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あなたには罪はない、でしょう?

 ダニエルは怒っているどころではなかった。

 私に向けた表情には柔和な所など無く、赤みがかった金髪が燃え立つような有様、つまり外見のイメージそのままの、猛々しい獅子と化していたのである。


「彼は私の大事な君を殴り、自分の罪を闇に葬ろうとした男だ。」


「で、では、私こそ共犯です。だ、黙っておりました。」


 うなだれていた男はがばっと顔をあげ、彼こそ私に怒り顔を向けた。

 ソーンのエメラルドグリーンの瞳はぎらついていて、彼は自分の威圧感だけで私を黙らせようとしているようだった。


「違います。君は優しさから俺を庇っただけだ。」


「君達は知り合いだったと?どういうことだ!」


 ダニエルはさらに殺気を込めてソーンを睨んだ。

 私は全部を話すべきだと覚悟を決めると、もう一歩室内に入った。

 それから周囲を見回した。


 ソーンに銃口を向けたままのダニエル。

 自分はもう覚悟を決めたという顔で、闖入者となった私を睨むソーン。

 そして、私の弟達。


 腕を組んで顎をあげているカイルは、この状況を監督しているような顔をしており、彼の後ろに控える二人の弟は勝利感に溢れた顔しかしていなかった。

 それもそうでしょう。

 彼らは、ボロボロに破れて紅茶シミのある男性の衣服を、戦利品のようにして抱えているのである。


「あなた方は何をしたの?」


 そこで私を睨んでいたソーンこそが私に答えた。

 見事でしたよ、と。


「見事?」


「ええ。俺から手袋を剥ぎ取るそのためだけに、彼らは俺に紅茶を被せたのです。わあ、ごめんなさい。火傷しますから全部脱いで。着ているものは全部ですよ。手袋だって。で、お兄さん、この拳は誰を殴ったものですか?と。」


 ソーンは自分の右手を上げて、その手の甲を私に見せた。

 ジョアンナを殴りつけた時にできたのか、あるいは、失った妹への自分の気持を宥めるために壁を殴ってできたものか、関節には内出血のあざがあった。


「軍人さんのあなたが手をケガするのはよくあることでは?あなたはそう言って誤魔化されれば良かったのに。」


「君の弟こそその返答を考えていたでしょうね。ですから、俺が誤魔化す前に彼は止めを刺してきました。」


「とどめ?」


「俺は謝り過ぎだったそうです。無駄に謝り過ぎだと君の弟に言われました。ええ、そうです。俺はあなたをケガさせた事が心苦しくて堪らない。この罪悪感から楽になりたかったのですからいいのです。」


「いいって、あなた!撃ち殺されてどうするの!あなたの妹様に起きた事、それは凄く凄く酷い事ではないですか!許せないことではないですか!」


「許せないからこそ、妹の様に無垢なあなたを傷つけた自分が許せないのです。」


「ソーンさん。」


 ソーンは私に微笑みを見せた。

 それから再びダニエルに顔を向けた。


「やって下さい。」


「くそ!貴様は。」


 ダニエルは汚い言葉を吐くと、銃を握らない手で自分の髪の毛を掻きむしった。

 ダニエルは迷いが出ている?


「だ、ダニエル。あの、私は。」


「プルは誰にでも優しいから困る。ダニエル?あなたも迷わないで。」


「カイル!銃で撃たれたら人は死んでしまうのよ!そ、それにここにはあなたの弟達もいるの。ダニエル。銃を納めてください。お願いですから幼い子供達に酷い所は見せないで。」


 すると、双子の六歳児達が、急にはしゃぎだした。

 全く怖くなど無いと口々に言い出したのである。


「大丈夫って、あなた方は何を言っているの?」


「だから大丈夫だよ、プル。僕達はそんなにやわじゃない。」


「カイル!もう、カイルったら!あなたはどうしてそんな悪い子になれるの!」


「悪い子ってひどいな。プルを傷つけた人には死を。僕はそれだけなのに。」


「あああ!私の教育が悪かったのだわ!個性が大事だからって、好き勝手にさせた結果がこれなのだわ!」


 私は自分が抱きしめている三歳児を見下ろした。

 彼は無邪気に私に微笑み返し、その姿は三歳だったカイルそのものだった。


「嘘おお。フェリクスはカイルそっくりじゃない!フェリクスも残虐になってしまうの?」


「ひどいな、プルは!僕が残虐になるのは、プルやフェリクスを虐めた人に対してだけですよ。」


「カイル、僕達は?」

「そうだよ、僕達は?」


「もう六歳だ。自分で何とかしなさい。」


 アービーとヒューは長兄に対して納得したという風に頭を上下させた。

 単なる暴れん坊の彼らも、カイルみたいな戦略家にこれからなるの?

 悪辣小僧が三人に増えるの?


「あああ、私が育てた子は全部悪い子になるのね!」


「プルーデンス。そ、そんなことない。君は優しい天使みたいな人だ。」


「でも、カイルったらこんなに悪い子だわ。」


「いや、カイル君は悪い子どころか、全く素晴らしいよ。カイル君が軍人になりたがるのは、彼が戦略にこれほどまで長けているからだろうね。」


 あ、カイルが苦虫を噛み潰した顔をした。

 カイルは父の会社の海運部門こそ欲しい人なのだ。

 それなのに軍人にさせられちゃったら。

 そうよ、私が出しゃばったせいでソーンがこの事態なのだとしたら。


「ち、違うの!私こそ大嘘をついていたの!だからここは銃を納めて下さいな!ええ、白状いたします。私こそ自分の為に嘘を吐いていました。カイルは軍人になどなりたくない人ですの。」


 ダニエルとソーンは、同時に、嘘だろ、と呟いた。

 それから確信しているという風に二人は喋り出した。


「弟を軍にやりたくない姉の気持は痛いほどわかるが、元軍人の俺が思うに、彼こそ軍人になるべきだ。」


「プルーデンス。カイル君が空恐ろしいのもわかるが、彼の夢を叶えることこそこの国の繁栄につながると私は思いますよ。」


「そうじゃなくて!」


「プル。あなたが軍事施設の記録を見たい理由を話してくれないかな。僕はこのままじゃ推薦付きで軍に入れられてしまいそうだ。僕は大砲や軍艦を国に高く売りつける方こそしたいっていうのに!!」


 大の男達は我が八歳の弟に同時に振り返り、それから私に顔を戻した。

 ソーンを殺すつもりだったダニエルも、ダニエルに撃ち殺される覚悟をしていたソーンも、その状況であった数分前の事など忘れた顔を私に向けていた。


 二人が顔に浮かべていた表情は同じものであり、それはカイルを知ることで大人が浮かべる共通のものと変わりなかった。


 唖然、だ。


 私は息を吸って覚悟を決めると、カイルが知りたい事、私が嘘を吐いた理由を語ることにした。

 もしかしたら、この場にいる人達から軽蔑しか受けないかもしれないけれど。

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