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私のルームメイトは煌びやかな前歴がおありらしい首なし騎士様です  作者: 蔵前
騎士様は言う、地獄の入り口はいつもどこかにある、と
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化粧室は汚物を捨てる場所

 ジョアンナなんかとどこにも行きたくない。

 かといって私が心のまま助けを求めたら、恐らくシーモアとキャサリンが鬼の首を取ったようにして騒ぎ出し、公正なるローザでも私を庇えない雰囲気を作るだろう。

 何よりも、この閲覧室にて資料を鑑賞している客は、私達だけではない。


 では、私を助けてと言ってダニエルに縋る?


 私の妻になれば階級違いでいじめられなくなるな。


 ダニエルが私へのいじめを知った時点で、きっとどころか確実に彼はそう考えなさるはずである。

 そうして彼は余計な騎士道精神を発揮し、絶対に私を教会に連れて行き、有無を言わせずに結婚してしまうことだろう。


 私が侯爵夫人?

 教養が何一つないのに?

 虐めは無くなるかもしれないが、私の自由な明日はそこで消えるな。


 だから私は覚悟を決めた。

 だから私はジョアンナの腕に自分の腕をしっかりと絡めた。

 私こそあなたを捕まえたわよ、そんな気持ちで。


 大丈夫、私にはデュラハンが付いている。

 それに、私が対峙するのはジョアンナだけのようだ。


「では、参りましょう。恋の内緒話が終わり次第、すぐに戻ってきますわ。」


 ダニエルは頬を赤らめると、私達に早く行くようにと手を閃かせた。

 あ、私の言葉で誤解を招いてしまった?

 しまったと思う間もなく、私はジョアンナによってずるずると引っ張られた。

 ダニエルは再びキャサリン達に囲まれる虜囚となったが、前と比べてそれほど嫌々という風では無いのは、彼女達が私の親友で私と彼の恋路を応援する人達だと勘違いしたからだろうか。


「一番誤解させたのは君だと思うな。」


 私もそうだなと思った。

 私に恋心を抱いているらしい人に思わせぶりな言動をとってしまっていただなんて、私は今後彼に対してどう向き合えばいいのだろうか。


「嫌なら嫌だって言えばいい。思わせぶりが一番悪い。傷つけちゃいけないと思っての行動の方が相手を傷つける傲慢な行動なんだよ。」


「私は凄く傲慢だって言いたいのね。」


「違うって。皆が仲良くすれば平和になる、そんな幻想を捨てろと言っているだけだ。悪意のある奴に君の優しさなど不要だよ。」


 デュラハンの声は寂しそうな呟き声となり、彼の言葉が終わった時、私とジョアンナはジョアンナの目的だった部屋に辿り着いていた。

 そこは間違いなく単なる化粧室だが、私とジョアンナが扉の前に立った途端に、博物館の入場客の一人らしい男が清掃中の看板を入り口近くに置いた。


 私は男の風体を一目見て、あの夜の記憶が蘇った。

 私を取り囲んで乱暴しようとした、あの男達の記憶だ。


 男のアッシュブラウンの髪はぼさぼさで、後ろに流して額を出すどころか顔に下ろして目元を覆っている。

 背は高くとも彼の身体は健康的な肉体どころか、日頃の悪生活が窺い知れるように痩せている。


 ただし、あの夜と違って、彼からはツンとした体臭は何一つ臭わない。

 でも、彼の外見はぐしゃぐしゃだ。


 とてもちぐはぐで、ぐしゃぐしゃだった。


 シャツは汚れのない白いものであるのに、裾をズボンに納めずに腰から出してだらしない着方をしている。

 そんな彼が履いているズボンは誰もが持ってる灰色のものだが、着崩しには似合いそうもないしっかりとした生地というそれなりのものだった。

 足元の革靴は新品でなくとも高級品の部類よ。


「上着はどこぞに隠してあるのだろうな。」


「あ、そういうことね!」


 恐らく彼は身元を隠すためにわざとぐしゃぐしゃに見える格好をしているだけで、悪巧みが終われば身なりを整えて、誰の目にもつかない普通の、それもそれなりな家柄の人物として博物館から去って行くのであろう。


 私は殺されるの?


「絶対に君を守る。」


「それはわかっている。」


 私は大きく息を吸った。

 大丈夫、だいじょうぶ。

 私にはデュラハンがついている。

 私が脅えながら見守る中、男は真っ直ぐに私とジョアンナの方へと歩いてくると、私達が開けないドアを大きく開いた。


「早く入れ。」


 ジョアンナは口元を喜びで大きく歪ませると、私を中へと引っ張り込んだ。

 男はその後を悠々と歩いて入ってきた。

 で、あれ?

 デュラハンが後に続かない?


「どうしたの?」


「俺の生前の戒めで足が動かない。女人専用の場所に男は入ってはいけないと、男である俺は自分にそう戒めていた。騎士の誓いの一つだな。」


「今すぐ撤回して!」


 ドアはバタンと無情に閉じた。

 私とデュラハンを離れ離れにして。

 そしてデュラハンにむけた私の大声は、ジョアンナと闖入者に向けたものと思われたようだ。


「撤回?止めるわけ無いじゃないの。」


「ジョアンナ。放しなさいなって、きゃあ!」


 私の頬はジョアンナに叩かれた。

 ジョアンナは私を小馬鹿にした目で見下すと、顔を歪めて笑った。


「ほんの親切よ。あなたの為に出会いを作って差し上げたの。」


「で、出会いって。」


 私はドアの前の男を見返した。

 男はけだるそうに自分の右肩を左手で揉みながら、脅える私へと近づいてきた。


「素敵でしょう?あなたにピッタリ。あなたの為に銀貨一枚で買ってあげた男よ。ちゃんと楽しんでね。」


「銀貨一枚で女をいたぶれるお仕事と聞いていたが、なかなかどうして、なかなか可愛い子じゃないか。いいのか。お前らのお友達なんだろう?」


「ふん。お友達であるわけ無いじゃないの。」


「そいつがお前に何かしたのか?」


「私達の中にいてはいけないのよ。」


「おお怖い。では、喜んで。」


 ジョアンナは私が逃げられないように腕を閉め、私は近づいてくる男をただただ睨んだ。

 このまま近づいて私に酷いことをすれば、あなたこそこの世とのお別れよ。


 たぶん、化粧室のドアを一歩出たその場でね!

 もう!

 デュラハンったら!!


「ちょっとの我慢で終わるから安心なさいな。いいえ、経験ぐらいあるのでしょう?あなた方庶民はそうやって日銭を稼ぐって聞いているわ。」


「な、何の話かしら?そ、それに、あなた方はどうして私に嫌がらせばかりなさるの?」


「人の世界にずかずかと土足で入って来るからよ。言ったでしょう。虫が入りこんだら追い出すだけだって。全く。侯爵様?ふざけないでよ。彼は社交界では一番の男性よ。それが商人の娘のあなたが虜にしたって?冗談が過ぎるわ。」


「彼とは今日が初対面よ。」


「ええ。目の前の彼とも初対面。先に手を打っておいて良かったわ。あなたと侯爵様を結婚なんかさせるものですか!紳士階級でもない女に、私達を飛び越えさせてなるものですか!」

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