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自然史博物館への道のりで

 リーブの町に出るのは初めてだ。

 それは、私は首都の実家から馬車に乗せられて、そのまま真っ直ぐにこの学院に届けられてしまったからである。

 首都からリーブへは、馬車で四時間の旅、でしかないもの。


 横に座った父がぐすぐすと半泣き状態で落ち込んでいたので、私は風景を見る所ではなく、父を必死に慰めていたと思い出す。

 それは私が良い娘だからではなく、寄宿舎に行くことについて私は楽しみばかりで家族と離れることを喜んでさえいた、という良心の疼きからの行動である。


「でも、あんなに心配していた父の気持がわかったわ。私は商人の娘でしかないもの。紳士階級の娘達から身分違いだと見下されてスポイルされるって、きっと父は分かっていたのね。」


「君が仲間外れになる。君の父上はそんな可能性などチラリとも考えてはいなかったはずだ。俺が思うに、彼は可愛い娘と離れ離れになる、そんな翌日からの我が身の不幸を純粋に嘆いていただけだね。」


「まあ!でしたらこの状況は私自身の責任という事ね!」


「君が悪いんじゃない。悪意の塊ばかりの巣窟だった、それだけだよ。」


 私は、そうね、と答えた。

 以前に殺された女の子に咎なんてないはずだ。

 私は一緒に行動する人達の背中を眺めて溜息をついた。


 デュラハンが言う通り、キャサリン達は私がローザに秘密のお話として、キャサリン達にされたことを密告される事を恐れているようだ。

 ローザはキャサリンにがっちりと腕を組まれて先頭を歩き、私がローザに話しかける猶予なんて一つもない。

 また、彼女達二人の後ろにジョアンナとシーモアが続き、私がローザ達に近づけない壁となってもいるのだ。

 よって、私は一人ぼっちのまま、彼らの後ろをついていくしかない。


 誰が見ても私が仲間外れの子羊、という情景である。

 通り過ぎる人達が、時々私に憐れみの視線を向けてもくる。

 きっと私がとっても惨めな女の子に見えるのね。

 ああ、私の横を歩くデュラハンの姿が他の人に見えればいいのに。


「いいの?喜んで、仰せのままに、だよ?」


「うそ。あなたは他の人にも姿を見せる事が出来たの?」


「あの夜にどうしてあのごみ共が情けない悲鳴を上げて逃げ惑っていたと思っている。ちゃんと俺は姿を見せてだな、奴らに自分の手足を俺に切られる恐怖を味合わせてやったさ。」


 首から上が無い騎士がとっても悪そうな声で喋ったので、表情が見えたらとっても悪そうな顔付をしているはずだと思った。

 だが、悪ぶるよりも優しさが先に立つ人だ。

 私を慰めるようにして私の肩を抱いた。


「頭を下げて。とっても悲しそうに。君をひたすら見つめる男が、君達を尾行しているような動きをしている。」


「え?」


「そいつを君にもう少し近づけたい。奴が何者か探りたい。」


 デュラハンは、悪どいどころか庇護欲か父性愛そのままの責任感の塊の人だった、そういえば。

 私は完全に私の保護者になった騎士の言う通りにするために、自分の頭を下げて自分の足元を眺めるだけにした。

 私の左側を歩くデュラハンの足元も見えた。


 彼の足を包むブーツは最近の男性の乗馬用ブーツとは形が違っている。

 一枚仕立てではなく何枚も革を重ねており、一番の表となる革には金糸銀糸で刺繍も入っている豪勢なものだ。

 しなやかで柔らかそうなそれは、革に通された紐で脱げないようにして足に縛り付けて履くというもので、乗馬用ブーツと違って歩きやすそうではある。


 でも、この豪勢なブーツはどこかで見た気がする。

 彼のブーツのように足底がしっかりしたものでは無かったけれど。


「ええと。」


「自慢のブーツだ。欲しくてもあげないよ。君には絶対にあげない。」


「あなたったら。いじわる!」


「ほらほら、笑わない。歯を噛みしめて。早速間抜けが喰いついた。」


 え?


 デュラハンがいたはずの左横は彼が消えた代わりに大きな影が落ち、その影はデュラハンよりも輝いて見えるというようなものだった。

 顔をあげた私の視界に入った、私の横に並んできた男は、二十代後半ぐらいに見える大柄な男であった。


 私に向けた顔立ちは大きな体に似合った少々無骨に感じるものであるが、頬骨が高く真っ直ぐな鼻筋は高貴さを醸し出している。

 彼の赤みがかった長めの金髪は風に煽られるように後ろへと流されていて、それがたてがみのように見える。

 つまり、ライオンみたいな野性味が際立つ、貴族にしか見えない高級そうな男性であるのだ。


 私が彼の出現に悲鳴を上げて逃げようとも思わないのは、男がどう見ても初対面の私に気さくとしか見えない表情を浮かべているからであろうか。

 彼の両目で輝く瞳が水色で、首都に残した弟達が私に向ける瞳によく似ていて、だから彼に悪心が無いように見えるのかもしれない。


「こら。警戒心に仕事をさせなさい。男は服装だけではないぞ。」


「いいえ、服装は自己主張そのものだと思うわ。」


 デュラハンの言う通り、私は横に並んだ男の服装で警戒を解いている。

 男は仕立ての良いベージュ色のスーツを着ていた。

 襟には彼の髪色を際立たせる赤い糸で連続模様の刺繍もあるという、最新の流行である紳士の姿であるのだ。

 父が紳士服部門において現在売り出し中のスタイルであり、父の商品を買って身に着けている人に私が悪心など抱くであろうか。


「情けないベージュ色に女のドレスにある様な刺繍か。これが当世の流行とは女々しいことこの上ないな!」


「あなたの全身は金糸銀糸の刺繍ばかりじゃないの。」


「俺の衣服のどこに女々しさが?俺のは絢爛豪華というものだ。」


 なぜデュラハンはこんなにも対抗心を燃やしているのだろうか。

 私の横に並んだ男が何者か探るのが目的だったのでは?


「こいつの間抜け面で大体理解した気がする。君はこいつを無視してまっすぐ歩け。人影がない路地が重なるところで俺が路地にこいつを引き込んでバラす。」


「デュラハンったら!」


 デュラハンが殺したくなるほどに危険な男だったの?

 私は横に立った男を驚きを持って見つめ返した。

 すると男は私が自分をまじまじと見てしまっていることに居心地が悪い顔をするどころか、とっても嬉しそうに顔を綻ばせ、なんと旧友に出会ったような笑顔を大きく顔に作ったのである。


「プルーデンス。ようやく君に会えた。私は君を探し求めていたんだよ。」


「ほえ?」


 首から上が無いデュラハンによる、ぎりっという歯ぎしりの音が聞こえた。

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