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慕い尊敬すべきは同性の師

「まあ!クーデリカ様がご存じないのも仕方ありませんね。あなたは裕福でも商人の家の方。紳士階級の方ではありませんもの。紳士階級の家の本棚には必ずある、紳士録なんて読んだこともございませんわね。」


「あら、キャサリン。無知はこの方のせいではありませんわ。ご自宅の本棚が私達の家のものと違うのもこの方のせいではありません。階級が違う、それだけの話でこの方には罪はありませんわ。」


 嬉しそうにジョアンナがキャサリンに迎合した声、自分達お嬢様と庶民は違うと、ここぞとばかり嬉しそうな声をあげた。


 しかし言わせてもらえれば、私は紳士録ぐらい知っている。

 毎年出版される単なる人物名リストであるが、書き込まれている名前はこの国の名家と言える家々の当主や相続人達ばかりである。


 つまり、我が父のお得意様開拓のためには無くてはならない必須本であり、我が家の本棚にはコレクションかと思う程にその名鑑だけの棚があるのだ。

 ただし、その本に書かれているのは紳士の名前だけ、その人の人となりや外見など分かり得ないものである。

 だから私がそれで紳士の名前を知ったとしても、私が無知のままなのは変わらないだろう。


 庶民と駆け落ち婚をした事で、子爵令嬢だった母は社交界から締め出されており、紳士階級のパーティにもはや呼ばれなくなった。

 母が私に彼らを紹介するなんてことは出来ないし、母こそその名鑑に書かれた人々とのお目通りなんか出来ない立場になっているのだ。


 父が破産する勢いで母を甘やかすのは、彼との結婚で母が全てを失ったと思い込んでいるからでもあろう。

 最高の夫だけでなく私と弟達が手に入ったこの最良の人生、生まれ変わってもそれを与えたイアンとまた同じことをするだろう、と、母こそ言っているのに。


「ああ、友人を守りたい君達が言いたい事はわかるよ。彼女が脅えたのは私を知らない、それだけだと言う事にはね。ありがとう。ああ、私は見ず知らずの男でしかないからこそ彼女を脅えさせたのだと理解した。」


 男は丁寧な言葉と素振りであったが、男の出した声音は自分の周囲に纏いつきだしたキャサリン達が厭わしいと思ってもいるかのように苛立ちが見えた。

 男は彼女達の生垣から抜き出ようと一歩足を踏み出した。

 すると、シーモアがドレスの裾を掴んで貴族の娘らしき礼を男に対してすると、その男が何者なのか私に教えてくれたのである。

 結果として、だけど。


「ごきげんよう。ファーニヴァル侯爵様。お会いできて光栄ですわ。せっかくですから、私達とお話してくださいませんこと?」


「ごきげんよう。私もそれは望むが、まずはちゃんとプルーデンスに私が挨拶をしてからだ。」


 ファーニヴァ侯爵はシーモアを交わしてさらに一歩前に出た。

 そこにデュラハンが壁のようにして私とローザの前に立ち、彼は侯爵だろうが切り捨てるつもりのようにして腰に下げた剣に手を掛けた。

 しかし彼の動きはそこで止まった。

 キャサリン達がデュラハンの壁みたいにしてファーニヴァル侯爵を囲み、それぞれが階級違いの私と仲良くしている級友だとアピールし始めたのだ。


「私達は町に不慣れなプルーデンス様に町を案内して差し上げていますのよ。階級が違えど、いいえ、違うからこそ優しくして差し上げるべきでしょう。」


「そうですわ。この町の歴史も展示してある自然史博物館に参りますの。プルーデンス様のお望みですのよ。」


 あれ、いつの間にかキャサリン達が私を名前呼びしていらっしゃる。


「な、なにが?」


 後ろ姿のデュラハンは剣から手を遠ざけると腕を組み、少々どころかかなりリラックスした声でキャサリン達の振る舞いを評した。


「凄いな。君が階級違いの女だと知らしめて自分達を売り込みに来たか!私達こそあなたのお相手に最適ですわ、と?」


「楽しそうね。」


「そりゃあそうだろ、君。今回だけは俺はこいつらの応援だね。俺の大事なプルーデンスを奴には諦めて貰わないと。ああ。決して奴めの愛人などという立場に俺の乙女を落としてなるものか。」


 私はローザの腕の中にいたが、デュラハンの背中にこそ飛びつきたかった。

 ああ、なんて素晴らしき私の騎士様。


「侯爵様。私の生徒が申し訳ありません。この子達はまだ子供ですの。さあ、みなさん。先に進みますわよ。このままでは日が暮れてしまいます。」


 いいえ、素晴らしき先生ね。

 私はローザに感謝の目線を向けたが、事態は一向に改善してはいなかった。

 侯爵と呼ばれた若い男は真っ直ぐに、自分に群がるキャサリン達が自分から下がらなければいけない程に傲慢な素振りで私達の前に出てきたのだ。

 それから、優雅ともいえる素振りで右手を自分の胸に当てた。


「では、私にあなた方の護衛という栄光をお与えください。私が妻にと求めたプルーデンスのご学友の一行です。」


 つま?

 私はデュラハンに顔を向けていた。

 頭が無いデュラハンであったが、確実に私に顔を向けて私と同じような驚き顔をしているはずだと私は思った。


「つま?愛人じゃなくて?」


 デュラハンが出した声が、物凄く間抜けで軽い事この上なかったのだ。

 私は彼を素晴らしき騎士だと思い込んでいた自分を蹴り飛ばしたくなった。


「あなたこそ私を愛人にしてよい娘だと思っていたって事ね。」


 私は騎士から視線を剥がすと、ローザの腕から出てしゃんと立った。

 それから紳士でしかなかった侯爵に視線を向けた。

 侯爵は私に見つめられてこの上なく嬉しいという笑顔を見せた後、私の心がぐらっとくるような言葉を私に捧げたのである。


「私はダニエル・ファーニヴァル。侯爵なんて爵位は親が死んだ証の様な虚しいものだ。私は単なる私として君に知られたい。まずは友人として君と付き合える栄誉を与えてくれないだろうか。」


 いいわ、と言おうとして、私の口はデュラハンの大きな手で塞がれた。


「男に簡単に、いいわ、なんて言うんじゃない。」


「じゃあ、なんて答えるの?」


「まずは、自然史博物館にまいりましょう。」


 ダニエルに言葉を返したのはローザだった。

 彼女はこの集団の中で唯一の理性のような顔をして全員を見回した後、私と腕を組んで博物館への一歩を踏み出した。


「先生。」


「気を付けなさいな。女性に優しい男は一番質が悪いものよ。」


「勉強になりますわ。」


 私はローザの腕にしがみ付いた。



お読みいただきありがとうございます。

次話から博物館内の話になります。

どうしてキャサリンたちがプルーデンスの外出に付いて来たのか、次話から段々と話が進みます。

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