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僕は知りたいだけですよ?

 大事な女を守れない男が愛を語る資格など無い。


 八歳の子供だからと誤魔化すには大人び過ぎてる台詞であり、子供が大人に投げ付けるには生意気すぎる言葉である。

 優しい振る舞いばかりのダニエルであるが、彼は侯爵様なのだ。

 私はカイルが無作法すぎたと慌てるしかない。


「ちょ、ちょっと、カイル!」


「い、いや。その通りだ。私は君をケガさせた男をまだ捕らえられていない。カイル君が私に憤懣を抱くのは当たり前だ。」


 ダニエルは怒りはしなかった。

 それどころか、カイルの言う通りだったと認めた。

 ダニエルの言葉が口先だけでないというのは、彼の表情に後悔の痛みがみえることで間違いないだろう。


「あ、あなたこそ何も悪くは無いわ、ダニエル。」


 あ、思わずファーストネームで呼んでしまった。

 しかし、ダニエルは、ぱっと嬉しそうな表情をした。

 けれど彼は昨日からの気易い行動を私に取ってくるどころか、まるで軍人がするようなきびきびとした動作で私に頭を下げた。


「私にはやるべきことがありました。やらねばならないことです。」


 ダニエルは硬い口調でそう言うや、踵を返して部屋を出て行ってしまった。

 私は私の背中で、フフ、と子供らしからぬ笑い声を漏らした悪魔を見返した。

 カイルは私の叱責など怖くは無いと微笑んだ後、私の耳に口を寄せた。


「ダニエルはプルに気に入られたくて一生懸命だね。」


「ま、まあ。おませさん。あなたは一体何を言い出すの。」


 カイルはクスクスと、それはもう、底意地悪そうな笑い方をし出した。

 こういう素振りは母に似ている。

 いや、商売敵を何度も出し抜いて来た父そのものなのか?


 何か悪巧みを思い付いたような弟の顔を私がじっと見つめていると、弟こそこの注目を待っていたという風に声をさらに潜めて更なる爆弾を私に投げつけた。


「お姉さま。僕は軍人になりたいなんて一言も言った事ないよ。ダニエルには黙ってあげたけど、僕を跡継ぎに考えていた父様は落ち込んじゃった。」


 私はカイルの囁きにびくびくっとするしかない。

 私は忘れていたわ。

 カイルこそ我が家の魔王様だったことに。

 私は賢すぎる弟に、何が欲しい?なんて尋ねていた。


「どうして嘘まで吐いて軍の倉庫の中身が見たいの?僕はそれが知りたい。」


 私が何も答えられずにカイルを見つめていると、カイルは私の背中から離れ、私にしがみ付く一番小さな弟を抱き上げた。

 フェリクスはカイルに抱き返すどころか、イヤイヤと仔犬のように暴れ出した。


「カイル!僕はプルと遊ぶ!」


「いいや。フェリクス。プルは休ませてあげないと。その代り、僕がこの町の自然史博物館に君達を連れて行ってあげよう。そこで、うん、父様の倉庫よりも面白くなかったと僕が言えば良いよね。もう他の軍事関係施設なんか行かなくていいよって、ダニエルに言えばいいよね。」


 私はフェリクスを抱いているカイルごと抱きしめて自分に引き寄せた。

 そしてカイルの耳に囁いた。


「真実は後で絶対に教えます。自然史博物館には私と一緒に行ってちょうだい。」


 カイルは嬉しそうに微笑んだ。

 それから私の頬、怪我をした右側の頬に軽くキスをした。


「カイル?」


「早く治りますように。プル。」


「ありがとう。一緒にお昼寝をしましょうか?」


「いいえ。僕は約束は守ります。お姉さまをこんなにした男を屠らねばいけません。ですから抱き枕はお返しします。」


 カイルは私の腕にフェリクスを返して来た。

 その代わりという風に、双子の弟達に長兄としての号令をかけたのだ。


「行くぞ。アービー、ヒュー。プルの敵を粉砕するぞ!」


「いえっさー!」

「さー!」


 私からアービーとヒューはぱっと離れるや、三人の子供達は私の客間を走って出て行ってしまった。


「え、ちょっと、あなた方!」


 私はフェリクスを抱えながら立ち上がり、弟達が消えてしまった戸口を慌てながら見返すしかない。


「あ、ああ。あの子達だけでお外に出てしまったら!」


 私はあの三人が今までなした悪戯を思い出してぞっとした。

 散歩していた私達を、いいえ、フェリクスを庇った私を蹴とばした朝帰りの酔っぱらいには、両足をロープで縛りつけての引き摺りの刑に処した。

 飼い犬のうんちを我が家の門の前に毎日落として行った家に対しては、集めた犬のうんちで作った爆弾をその家に仕掛けた。


 発酵しすぎた肥料が爆発するって知識を、カイルはどこで仕入れてきたのか。

 そう、カイルが全部考案して指揮して成功させてきた悪戯ばかりなのだ。


「ああああ!アービーとヒューにカイルは一体何をさせるつもりなの!」


「わるものをやっつけるって言っていた。こくはつすればダニエルがかたづけるってカイルが言ってた。」


 私はここではっとした。

 ジュールズ・ソーンは私とジョアンナの暴行事件の犯人だけど、犯人探しをしていたダニエルに協力しながら妹を殺した人達を探っていた人だったと。


「ねえ、フェリクス。あなたが知っていることを教えてくれる?」


「カイルはひとめで誰がわるものかわかる言ってた。」


「うわあ、凄いわね。で、あなた方はお家から病院に来て、それでこのお家に来ただけよね?わ、悪い人になんか会う機会なんか無かったはずなんだけど?」


「プルとママたちがダニエルと話している時にね、ダニエルのおともだちが来たの。僕達にいっぱいごめんなさいって言う人。カイルがあいつだって。」


「うひゃあ。」


 大当たりと弟を褒めるべきか、空恐ろしいと弟に脅えるべきか。

 いいえ、フェリクスが何て言っていた?

 告発してダニエルに片付けさせる?


「止めなきゃ!」


 私はフェリクスを抱いたまま部屋を飛び出していた。

 そして、そして、ダニエルがいて弟達が突入したであろう場所、ダニエルに報告に来たソーンをダニエルが待たせていただろう場所、つまりダニエルの書斎を目指して駆け出していた。


 数分後、ダニエルの書斎に辿り着いた私は、自分を褒めた。

 よく間に合ったわね、と。

 扉を開けた書斎では、いざ惨劇が起ころうとしていたのである。


 ダニエルが銃を構えており、床に跪いている上半身を半裸状態にさせたソーンに対し、いざ引き金を引いてその弾丸をソーンの頭に撃ち込もうとしているその時であったのだ。


「何をしているの!」


「私を謀った者を処断するだけだ。」


 私に答えたダニエルの低い声は威厳のあるもので、一切の迷いなど無い人のものだった。

 つまり、本気でソーンを撃ち殺すおつもりだ!!

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