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大事な忘れ物と私のこれから

 ダニエルは私にピアノを教えてあげると申し出てくれた。

 でも、私は彼にありがとうと答えたが、お願いとは言えなかった。


「俺が君を仕込むんだ。」


 ダニエルの申し出によってデュラハンの囁きが蘇り、私がデュラハンとのひと時を思い出してしまったからだ。


「俺の好きな曲を君が俺の為に弾く。それは最高に素敵な出来事だ。」


 デュラハンが私の耳元で甘く囁きながら、私の背中にデュラハンは覆い被さるようにして私の背後からピアノの鍵盤を叩いた。

 私は彼の後を追うようにして硬い指先を動かす。

 だが、私の指は硬くて思い通りに動かなくて、私はどんどんと苛立ちが募る。

 すると、私の手の甲に彼の冷たい手の平が優しく乗るのだ。


「君が焦る必要なんてない。俺が君を解す。バージンへの手ほどきこそ楽しい事は無いんだよ、可愛い君。」


 ああ、デュラハン。

 実際に彼からピアノを教えて貰えたのは、三夜だけしかなかった。

 自然史博物館に行くのをあと一週間延ばしていれば、もっと彼との時間が手に入っていただろうに。

 私はダニエルの申し出に対して首を横に振っていた。

 デュラハンとの思い出を振り払いたくないから、ゆっくりと。


「プルーデンス?」


「ピアノ講師には手遅れって言われましたの。それを思い出してしまうので、あの、お母様以外の人の前では恥ずかしくって弾けないわ。」


「そ、そんな酷いことを言った講師こそ呼びなさい。私が叱りつけてやる!」


 また私の失言だわ。

 ダニエルが幸せのライオンから怒りのライオンに変わってしまった。

 赤味がかって輝く金髪は、彼が怒りの炎を纏っているように見える。


「ああ、あの、いいの、大丈夫ですわ。あの、もう少し上手になってから。ええとそうしたら恥ずかしくないから、お、教えていただきたいわ。」


 ダニエルは私の言葉にほっとしたような顔をして、いいえ、物凄く嬉しそうな笑顔になった。

 その代わり、ダニエルへの申し訳なさで、私の胸はきゅっと締め付けられた。

 こんなに優しい人を騙している。

 こんなにも私を大事にしてくれる人なのに、私こそ彼を大事にしていない。


「君の好きな曲が聞けるのは楽しみだ。」


 胸がズキンと痛んだ。

 私が弾こうとしているのは、デュラハンの好きな曲だわ。

 私の為に彼が簡単な曲になるように楽譜を書いて、楽譜を読めない私に楽譜の読み方も教えてくれたのだった、……あ。

 私は慌てて顔を上げていた。

 そして、無作法にも食事の席で大声を上げていた。


「寮に大事な楽譜を置いたままだったわ!私は寮に戻ります!」


「私は君を学園に戻したくはないぞ。」


「あ、ああ。ダニエルの言う通りだ。君の怪我が治り次第、私は君を連れて首都に戻るつもりだよ。勉強だったら家庭教師をつけてあげるから。」


 私は言葉を詰まらせていた。

 デュラハンに出会う前ならば、仲間外れでしかなかった学園から自宅に帰る事に賛成ばかりであっただろう。


 けれど、デュラハンに私は出会ってしまった。


 私の部屋はデュラハンとの思い出の場所となったし、学園のそこかしこでデュラハンと過ごした記憶が残るのだ。

 私が作ったドラグーンのお墓だって。

 あそこを立ち去るなんてできやしない。


「いいえ。良い先生もいたわ。お友達になれそうな子もいたもの。何よりも首都に近くて弟達が遊びに来れるわ。私はあの学園がいいの。」


「だけど、君は怖い思いを!」


 ダニエルはその続きを言えなくなった。

 その続きでは、私が夜に寮から追い出された事を両親に教える事になるだろうし、その事実を知った父や母がどれほどの心痛を受けるかニエルはきっと考えたのだろう。

 彼は本当に優しくて公正な方だ。

 その事実を突きつけたならば、父も母も私をすぐにでもダニエルに嫁入りさせようとするだろうに。


「プルーデンス?私はあなたの気持がわかります。同じ年の女の子達と語らえる希少な体験ですもの。それを続けたい気持ちはわかります。」


「お母様!」


 私が語らいたいのは物凄く年上の男性ですが、私の学園を離れがたい気持ちを分かって下さってありがとう。

 私の味方となった母は私に柔らく微笑むと、カイルみたいに私をどん底に突き落とす言葉を言い放った。


「でもね、学校はいくらでも変える事が出来るのよ?そこはお止めなさいな。これからって事は、まだお友達もいないのでしょう?大丈夫よ。」


「ひどいわ、お母様ったら。」


「あの、セイラ?そんな言い方はプルーデンスが可哀想かと。」


 母に慣れている父は母の言葉を聞き流したが、母に慣れていないダニエルは私の為におずおずとだが、私を庇ってくれた。

 おずおずなのは、我が家の頂点が母だと彼も気が付いたからね。

 そして、美しき女王様は、侯爵様による御諫めも気に掛けてはいなかった。


「ほら、こんなにお優しい方を心配させるものではありませんわよ、プルーデンス。でも、学園を退学するならば、一度はお家に帰らなければいけませんわね。お父様だっていつまでもお仕事をお休みできませんもの。明日には首都に発ちましょう。」


 今日中に、と言わないのが我が母の凄い所だ。

 明日までに弟達に犬を諦めさせるか、犬を自宅に連れて帰った場合の対処法を考えろと、父に一日という猶予を与えたのだ。


 自分では立ち向かわない、さすが、母。


「いえ、そんな急には!ええ、プルーデンスの気持を一番に考えましょう!」


「そうだ、セイラ。私はもう少しこちらに時間を取れるぞ。こちらにも支店はあるし、ここからでも十分に私は働ける。」


 実際にリーブに来てからも支店に通って仕事を続けていた父と、日がな一日私の相手をしようとして弟達の相手ばかりをしていたダニエルが異を唱えた。

 ダニエルは私が首都に戻ればまた父に追い払われると考えているのかもしれないからだろうが、父は純粋に犬と離れ離れにされた時の息子達からの報復が怖いのだろうと私は考えた。


 双子もフェリクスも怖くはないが、弟達の為に動くカイルという魔王がいる。

 でも、この流れでは私が学園に残れそうでもある。

 学園に戻ったら、私が大変な時には助けてくれるわよね。

 ねえ、デュラハン。

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