汝、我と契約すべし
月が無い夜は星が綺麗に瞬いているが、追い込まれた人間に救いを与える光には程遠い。
いいえ、暗くて相手の顔もよくわからなくて良かったと思うべきかしら。
私を囲んで来た六人の男達、その誰もの衣服がみすぼらしくてとっても臭いのは、彼らが家が無い人達であるからだろう。
私は脅えながら固まるしかなかった。
だって囲まれているのだもの。
男達がいる前にも後ろにも動けない。
「先月も可愛い子が追い出されたよな。」
「おっかない学校だよな。可哀想にお嬢ちゃん。俺達が慰めてあげようか?」
「そうそう。抵抗したら先月の子みたいに、気が付いたら死んじゃってた、なんてことになっちゃうもんねえ。」
「死体でも突っ込めりゃ大丈夫だからね。」
「具合は死ぬ寸前がいいだろうが。簡単に殺すなよ、今度はさあ。」
私は自分の体を守るようにして両腕を胸元に交差させた。
男達はそんな私の脅えた振る舞いが楽しかったのか、一斉に下卑た笑い声をあげ、そのうちの一人が私に向かって一歩踏み出してもきた。
「こ、こないで。」
「お利口さんにしてりゃあ、あんまり酷い事はしねえよ。」
もうだめだ。
汚されるぐらいならばと死を覚悟した私は舌を噛み切ろうとしたが、その瞬間に家族の顔が頭に浮かんだ。
だけど、それが私を助けた。
お風呂上がりにタオルを広げる私や母から逃げてしまう悪鬼ども、私の大事な弟達の行動を思い出したからである。
タオルに飛び込むふりをして、相手が気を緩めたそこで逃げる。
私は逃げるどころか私に向かって来た男性に向かって一歩踏み出し、私が向かってきたことで判断を失った男の動きが止まったそこで、身を屈めるや、弾丸のようにして男が一歩踏み出したために開いた男達の穴から飛び出した。
男達の囲いから逃げ出せたのだ。
走れ!
とにかく走れ、森に逃げろ。
頭の中で誰かの声が響いた気がした。
しっかりした声は、私を次の行動へと移させた。
そうね、身を隠せる森に逃げるべきね。
私は学園の塀の周りを走るのではなく、森の中そのものへと向かっていた。
隠れる場所が沢山ある、そこに向かって。
「ひゃははは。生きがいいなあ。」
「めっちゃ可愛かったぞ。俺が最初だ。」
真っ暗な森の中をひたすら走る私の耳には、私を追いかけてきている男達の足音が虚しく響いた。
振り払うどころか近づく一方だ。
叫びたいほど怖いが、叫んだら自分の位置を知らせるだけ。
誰か助けて!
走れ!
「はい!」
反射的に頭の中の声に返事を返していた。
私はおかしくなっているかもしれない。
だけど、頭の中に聞こえる声こそ最後の頼みの綱のような気がしていて、とにかく私は声の通りにひたすらに走った。
私は走って、走った。
だけど、息は切れて喉は痛みを感じるぐらいとなり、足も重くなった。
そして、そんな体になった私に終止符を打つようにして、私は大きく転んだ。
木の根っこに足を引っかけ、私は大きく転んだのだ。
深い森は日が当たらないのかしめっぽく、転んでも痛くなかった代りに、私は底なし沼に嵌ったような感じだった。
ずぶずぶと体が地面に沈んでいく。
沈んでいく?
いやだ、これは本物の底なし沼じゃないの?
自分が底なし沼に嵌ったというイメージは、私を完全に恐怖に落とし込んだ。
今まで理性で押さえていた悲鳴が口から迸った。
「助けてええ!何でもするから助けてええ!」
「ひゃははは。元から何でもしてもらうつもりだあよ。」
「泥まみれじゃ洗ってやってからかよ。一緒に水浴びもしようかあ?」
「先に突っ込んでからな。あそこは俺達よかきれいだろ。」
「まだな。ひひひ。」
男達は卑猥な声をあげながら、ざかざかと足音を大きく立てながら、私の周りを囲んだ。
これは悪夢に違いない。
だって、彼らは全く沈んでいない。
私は沈んでいっているのに。
男達、全員で六人のならず者達は私に一斉に手を伸ばした。
「いやああああ。」
私は体を丸めた。
すると、すとんとさらに沈んだ。
私は完全に泥の中に全身をめり込ませていて、男達の手は私を掴み損ねた。
私は泥の中で叫んでいた。
声にならない声だったけれど、助けて、と。
「助ければ何でもするんだな。」
「え?」
頭の中にならず者達とは違う声、何度か聞こえてきたあの声が響いた。
私の気の迷いで無いと断言できるほどに、はっきりと。
言葉がとても綺麗な、私に生きる方向を示してくれたあの声も、ぜんぶ真実だったと確信できるほどにしっかりした声だった。
私はその声に安心し、その声に答えていた。
「お願い!助けて!」
私が彼の声に応えた瞬間、全てが変わった。
急に私の視界が開け、私の周囲が見通せるようになったのだ。
私は泥じゃなくて透明な水の中に沈んでいる。
だから起きている出来事は全部覗けた。
黒地に金の刺繍がある豪勢な衣装を身にまとった騎士、そう、騎士としか言いようのない男が、銀色の閃光を閃かしながら私に近づいてくるのを。
男達は騎士が一歩また一歩と通り過ぎる度に、まるで壊れた玩具のように体をバラバラにされて地面に沈んだ。
そう、沈んでいくのだ。
地面に落ちた胴体から切り離された腕や足、それらは落ちた先から沈んでいき、命を失った身体も倒れるや、底なし沼にどんどんと沈んでいく。
その代わりのようにして、沈んでいた私の身体がどんどん上へと浮かび上がる。
気が付けば、どろどろどころか、乾燥した綺麗な地面の上に私は座っていた。
「助けたぞ。」
私を助けた騎士は私の真ん前にいた。
私は彼を見上げて、大きな悲鳴を上げた。
騎士には首から上が無かった、から。