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久しぶりの寮の部屋と昨日の顛末

 カイルは女装するに際し、カツラなど被らなかった。

 金色の巻き毛が短くとも、ローズ色のリボンを飾れば全くおかしくはないと言い張ったのである。

 だが、実際に頭にリボンを飾りローズ色のドレスを着た彼の姿は、私が幼い頃の十倍は可愛いだろう美少女以外の何者でもなかった。


 さて、息子を止めるべき父は、カイルに嫌われたくない一心なのか、カイルの望むままに必要な色々を用意した。

 そしてカイルは父が作ってくれた書類と荷物を手に取って、意気揚々と学園の中に入り込んでしまったのである。


 もちろんカイルが寝泊まりする部屋は私の寮室である。

 ルームメイトのいない私の部屋にあった誰も使用しない木枠だけだったベッドには、寮の使用人達の手によってマットも布団も乗ってる姿に変わっていた。


 デュラハンがこのベッドに転がって私を待っていて、お帰り、なんて私に言うわけ無いわよね。

 期待した私が馬鹿だっただけよ。


「お姉さま、難しいお顔をなさっていますよ。僕と同室は嫌でしたか。実は煩い僕達ととっても離れたかった?」


「そんな訳無いでしょう。まだ八歳のあなたを危険に引き込んでしまったと後悔しているだけよ。私の自己満足に付き合ってくれてありがとう。」


「いえいえ。僕は誇らしいですよ。危険があるとわかっていながら運命に立ち向かい、か弱き羊を守るために己が生贄になろうと志願する。最高です。」


 胸に両手を組んで夢見がちにカイルは語り、彼こそ危険を楽しむために私に付いて来たと知って背中に怖気が走った。


 カイル達が引っ掛けた美女は、学園の教師であるローザだった。

 地味な格好ばかりの彼女からは想像できないが、彼女は派手なドレスを着て、いかにも朝帰りの酒場の女の様にヨタヨタと道を歩いていたというのだから驚くばかりだ。


 カイルはそんな不審な彼女に目を止めて、仔犬を仕掛けて転がせて、彼女を侯爵家に連れ込んでしまったというから恐ろしい。


 もちろん、子供だけでそんなことができるはずもない。

 影の見守り人、ソーンという人物の介入もある。

 彼がカイルとローザのやり取りに分け入って、彼が彼女を侯爵家に腕力で引き摺って来たが正しい。


 ダニエルがとっても嫌そうな顔をして席を立ったのは、この出来事を執事から聞かされたからであったのだ。


「ソーン様が我らの共通の敵を捕獲したと閣下にお伝え願いたいと。これから尋問をなされるそうで、その立ち合いを求められております。」


 私やセリーナを襲わせるための男達を如何わしい酒場で雇っていた赤毛の女は、カツラを被って変装したローザであったのだ。

 ただし、ジョアンナ達の事件で彼女はその赤毛のカツラを捨てていた。


 それでカイルが見つけた時はローザは赤毛では無かったのだが、弟とローザの間に分け入ったソーンが自分を雇った美女がこの顔であったと気がついた。

 そこに気が付けば、ローザは彼の妹の仇でしかない。

 絶対に逃すはずなどない。


 そして捕らえられたローザは悪びれるどころか、学園には自分の薫陶を受けた教え子がまだいるとダニエル達に笑ったというのである。


「綺麗なだけで後ろ盾も無い女は、男達の慰み者になるだけよ。だから私は教育をしてあげていたの。己こそ全てを喰らえるように。ええ、私の学園を壊しなさいな。私の教え子達は女王蜂の候補生なのよ。どこの寄宿舎に行っても、いいえ、社交界に放たれれば、思い上がった者達に鉄槌を下すでしょうよ。」


 思い上がった者達に鉄槌とはつまり、キャサリン達が私にしたようにして、自分よりも幸せになった人に対して罠に嵌めて酷い目に遭わせるということか。

 そんな事をする人達があの学園にはまだいるって、彼女は言っているのだ。

 恐ろしいばかりの話である。


 では、彼女達を更生させる?

 どうやって?

 まだ罪を犯していない人達であるのよ。


 だからダニエルは私にローザの言葉を知らせまいとしたのだが、彼女達によって第二のセリーナが出来る事に彼は思い当たってしまった。

 その第二のセリーナが私になる可能性こそ大きいと。


 何も知らない私がかっての学友に声をかけられる。

 そして私は華やかなパーティ会場から連れ出され、連れ込まれた暗がりにて口には出せないだろう目に遭うのだ。

 そう、あの夜に私が塀の外に追い出されたようにして、私が再び酷い目に遭うに違いないとダニエルは想像されたのだろう。


 ではどうするか。


「スズメバチの巣は見つけたら駆除するものです。女王蜂どころか成虫から卵まで全部、跡形もなく焼き捨てるものです。」


 妹を殺されたソーンの進言である。


「どんな罪状で少女達を捕まえるんだ?それなりの家の親達に、何と言って娘の更生を進言しろというのだ?」


 いくら侯爵のダニエルでも、十三歳から十六歳の四十二人、今はキャサリン達がいないから三十九人の少女達全員を、まだしてもいない罪で牢屋に送るなんてできはしないだろう。

 また、ローザの話では、全員が全員女王蜂になる訳ではないらしい。


「働きバチを使えてこそ女王よ。キャサリン達こそ働きバチだと思われませんでしたの?あの子達はとっても働き者でしたではないですか。」


 そのローザの一言で、ソーンは完全に切れたらしい。

 彼はローザに殴りかかり、そんな彼をダニエルが必死に抑えることになった。


「あなたは女王蜂をおめおめ逃がすのですか?」


「この女は君に殴られる事こそ望んでいる。君に暴行を受けたと告発する気だ。」


「妹の復讐が出来るなら牢獄など怖くありません。放してください。俺にこの女を潰させてください。どの娘が女王蜂なのか全部吐かせます。そうでないと、ええ!確実に最初の生贄はクーデリカ嬢ですよ。あなたの婚約発表のパーティにて、あなたに恋い焦がれた女達に、よってたかって殺されますよ、きっとね!」


 ダニエルに羽交い絞めにされても、ソーンの激高は収まることなどない。

 ソーンはそもそも、妹の復讐のために職を捨て自宅さえも処分してしまった男であるのだ。

 そこでダニエルは友人となった男性を抑えながら、自分が決断するしかないと覚悟を決めたのだ。


 つまり、物凄く嫌々ながらの様子で私に事のあらましを伝えた上で、私にも決断を委ねたという事である。

 私がダニエルから求められた決断とは、私が学院の蜂を目覚めさせる囮になっても良いのか、というものだ。


 私は、いいわ、と答えていた。

 私にしか出来ないことだという正義感ではなく、きっとデュラハンが守ってくれる、そんな淡い期待を胸に抱いてのものだった。


 恋をした人に再会したいだけで、私は馬鹿な行動をしているわ。

 八歳の弟を巻き込んで何をしているのかしら。

 私は弟の金色の頭を見下ろしたが、そこで急に頭に違和感が思い浮かんだ。


「ねえ、あなた。ローザが悪い人って、あなたは分かっていなかったわよね。あなたが自分で言った通り、単にダニエルを揶揄いたいだけで綺麗な人に犬を仕掛けたのよね?」

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