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何も捧げられない男だからこそ

 ジョアンナへの暴行事件が無かったことにされた?

 驚くばかりである。

 ダニエルの腕の中で私が見た風景では、化粧室にはたくさんの人達が出たり入ったりと大騒ぎだったではないですか。


 あれを無かったことにできますの?


「まさか。あんなにも酷い姿に彼女はされたのに?あんなにも大騒ぎだったのにも関わらず?」


「男に暴行を受け、傷ものとなった娘がいる。そんな哀れな被害者こそが家の恥とされる世の中とはな。ハハッ俺の時代と変わらないのが不思議だよ。いいや、俺の時代は騎士という死神が女の復讐を叶えてやった。俺達が決闘という名で糞野郎どもをぶち殺すことで貴婦人は名誉を再び手にしていた。俺の時代の方がいいかもなあ。こんな、何もかもなかったことにされる時代よりもな。」


「デュラハン。」


 皮肉な物言いの彼の口調から彼のやるせなさを感じられ、私は彼が実は落ち込んでいるように見えた。

 私に怪我をさせてしまったから?

 私はデュラハンの肩をそっと撫でた。

 すると、彼の感情、いいえ、彼の記憶の一部が見えた。


 ジョアンナではない、ジョアンナよりもボロボロで血塗れの少女の姿!


 その哀れな少女の遺体は、ジョアンナ達に殺されたセリーナに違いない。


 デュラハンは助けられなかった少女の事を嘆いているのだ。

 嘆き続けているのだ。


「デュラハン。」


「あの子の死が隠されてしまったから、君はここにいるんだろうな。」


「そうだわ!彼女の事件が先月に起きたばかりなのだとしたら、父が私をこの町の学園に入れるはずなんて無い。いいえ、その子が通っていた学園にこそ入れるはずなんか無いのよ。」


 私は哀れな少女、昨日名前を知ったばかりの亡くなった少女の事を思って涙が零れてきた。

 だって、あの子の不幸は誰も知らないままだという事なのだ。


「セリーナは亡くなった事すら隠されてしまったのね。ジョアンナへの暴行が何も起きていない事にされたように。」


「ああそうだ。哀れなジョアンナもこの病院に入院しているぞ。暇ならば見舞いに行ったらどうだ?一生元通りにはならないご面相になったと笑えるぞ。自分の醜くなった顔を鏡で見るたびに、あれは自分の罪を思い知るだろうとね。」


「そうね。それでいいと思うわ。でも、罰を背負うのは彼女一人だけ?」


「とりあえずはそうだな。不特定多数の男達を雇っていたのがジョアンナ自身だと警察の調べで公になった。」


「警察?あなたは警察署に潜り込めたの?」


「君の侯爵様は君があんな事件に巻き込まれたとは公にしたくはない。君の為に精力的に動いていらっしゃる閣下に誰も彼もがいの一番に報告しているってだけだ。そして、侯爵様は君にずっとへばりついていた。」


「そう。では、私とジョアンナは親友だと思い込んでいらっしゃるから、私が起こしてしまった事件だと思われているのね。」


 デュラハンは手を伸ばして私の頭を撫でた。

 そして耳元に囁いた。


「そんな間抜けだったら首と胴体は離れ離れになっている。そんな間抜けな頭などいらないだろ?安心しろ。ちゃんとお前がターゲットだったって侯爵様は報告を受けているさ。それで彼が君を病院に閉じ込めているんじゃないか。寮には怖くて戻せない。自分の家では君の評判に傷がつく。」


「まあ、そんな深い考えがおありだったのね。」


「花嫁の気をひくのに一生懸命なだけさ。」


「ひどい!」


「まあ、聞け。間抜け侯爵の前にとある軍人崩れが連れてきた唐変木の証言が面白かったからさ。」


「どんな証言でしたの?」


「旦那あ、あの赤髪の女は男を使って自分の嫌いな女を襲わせるって有名でしたよお。お友達の振りして哀れな女を男達の手の中に投げ込むんでさあ。ひでえ話ですよね。だあが、赤髪の奴こそ凄い別嬪さんだ。あの女こそやっちまいたくなったのではねえですかね。」


「え?」


 デュラハンの言葉に私は彼をまじまじと見返した。

 学園の寮にいるジョアンナだ。

 彼女自身が男達を雇ったと私に言ってはいたが、召使いに色々を任せきりとなるお嬢様がどうやってそんな風に動き回れたというのだろう。

 どこで男達を雇える場所を知ったというの?


 デュラハンは上半身を起こすと、考え込み始めた私の髪に手を差し込んだ。

 彼の指先は私の巻き毛を彼は弄び始め、私は彼の手を押さえつけて止めさせると、彼が知っているはずの真実を突き詰めたいと彼の手を握った。


「知っていることを全部教えて。」


「俺は聞いた事ばかりだ。だが、聡明な君が気が付いたように俺も気が付いた。ジョアンナ達が男達を雇いに行くのは不可能だ。君を外に押し出したあの内緒の扉があろうと、過保護に育った女が夜道を町と学園の往復なんてできやしない。」


「では。」


「魔女はまだいるはずだ。君は気を付けろ。」


「で、でも。あなたがいるのならば大丈夫、よね。」


 デュラハンは私の両手から自分の手をするっと抜くと、私の傷ついた頬にその手の平をそっと当てた。

 冷たい手の平は疼く痛みには効果的で、私は彼に手の平によって痛みが遠のいていく感覚に、ほおっと溜息を吐いた。


「俺が万能であれば君にこんな怪我など負わせなかった。」


 デュラハンの出した声は、後悔ばかりがにじみ出る、彼こそ大怪我をしているようなかすれ声で、私の怪我こそ彼の心をかなり痛めていたのだと気が付いた。

 そうね。

 復讐を後押しするつもりだったとしても、彼はあの人が私を傷つけないと確信した上で身を引いていたに違いないもの。

 私の頬に当てられた手はゆっくりと私の頬から離れようと動いた。


「おい。」


 私はデュラハンの手を自分の頬にしっかりと押さえつけたのだ。

 だって、痛む頬を癒してくれる冷たさなんだもの。


「俺の手は氷嚢替わりか。」


「とっても楽になるの。いいでしょう。」


「では、横になってくれ。腕を上げっぱなしは疲れる。」


 この人は亡霊では無かっただろうか。

 でも、私も頭がくらくらして来たので、彼の言う通りにベッドに横になった。

 私の左側で横になっているデュラハンは、私の頬に手を添えている。


「まるで恋人同士の転寝みたいだな。」


 確かに物凄く親密な状態だ。

 私の心臓は大きくどきんと鳴った。

 でも、こんなに心臓がどきどきしているのに、例えようもなく気持が安心して落ち着いていくのは何故だろう。

 安心できるのにとっても切なく感じるのは何故だろう。


「領地も名も無い軍功だけの男が女に与えられるのは愛だけだった。いまや体どころか頭のない俺に与えられるのは手の平だけか。」


 私はデュラハンの手をさらに自分に押し付けた。

 それしか出来なかった。

 彼の身の上が切なすぎて。

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