この男の目的は?
私を探し求めていた?
母の恋愛小説の中ではよくあるセリフだが、私はぞわっとしか感じなかった。
見ず知らずの人に自分を知られているって、気味が悪いだけのものだもの。
私が身を捩って貴族風の青年から少し離れると、デュラハンは私を守るように私の肩を抱いた。
男と私の間に彼の腕が障壁となるように。
そして、デュラハンが見えない青年は、私の脅えに対して申し訳なさそうな顔を作ると、私の脅えを拭う様にして自分と私の出会いを語り始めたのだ。
「ほら、道に迷った私に君は親切に道を教えてくれただろう?あの時の私だよ。」
私は首を横に振るしかできない。
全く私には覚えが無いもの。
「三か月前の事だ。私の馬車が道に迷ったそこで、ほら、二人乗りの二輪馬車に乗った私を覚えていないかい。君の弟にも気に入って貰えたあの最新の馬車を御していた私だよ。君が私に行き先を示してくれたじゃないか?」
やっぱりどころか私は全く身に覚えなど無く、腕を組んで首を傾げて彼は一体何者なのかと悩むしかなかった。
私の頭の中でデュラハンの咽た様な笑い声が聞こえた。
「単なる逆上せ野郎か。」
「笑い事じゃなくてよ。三か月前のお礼を言いたかった律義な方ではないですか。礼を言う相手を覚えていないようですけれど。」
「君の方が辛らつだ。」
「ああ!互いに名乗り合いもしなかった邂逅だ。君が忘れてしまっているのも仕方がない。第一私は印象の薄い男だ。」
いえ、自己主張の激しい外見の人を忘れているから悩んでいるのよ。
大体、私と弟達の散歩中は、私は何があっても弟から目を離さないし、だから誰に話しかけられても会釈ぐらいのものなのに。
「実際に道を教えてくれたのは君の弟だったが、君は優しく私に微笑んだ。君の微笑みは無機質な石造りの世界に可憐な花が咲いたようだった。」
「ああ。この間抜けを勘違いさせたのは君のせいか。」
「裏切り者!」
「褒めているんだよ。君は可愛い。」
私は真っ赤になるしかなく、きっと真っ赤になっただろう頬に両手を当てた。
そのせいでさらに勘違い男を勘違いさせてしまったのかもしれない。
男はさらに言葉を続けてきたのだ。
「ああ、恥ずかしがらないでくれ、可愛い人。私はそんな可愛い君が忘れられなかった。ああ、私はどんな障害があろうとも君を忘れられなかった。」
「思い込みが激しすぎるのはやばいな。やはり次の路地で消そうか?」
デュラハンの言葉が冗談でしかないのは分かっているが、でも何となく彼が苛つき出しているのは感じられた。
そうよね。
私達は自然史博物館に向かわねばならないという理由があるもの。
私は男に向かって簡単な会釈をした。
そして、それなりの家の未婚女性は自分から男性に話しかけてはいけないと学園では教えられたが、男から離れたい私はその禁を破った。
「御礼は受け入れました。では、私は先を急いでいますので。」
「だな。君はローザの所に早足で急げ。」
私はデュラハンの言う通りに一歩踏み出したが、男は私を呼び止めた上に余計な言葉を続けてきた。
「待ってくれ。ようやく君を見つけたんだ。私はイアン・クーデリカに申し出ている。私は君が欲しいと彼に願い出た。」
私が欲しい?
父に願い出ている?
男の言葉に私は再び悪寒を感じた。
冷たい体だろうが、デュラハンの腕に逃げ込みたいぐらいに。
デュラハンは足が止まった私を抱き締めた。
後ろから、私を守るように両腕を私の体に回している。
私は震えながら男に聞き返していた。
「父はあなたに了解を?」
「いいや。彼は私の申し出を一蹴した。それから君を隠してしまった。」
「デュラハン、あなたが言っていた通りに、私の急な寄宿舎行きは理由があったのね。この人は父が私を隠して脅えるぐらいに悪い人なのね?」
私の脅威となった男は、私に対して手を差し出して来た。
「君はこんなにすぐ近くに、それも女学院にいたんだね。私達が再び出合えた。これは神の思召した。そう思わないかな?」
私の頭の中でデュラハンが舌打ちをする音が聞こえた。
そして彼は私をさらに自分の胸に引き寄せてから、吐き捨てるように言い放ったのである。
「誰がこいつをお前の愛人に差し出すか!」
デュラハンに言葉にされて、私は自分が感じていた悪寒の正体を知った。
男からの性的な求めが気持が悪かったのだ。
愛人?
そんな人生は絶対に嫌だわ。
私は悲鳴を上げた。
デュラハンは私の悲鳴に両腕をぱっと開き、私は無我夢中となって私の今日の付き添い人であるローザに駆け寄っていた。
「先生!全く知らない人に絡まれています!助けてくださいな!」
私が駆け寄ると、ローザはすぐにキャサリンから自分の腕を外して私を守るように両手で抱え込んでくれた。
そしてローザに振り払われたキャサリンが私に対して敵意を見せてくるどころか、なんと、私に対してあの夜の前半部分みたいな態度をとったのだ。
私達は親友ですわよね、そんな親密とも見えるあの夜と全く同じ素振りだ。
私が騙されて塀の向こうに追い出される事となった、あの夜を思い出すキャサリンの素振りであった。
私の肩を彼女は慰めるようにさらっと撫でた。
ぞわわ、ですわ。
すると、今の行為も嫌がらせの一部であったかのように、彼女は口元に手を当てて、くすくす笑い出した。
まるで水を得た魚のように嬉々としているではございませんか。
私への新しい嫌がらせ方法を思いついた?




