その女に鉄槌を
紳士階級でもない女に自分達を飛び越させえさせない?
ジョアンナが憎々しく私に言い放った言葉に、私は呆然とするばかりだ。
彼女は呆けてしまった私を男の方へと押しやった。
男は私を受け止めたが、受け止めただけだった。
嫌らしく体を触って来ることも、さらに抱きしめてくることもない。
だけど先ほどまで出していた声とは違った、物凄く嫌らしく軽い声で、とても下卑た言い回しで意味不明の言葉を吐いたのである。
「で、俺がこの女に突っ込むか。数分で俺が果てるなんて軽く見られたもんだ。今までの男達はどうした?そいつらを使わないのか?」
「消えたんだから知らないわよ。」
「消えた?俺もこの後は消すつもりか?それとも、消えたそいつらはお前らの両親に娘のしたことを売りに行ったのかなあ?」
「よ、余計な事を考えない方が身の為よ。さあ、やっちゃって。」
ジョアンナは少々甲高い声をあげた。
男達が消えた理由は多分も何もデュラハンが殺したからだが、私は二人の会話によってあの男達もジョアンナ達が用意していたのだと知って驚いた。
「あの夜!私を塀の外に押し出した時のあの男達!あれもあなた方の仕業だったの!なんてひどいことを考えるの。」
「あら、ちゃんと酷い事をされていたんだ?すました顔をしていたから気が付かなかったわ。」
「残念ね。私は森に逃げて助かったの。森にはあなた方が言ったとおり、騎士様とお姫様の世界が続いていたわ!騎士様があの男達を全部殺してくださったのよ、虫けらみたいに。次はあなた方が殺される番ね!」
「おだまり!」
パシン。
私の頬は再びジョアンナに叩かれた。
そしてそれを合図にしたという風に、男は私をグイっと掴むと洗面台に私の背中を押し付けたのである。
それから私のドレスの裾を捲り上げると、その中に手を入れた。
「きゃああ!」
悲鳴を上げたが、口を塞がれただけだった。
彼の手は私のスカート中に入っているが、それだけだ。
下着にも足にも彼は触れていない。
男はその体制のまま動きを止めると、牛の唸り声の様な声をあげた。
「おい、出てってくれないか?気が削がれる。」
「あら。婚姻には成立を確認する立ち合いが必要じゃないの。いいから、さっさとやっちゃってよ。こいつなんか、ボロボロにしちゃってよ。」
私の口元から男の手が浮いた。
男の髪の毛が少し揺れ、男の顔を少し露わにさせた。
痩せて頬がこけてはいるが、驚くほどに整った顔立ちの青年だった、とは!
その男の表情は下卑たものどころか、憎しみで一杯の眼つきでジョアンナを睨みつけていた。
彼のエメラルドグリーンの瞳が、燃え立つようにぎらついている。
私は脅えた。
「ど、どうしてこんなことを?」
私は男に尋ねていた。
この人は私に何かする気は無い。
でも、ジョアンナにはかなりの怒りを抱いている。
そして、私の質問に答えたのはジョアンナだった。
彼女はクスクス笑いをしながら私達に近づき、身を屈めて私の顔に自分の顔を近づけて、優越感に浸った笑顔で自分の罪を告白したのである。
「害虫駆除よ。何度も言っているじゃないの。下女は下男と下々の世界にいればいいの。さあ、お前もあのセリーナのように身の程を知りなさいな。」
「やっぱりお前の仕業だったか。」
男が出した声は、低く陰鬱で、それは地獄の底から響いたような声だった。
ぐしゃ。
肉と骨が潰された音。
それは私の顔が潰された音では無かった。
私の顔の上でジョアンナの顔が潰れたのだ。
私を洗面台に押し付ける男によって。
私から男の重圧は消えた。
その代わりとして、男は床に倒れたジョアンナに圧し掛かっていた。
ぐしゃ、ぐしゃ。
ジョアンナは最初の拳で意識を失っている。
悲鳴をあげない彼女の代りに、彼女の顔が完全に壊される音が響く。
「きゃああああああ!」
これは私の悲鳴じゃないと、私は声がした方へと振り返った。
化粧室の戸口にはキャサリンとシーモアがいた。
彼女達は悲鳴を上げるとそのまま逃げ出した。
そして彼女達はけたたましい叫び声をあげ始めたのである。
「誰か~、助けて!トイレに暴漢が!暴漢が人を襲っているわ!」
「誰か来てくださいな!だれか!」
私はジョアンナに覆いかぶさる男のシャツを引っ張った。
私には分かっていた。
この人は私の前に酷い目に遭った少女の肉親で、デュラハンがどうしてこの中に入って来なかったのかも。
彼が入っていれば、私が男に圧し掛かれた時点で、いいえ、ジョアンナに叩かれた時点で私が彼に助けを求めていたかもしれない。
そうしたら彼は問答無用で行動しなければいけなくなる。
デュラハンは復讐を助けたかったに違いない。
では、デュラハンとの契約者としてこの私こそ、哀れな少女の肉親だったこの人を、このまま何もしないで警察の手に渡して良いものか。
「逃げなさい!」
男は驚いた顔を私に向けた。
髪の毛が顔を覆っていないその顔は、私の胸をどきんと鳴らした。
そして、彼は閉まった扉を見返して、大騒ぎになった戸口の喧騒を知ると、大きく舌打ちをしながら私にもう一度振り返った。
がつん。
「うっく。」
彼は振り返りながら私に拳を当てたのだ。
顎から上に向かって当たった拳で、私の頭は真っ白になった。
でも、意識を失っていく私の体を支え、そっと床に横たえてくれたのはデュラハンではないことは分かっていた。
だって、完全に意識が無くなる前に、私を抱く男の声は聞こえた、もの。
「すまない。本当にすまない。」
デュラハンの声じゃないそれは、涙声の様な声だった。




