乙女は集団行動をするもの
私は危機一髪だった。
世間を知っている侯爵は絶対に気が付いていた。
未婚である私と彼が二人きりになった事実があれば、私は処女でも処女じゃ無くなったと周囲に見做される。
つまり、彼は私の評判を守るために男として責任を取るという方法、私の父の了解など必要なしに私と結婚できるのだ。
デュラハンがいつも横にいるから忘れていた。
亡霊でしかないデュラハンは、私の付添い人にはならない、のに!
いいえ、男の人と二人きり、そんな状況に慣れっこになっていたのだわ。
デュラハンのせいで!!
「危なかった。危なかったわ。」
「やっと気が付いたか。俺は自分の首を今すぐにでも取り戻したいが、それは無邪気で純粋な者の死を代償にしてまで欲しいものではない。」
「ごめんなさい。私の浅はかな行動であなたの気持を踏みにじる所でした。」
「いや。私こそ謝らねばならない。恋した人の願い事を叶えたい一心で私こそ守らねばならない道理を忘れてしまったようだ。」
私の謝罪はデュラハンに向けたものだったが、私の声は独り言でも大き過ぎたようだった。
ダニエルは彼の腕に掛けていた私の手を両手で包み、これ以上ないぐらいに申し訳なさそうな顔をして私に謝罪して来たではないか。
「えと。あなたのお優しさは身に沁みましたわ。」
ダニエルは嬉しそうに顔を綻ばせた。
弟のカイルのような無邪気な笑顔だ。
「あなたの笑顔を見ると弟を思い出しますの。なぜかしら?」
「ハハハ。君の弟が小さな悪たれだからじゃないかな?君が消えた後、私は何度か君の家を訪ねているが、あの小さな君の信奉者は、君が消えたのは私のせいだとして散々に嫌がらせをしてくれたよ。」
「も、申し訳ありません。」
「謝らないで。家族のいない私には、彼の悪戯が楽しかったのだから。それに、あんなに小さいのに姉を守ろうと頑張る立派な男だ。私は彼に出会えて良かったとさえ思っているよ。」
私は自分に微笑むダニエルから手を振りほどけなくなっていた。
爵位は両親が亡くなった証。
一人ぼっちの方だなんて!
「侯爵様と仲がよろしくて有名な、侯爵様のたくさんいらっしゃるお従兄様は、皆様侯爵様よりも年上の方ばかりですものね!プルーデンス様の弟様達は可愛らしく思われた事でしょう。」
キャサリンの台詞、家族はいなかったが親戚は沢山いるらしいという暴露に、ダニエルはあからさまに口を捻じ曲げた。
私はそんな彼の顔付が気安くて吹き出してしまったが、ダニエルは私が笑った事こそ嬉しいという言う顔付をして、私の手から両手をそっと放した。
「気安過ぎました。」
「いいえ。弟を褒めて下さってありがとうございます。カイルはとってもいい子なの。ああ、あの子に会いたいわ。」
言葉に出したそこで、私は本当に弟に会いたくなった。
カイルの生意気なお喋りが聞きたくなった。
「呼べばいいじゃないか!そうだ。呼びなさい。リーブに。こちらに私が所有している屋敷がある。君の家族ならいつでも使用しても構わない。大歓迎だ。そうだね、君の弟がいつ来ても、それで君達を私が案内できない時でも、君達が楽しめるように許可を色々と出しておこう。カイルの将来の夢らしい、軍関係の遺物の閲覧の権限とかね。」
私の頭の中で、カチリ、と鍵が開いた音がした。
それは私だけではなくデュラハンにも開いた道のはずだ。
「あ、ありがとうございます。」
「ありがとう。俺の悪女よ。」
私がダニエルにお礼を言う横で、私を揶揄うデュラハンの囁き。
確かに、私は私に好意を持ってくれる人の気持ちを利用して、私が大事に思っている別の男性の為に動いてもらったのよ。
その別の男性が弟だったら良かったのに。
「ハハハ。悩むな。悪い女に振り回される経験は楽しいものだ。嘘のない従順すぎる女の方が飽きが早い。悪女の方がモテるってそういうことだ。」
私は大きくむかっ腹が立った。
結果としてデュラハンのためになったのに、そのデュラハンに当てこすりをされるなんて酷すぎる。
「まあ!プルーデンス様ったらお羨ましい。どうしたら、そんな風に色々な殿方の心を掴むことができますの?それをご教授願いたいわ。」
私達はここでキャサリンの存在を思い出した。
彼女は口元は笑っているが目元は笑っていない顔を私に向け、私達はさも仲が良い親友同士という風に私の腕に腕を絡めてきた。
「もう十六ですもの。私達は来年には学園を出ねばなりません。その後は社交デビューでしょう。プルーデンス様とお別れまであと少し。一分一秒少しでも長くあなたとお喋りしたいと思っていますのに!」
ぞわわ、ときたが、ダニエルは何かに気が付いた顔付だった。
しまった、という顔だ。
「ああ、そうか。私をプルーデンスから引き離そうとしていたのは、ああ、君達のせっかくの一日を私が邪魔して潰してしまっていたのか。」
「まああ。察しの良い方は大好きですわ。キャサリン様、今度は私の番ですわ。さあ、プルーデンス様。私とお喋りしてくださいな。二人だけで。」
真っ赤な髪が妖精のような美女、ジョアンナまで私達のそばにやってきた。
彼女の隣にはシーモアもいて、彼女達三人は目線を交わし合って微笑み合うと、キャサリンは私から腕を剥がした。
その代わりとして、ジョアンナが私の腕に腕を絡めた。
そして、ジョアンナは私をグイっと引いて歩きだしたのだ。
「モース、様?」
「行きましょう。プルーデンス様。あなたと女の内緒話をしてみたかったの。」
「え?」
「え、君達。プルーデンスをどこに?」
「侯爵様。移動するのはジョアンナ様とプルーデンス様だけですわ。私達はここに残ります。彼女達は女だけの場所に行きますの。恋のお話は殿方のいる前ではできませんもの。」
「そうですわ。キャサリン様の言う通り。それに、これから向かうお部屋は古生物の展示室でしょう?恐ろしいものの前には、行くべきところに行かねば。」
キャサリンとシーモアは目を合わせてにっこりと笑い合い、私はこれは虐めの延長で、私は男性が助けに来られない女子用化粧室に連れていかれるのだと気が付いて慌てた。
慌てたが、大声で助けを呼ぶわけにはいかない。
なんて叫ぶの?
トイレなんかに行きたくないって?




