向けに転がると、兄として毎日頑張ってるであろう子供を自分に引き寄せて抱き締めた。
彼は嬉しそうに私に抱きつき返したが、いつもよりも私を抱き返す力が強すぎないかと気が付き、私は急に不安になった。
冗談ではなく、この子は本当に大きな不安を抱えているのでは、と。
「おっしゃりなさいな。あなたの不安事。いいえ、言いなさい。吐き出さなければ怒りますよ。お姉さまにもあなたの重荷をくださいな。」
「でも、お姉さまは怖い話は嫌いだし。」
「今はお化けが大好きで、お化けに会いたいくらいなのよ。だから大丈夫。」
私は赤ん坊みたいになったカイルをさらに自分に引き寄せて抱き締め、彼の小さくて可愛い頭を、彼がもっと幼い頃にしてあげた様にして撫でた。
「何でも言って。私はあなたのお話が大好きなのよ。」
私の腕の中でカイルは珍しく唾をごくんと飲む音をさせ、さらに気持を奮い立たせるみたいな深呼吸をしたではないか。
私は彼の頭を撫でていた手を頭を抱えるようにして彼の頭を支え、彼が少しでも落ち着く様にと彼の頭のてっぺんにキスをした。
「ここに弟達がいなくて良かった。こんな姿は弟達には見せられない。」
「いても甘えたい時はいらっしゃい。あなたは頑張り過ぎよ。あなたを真似して双子やフェリクスが私に頼らなくなったら悲しいわ。あなた方のお姉さまでいたい私の為に、あなたはいつでも私に甘えるの。いいわね。」
「お姉さまったら。では、では言いますよ。覚悟して下さいね。」
「いいわよ。さあ聞きますわよ。」
「あの。」
ところがカイルはそこで黙ってしまった。
こんなことは一度だって無い。
私は彼が抱えている苦しみがそんなにも大きいのかと脅え、こんな小さい子供の悩みを少しでも吸い込めるようにと、彼のこめかみにキスをした。
彼はくすぐったいとほんの少し体を縮め、だが、ほんの少しだけ笑った。
「カイル。」
「姉さま、あの、僕は聞こえるはずのない声を聴いたのです。」
「え?」
「お化けがね、僕に囁いたんですよ。あの女を捕まえろって。男の人の声でした。僕の周りには弟達しかいなかった。犬の散歩に付いて来た下男とは違う声だった。ええ、僕はとうとう幻聴を聞いたのです。僕の賢すぎる頭が不調を起こしたんです。だから僕はもう長くないんだ。」
私は弟をさらに抱きしめた。
弟を慰めたいからじゃない。
デュラハンのよすがを見つけたからだ。
彼はいる。
私を見守っているに違いない。
そうよ、彼は本物の男だもの!
「プル?慰めてくれないの?」
不貞腐れた様なカイルの声。
私は笑いながら彼の額や頬にキスをした後に、彼の告白のお陰で自然に自分の顔に浮かんだ微笑みを彼に向けた。
「あなたが聞いたのはお化けの言葉で、あなたの頭は、全く、これっぽっちも、おかしくなんてなっていないわ。あなたはずっと元気なままよ。」
「ちぃ。」
私は彼が望むように慰めて元気づけたつもりだったが、腕の中のカイルは私に感謝するどころか、子供にはあるまじき舌打ちをしたではないか。
「あなた?」
私の胸に再び顔を埋めてしまったカイルを見つめた。
しばらく彼は動きを止めてじっとしていたが、私に見続けられることに降伏したようにして私の胸元から顔を上げた。
「違います。」
まあ!
これ以上ないぐらいに悔しそうな顔をしているわ。
なんて子供っぽい顔付なんだろう、と彼への愛おしさは増すばかりだ。
「何が違うの?」
「正しい慰め方は、僕の頭がおかしくなった、です。お化けなんて非科学的な存在、そんなものなどありはしない。そうでしょう、お姉さま。」
私は再び強くカイルを抱き締めた。
そして、可愛い子供だったカイルの頭に頬ずりしながら、カイルが望んでいる言葉を彼に掛けてあげた。
「頭を使い過ぎで疲れちゃっただけね。誰にでもよくあることだわ。絶対に死にはしません。あなたは私と二人きりの時は頭をお休みにしてあげなさいな。」
「……もうお化けの声は聞こえない?」
「私が聞くから大丈夫。いいえ、あなたに話しかけてきたら、プルに言えって、言い返して差し上げて。ええ、私こそ彼の声を聞きたいからお願いね。」
最後は涙声に近くなっていた。
いるのなら話して。
私の気持が読めるなら、お願いだから私を慰めて。
あなたの声が聞きたいわ。
「こんこん。」
口でノックの音を掛けてきた声は、普通に寮生のものであった。
私とカイルは目線を交わし合った。
まあ!
あれほどお化けに脅えていた子が、生身の敵の存在に対しては目を輝かせて期待した顔を見せるなんて。




