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不幸な入院患者

 私が次に目覚めたのは、悔しいが、ダニエルの腕の中だった。

 頭がぐらぐらする私は彼の腕の中から出る事など叶わず、それどころかダニエルこそ私を自分の妻か何かのように抱きしめて離さないのだ。


 その後の私は病院に運ばれたが、病院までの道のりさえも、人の目がある中でダニエルに甲斐甲斐しく介助されながらである。


 彼との婚約と結婚から逃げ出せそうもない状況に私は落されたな、と痛む顎を押さえながら落ち込むしかなかった。


 顎の骨にヒビも入っておらず、奥歯の一本も欠けてはいないが、私は顎から右頬の一部が紫色に染め上がって腫れているという状況である。

 よって、大事を見た私の婚約者気取りの侯爵様によって、無理矢理に、私は絶対安静の要注意患者として病院に昨日から入院させられている。


 病院においては特別室という豪奢な個室に。


 だからか、昨日は煩いくらいに医者が私の様子を見に来た、と思い出す。

 頭を打ったときは経過観察が大事とは聞くが、今にも死にかけた患者にするように忙しい医者が何度も診察に来る必要など無いのではないか、と思う。


 さて、こんな状況に昨日から私を貶めた当人であるダニエルは、今日は朝一番に機嫌がよく私の見舞いにやって来た。

 昨日の医師による頻繁な診察と怪我の痛みで、今日の私は朝から寝不足でいらいらしているのに!

 そのダニエルによれば、今日の夕方か明日の午前中には両親がリーブにやってくるだろうということだ。


「私はかなり動転していたようだ。君のご両親への知らせを忘れてしまっていたと今朝になって気が付いたんだ。許してくれ、愛しい人。だが安心して欲しい。今朝一番に早馬を飛ばした。私のこんな失態は、君への気持が強すぎたからだと理解して欲しい。」


 ええ、理解したわ。

 私の両親への知らせを遅らせたのは、確実にわざとね。


 だって、私の怪我の連絡する人があなたしかいない、それこそおかしい話ですわよね。

 寄宿舎滞在の私の責任者は、学園の施設長かそれに準じる人で、あなたではないはずではございませんか?

 権限を横取りした上に、電報という文明の利器を使わずに、侯爵家のお仕着せによる知らせの早馬を我が実家に飛ばされたとは。


 我が家の周囲に、我が家と侯爵家との関係が一目で知れ渡ってしまうのは火を見るよりも明らかだわ。

 なんてはた迷惑なデモンストレーションをしてくださったの。

 そしてきっとダニエルは、リーブに駆け付けた私の両親に対して、私の痛々しい姿に衝撃を受けたからと自分の屋敷に招待し、両親を慰めつつ取り込み、私との婚約成立を確定させるおつもりだ。


 凄い策略家、だわ!


 ライオンのオスは狩りがヘタなのでは無かったのか。

 たてがみの様に赤みがかった金髪をなびかせているハンサムな侯爵様を、私は唖然としつつまじまじと見つめるしかなかった。

 私に見つめられた彼は、私に見つめられて嬉しい、と無邪気に笑い、さらに私の神経を逆撫でる様な台詞を吐いた。


「今日の私は君への償いに全てを捧げようと思う。心からのお詫びとして、君が寂しくないように私がご両親が来られるまで君の傍にいると約束する。」


 なんと!


 単なる求婚者だった昨日は話が通じたのに、婚約者となったと思い込んだ途端に話が通じなくなった侯爵に対して、私はデュラハンの言う通りに悪女になろうと心に決めた。


 言いたい事は言う。


「お気持ちは嬉しいわ。でも、私は一人で静かに横になりたいの。誰ともお喋りなどしないで、静かに。顎がとても痛いのよ。」


 ダニエルは私の言葉に両目を丸くした後、私の両手を自分の両手でつつむようにして掴んだ。


「可哀想な君。ああ、私は考え無しだった。」


「いいえ。あなたはとてもお優しい方ですわ。」


「いいや。間抜けだよ。君を病院ではなく我が家に運び込むべきだった。動けない君だからこそ、我が家で看病するべきだった。さあ、今すぐ我が家に行こうか?愛する人。」


「お優しいプルーデンス様が、枕をあいつにぶつけるとは俺は思わなかったな。一人でお帰り下さいって怒りながら。だが、あの浮かれ風船野郎。君のその行為にこそ喜んでいたな。とんだ変態野郎だ。」


「もう!私の気持ちを考えない男ばかり!」


 私が憤慨した声をあげると、私の病室のベッドに転がって私に狭い思いをさせているデュラハンが、私に申しわけないと謝るどころか鼻で笑った音を出した。

 首から上など無いくせに。


「あの男はちゃんと考えていたなあ。君が心惹かれたあの男は!」


「あの人が私を殴ったせいで、私はこんな面倒な身の上よ!」


「あいつが君を殴ったのは、君を共犯者にしないためだ。それも苦渋の選択っぽく泣いていやがった。ハハハ、この世の男共は軟弱すぎる!」


 女子トイレに入れなかった男が何を言う、だわ。

 一晩中ずっと、ベッドの脇で床に座って私を見守っていた人が。


「彼が泣いていたのは、お身内が受けた不幸の復讐の結果が虚しいだけだったからだわ。きっと。」


「それもそうだな。君はよく知っている。惚れた男の事だからか?」


 私は枕を掴むと、しつこく自分を揶揄うデュラハンを殴った。

 胸の辺りを枕でバシバシと。

 デュラハンはとっても嬉しそうな声をあげて笑うと、私の掴む枕を掴むと私を自分に引き寄せた。

 枕が私と彼の間に挟みこまれているが、私は彼に抱きしめられた格好となり、その親密な姿勢に心臓が大きくどきんと鳴った。


「俺へのときめきの方が大きいな。」


「驚けば誰だって心臓が高鳴ります。」


 私はデュラハンの肩を大きく叩くと、枕を抱き締めながら起き上がった。

 この枕はデュラハンとの大事な壁だ。

 デュラハンは腕を伸ばし、私の無傷の方の頬を人差し指で突いた。


「可愛い君。そんな君をもっと驚かしてやろう。ジョアンナへの暴行事件、無かったことになったぞ。」


 なんですって?

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